五日目 映像 火狩視点



 五日目 映像 火狩視点



 時刻は十九時過ぎ。



「それでは皆様。エレベーターの方へ移動をお願いします」


 今までで一番異様な雰囲気を漂わせた夕食が終わりを迎えると、メイドはエレベーターに向かうようにと指示をした。


「え、此処で話し合うんじゃないの?」


 疑問を口にすると、日谷もすぐに乗っかった。


「そうよ。誰が犯人なのかを話し合うって、昨日決めたじゃない」


「そのことなのですが」


 メイドが何か説明をしようとしたが、月野が手を上げてメイドの言葉の続きを遮った。


「あぁ、皆に黙っていて悪かったが、話し合う場所を此処じゃなくて三階の客室前のホールに変えさせてもらった」


 日谷が月野を睨みつけた。


「何故? 此処にはテーブルも椅子もあるんだから丁度良いじゃない」


 日谷の意見に同意の意味も込めてウンウンと頷いたが、月野は左右に首を振った。


「理由は二つある。一つは食事の残り香がする空間があまり好きじゃないという自分の我が儘だ。そこに関しては文句を言われても仕方がないと思ってる。

 二つ目の理由が本命なんだが、話し合っていく中で、自室に物を取りに行く用事が出てくるかもしれない。例えばタブレットとかな。今持ってきてる奴はいるか?」


 月野と日谷はサッとテーブルの上にタブレットを出したが、ウチを含めた残りの三人は互いに顔を合わせ、準備の悪さに俯くしかなかった。


「そういう時に、いちいち自室に取りに行ってたら時間の無駄だし、何かしらの工作をする時間を与えてしまう。メイドに取りに行かせるってのも考えたが、何か取りに行く用事が出来る度にメイドにいちいち説明するのは面倒だからな。話し合いを客室前のホールでやれば、そういった細かい時間の無駄を減らすことが出来ると思ってね」


「でも、あそこには何も無いじゃない。立ったまま話し合えってこと?」


「それは分かっている。だから、夕食の間に必要そうな物をホールに並べておくようにメイドにお願いしてある。テーブル、椅子、ホワイトボード、プロジェクター、スクリーン。ザッとこんなもんかな。これでも足りないのなら、その時はメイドに頼もうじゃないか」


「そう。そういうことなら構わないわ」


 月野の準備に文句は無いということなのか、日谷はアッサリと受け入れた。

 もちろん、ウチも何の不満もない。


「さて、いつまでも此処にいてもしょうがない。さっさと三階に行こうか」


 月野が先導し始めたので、ウチ達はメイドと共にエレベーターへと乗り込んだ。




 エレベーターの扉が開くと、ホールの真ん中に見覚えのない物が並んでいた。


 スクリーン、ホワイトボード、半円型のテーブル。


 半円型のテーブルの中心には、プロジェクターが半円の弦の方向にある直立型のスクリーンに向かって置かれていた。

 半円の弧の部分には、等間隔に人数分の椅子が並べられていた。車輪がついて移動が出来るタイプのホワイトボードは、スクリーンの横に置かれていた。


「席順は関係無い。各々好き勝手に座れば良い」


 月野は端の席へと近付き、ドカッと勢い良く座った。


「ど、どうする?」


 日谷の顔を伺いながら訊ねると、日谷はフゥと息を吐いた。


「じゃあ、あの辺にでも座る?」


 日谷はウチの腰を、月野とは反対側の端の席の方に押した。


「火狩さんはそこ。私はこっちに座るから」


 日谷は端の席をウチに譲ってくれた。


 ウチは言われるがままに端の席に座った。


「あ、ありがとう」



 水嶋と金原は「別にどっちでも良い」とお互いに主張したため、月野の隣に金原が座り、金原と日谷の間に水嶋が座る事になった。


「さて、まずはメイドにタブレットを持ってきてもらおうか」


 月野がそう言った瞬間に、一人のメイドが口を開いた。


「既にご用意させていただきました」


 いつの間にか後ろに立っていたメイドからタブレットを渡された。ウチだけではなく、水嶋や金原も同様にタブレットを渡されていた。


 あまりにも突然の出来事に、お礼を言いそびれてしまった。


「これでとりあえず話し合う準備は出来たな。さて、先にメイドの方から説明を頼もうかな。今回の話し合いで容疑者となった人をどうするのか。この前にも言った”容疑者の隔離の方法”についてを、ね」


 月野が一番近くにいるメイドに向かって話すと、メイドは一礼してからスクリーンの前へと移動した。


「かしこまりました。私の方から説明させていただきます」


 メイドは、全員が話を聞いているかどうかを視線で確認してから続きを話し始めた。


「まず始めに容疑者の隔離の件についてですが、主催者の判断により以下のように取り決められました。



 一、容疑者(隔離対象者)は夕食の時間以外は基本的に自室にいること


 二、隔離対象者がエレベーターで別の階に移動する際には『(隔離対象者の名前)が、(移動先)階へと移動します』と放送を流すこと



 何かご不明な点はございますか?」


 メイドが問いかけると、すぐに日谷が手を上げた。


「質問良いかしら? まず、一つ目の”基本的に自室にいること”というのはどういう意味?」


「前提として、”夕食は全員で食べる”という原則はこれまで通り守っていただくということです。今回の話し合いで隔離する人物が決まっても決まらなくても、夕食の時間や場所に変更はありませんので、残りの六日目と七日目も午後六時に一階の食堂に集まっていただきます。

 この生活はあくまで共同生活実験ですので、何処かの部屋に閉じ込めたままでは実験が成り立たないというのが、主催者の意思でございます」


「殺人鬼が参加者を殺して人数減らしているというのに、今も共同生活実験は成立していると言いたいの?」


 メイドは一瞬だけ動きが止まったが、表情を崩さずに淡々と答えた。


「申し訳ありません。私は主催者の言葉を代弁することしか出来ません」


 日谷は口を開けたままメイドを睨みつけていたが、やがて溜め息を吐いた。


「まぁ、いいわ。じゃあ、二つ目。隔離対象者がエレベーターを利用する場合に放送を流すというのは、二日目に土井さんが殺されているのが発覚した時に流れたような放送のことを言っているの?」


「はい、おっしゃっる通りです。土井様の死体発見時と同様に館内放送を流します」


 あれだけの爆音で『誰々が何階へ移動しました』と放送されるのか。


 でも、それが隔離に繋がるのだろうか?


「ふぅん。隔離対象者の行動は制限しない。その代わり、隔離対象者が今この瞬間に何処に行こうとしているのかを全員に共有させる。それで妥協しろと言うこと?」


「申し訳ありません。私の口からは何も言えません。主催者がそのように決めましたので」


 月野が手をプラプラと振って皆の視線を集めた。


「まぁ、良いじゃないか。自分としてはこのぐらいで良いと思っている」


 日谷は月野を睨み付けた。


「本気で言ってるの? 例えば図書館にいる時に、隔離対象者が図書館に向かってると放送が流れたとして何になるの? 階を移動するにはエレベーターしか無いのに、そのエレベーターから殺人鬼がやって来る。どうしろと言うの?」


「言いたいことは分かる。だが、容疑者への拘束が強力になる程、この後の話し合いが上手く進行しなくなると思わないか?」


 日谷はハッとした表情を浮かべた後に、小さく舌打ちをした。


「ど、どういうこと?」


 無意識に疑問が言葉になっていた。

 そんなウチの姿を見た月野はニヤニヤと笑った。


「例えば、『容疑者は手足を椅子に縛り付けて、食堂なり自室なりに拘束する』という話に落ち着いたとしよう。

 そうなった時に、”怪しいといえば怪しいけど、確証は無い”ぐらいのナニかが自分の中にあったとして、それを皆の前で言えるか? 自分のちょっとした一言をキッカケに、誰かが無理やり椅子に縛り付けられるような光景を受け入れられるか? まともな人間なら罪悪感に押し潰されるに決まってる。

 その事を踏まえれば、あまりにも強い制限をかけるよりも、緩い制限で自室に閉じ籠もって貰うぐらいが丁度良いと思っている」


「まぁ、うぅん」


 確かにその通りかもしれない。


 たとえ相手が人殺しでも、暴力で解決するような事はしたくない。


「それに、この方法なら、隔離対象者はアリバイをある程度保証されるとも言える。違う階に行く度に放送が流れるということは、どの階にいるのかを常に共有され続けるわけだからな。少なくとも、他の階で事件が起きた時は、容疑者から真っ先に外れるというわけだ」



 反対意見が出なかったため、容疑者の隔離方法は、メイドが発表した通りの方法を採用するということになった。



「さて、いきなり随分と話し込んでしまったが、本題に入ろうじゃないか」


 月野はそう言ってからわざとらしい咳払いをした。


「まぁ、順番に意味は無いが、いつものように」




「ちょっと待て。先に俺から話をする」




 月野の言葉を遮ったのは水嶋だった。


 全員が水嶋へ視線を移した。


「へぇ、随分とやる気じゃないか」


「ようやく自白する覚悟が決まったの? まぁ、あんなに緩い隔離措置なら、名乗っておいた方が気持ち的に楽なのかもしれないけど」


 月野と日谷が悪い顔を浮かべながら言ったが、水嶋は気にする素振りも見せずに、テーブルの上にノートパソコンと何か四角い機械を置いた。


「ベラベラと調子に乗った事を言ってられるのも今の内だぞ。コレが俺の切り札だ」


 ノートパソコンと四角い機械が?


 そう思っていると、月野がニヤニヤと笑った。


「へぇ、それが昨日言ってた切り札か。考えたじゃないか」


 日谷の顔をチラッと覗くと、隣に座るウチでも聞き取れないぐらいの小さな声で何か呟いていたのだが、その言葉は一欠片も聞こえなかった。


「日谷さん。水嶋さんが出した、ノートパソコンの横にある機械は何だと思う?」


「え? あぁ、カメラだと思うけど」


「そうだ。カメラだ」


 日谷はウチに向けて小さな声で言ったのだが、その声が聞こえていたのか、水嶋は強調するように少し大きめの声で言った。


「このカメラは俺が昨日の昼にエレベーターに設置した。だから、この映像には木村を殺すために映画館に行った奴が映っているはずだ」


「水嶋様。よろしければコチラのケーブルをパソコンに繫げてください。スクリーンに画面が表示されます」


「え? あぁ、助かる」


 水嶋がプロジェクターから延びたケーブルをノートパソコンに繋げると、スクリーンに画面が映し出された。


「思ってたよりデータの数が多いな」


 水嶋が舌打ちをしながら言うと、端に座る月野が「メイドもエレベーターを使ってるからじゃないか?」と口を挟んだ。


「ちょっと待って。メイドに質問があるのだけれど」


「何でしょう。日谷様」


「この建物に元々取り付けられていたカメラの映像は出してくれないの?」


「申し訳ありませんが、我々はどちらにも公平な立場ですので、カメラの映像をお見せすることは出来ません」


「ふぅん、じゃあカメラを設置するのはアリなの?」


「この建物を破壊する取り付け方でなければ問題ありません。今回、水嶋様が取り付けたカメラにつきましても、建物の破壊には該当しないので問題ありません」


「へぇ、そう」


 日谷はメイドから水嶋に視線を移した。


「次はアナタに質問。その映像が作り物で無いことを、どうやって証明するつもり?」


「ハァ? 作り物?」


 水嶋があからさまに不機嫌な声を出した。


「えぇ。アナタにとって有利な映像。もしくは、誰かを貶めるために作られた映像かもしれないじゃない」


「馬鹿かお前は。映像を作るだなんて簡単に出来るわけねぇだろ」


「さぁ。私にそんなこと言われても」


「いや、日谷さん。それは難しいんじゃないかな?」


 金原が日谷の主張に割って入った。


「どうして?」


「画像の編集ならともかく、動画の編集となると専用のアプリも欲しいし、もっと性能の良いパソコンじゃないと厳しいよ」


「まるで経験したみたいな言い方ね」


「まぁ、バンドやってた頃にMV(ミュージックビデオ)の製作費を浮かそうと、自分達で作ろうとしたことがあったからね」


「結局断念したんだけど」と、金原は笑いながら付け加えた。


 日谷が金原に何か言おうとしたタイミングで、月野が軽く手を振って注目を集めてから口を開いた。


「とりあえず見てから判断すれば良いじゃないか。本物の映像なら有り難いじゃないか。話し合いなどしなくても犯人が分かるのだから」


 日谷は長い沈黙の後に、大きく溜め息をした。


「分かったわ」


 日谷は不満そうに口をへの字に閉じて、スクリーンへと視線を移した。


「じゃあ一番撮影時刻が古いデータから流すぞ」


 水嶋が再生ボタンを押した。




 十二時四十四分


 青い服を着た水嶋の顔がしばらくアップで映った後に、水嶋がカメラに向かって背中を向けた所で映像が終わった。




「これは、取り付けた時の映像か?」


 月野の問いに対して、水嶋は「そうだ」と即答した。


「乗ったのは何階だ?」


「自室で準備してエレベーターに乗り込んだから、客室のある三階だよ」


「ふぅん。じゃあ、降りたのは何階?」


「遊技場だから四階だよ。カメラを取り付けた後は、夕食まで遊技場にいた」


「なるほどね」


 月野は腕を組んで背もたれに寄りかかった。


「ところで、このカメラの設定はどうなっている?」


 水嶋は小さく溜め息をついたが、その表情は満足気に見えた。


「人感センサーが反応したら、三十秒撮影するようになっている」


 動画の長さは三十秒ぐらいだったから、撮影時間は水嶋の言った通りなのだろう。


「センサーの範囲は?」


「測ったわけじゃねぇけど、マニュアル通りなら三メートルぐらい」


「ふぅん。じゃあ、あそこまで近付かなくても、エレベーターの扉が開いて誰かが入ってくれば、撮影が始まるはずだな」


「意味の無い物を付けるわけねぇだろ」


「フッ。それもそうか」


 水嶋は次のデータの再生を始めた。




 十三時八分


 エレベーターの中に黄緑の服の人物が入ってくるのが映っていたのだが、画面はずっとボヤけたままだった。




「何か画面がずっとボヤけてるけど、ピントが合ってないのかな?」


 金原の呟きを聞いた水嶋は、一時停止ボタンを押してから舌打ちをした。


「チッ。手すりに合ってやがる」


「手すり?」


「理由は分かんねぇけど、画面端に映っている手すりにピントが合ってやがる」


 水嶋の言った通り、画面端に映っている茶色の手すりにピントがあっているように見える。


「こんなにボケた映像だと、分かる事は限られてくるな」


「クソがッ!! これじゃカメラを仕掛けた意味が無ぇじゃねぇかッ!!」


 月野のボヤきを聞いた水嶋が、テーブルに拳を叩き付けた。


「気持ちは分かるが、データを壊すようなことはするなよ。現地での動作確認を怠ったのはお前のミスだが、お前の用意したピントのボケた映像よりも決定的な証拠が出てくるとは思えないんだからな」


「ッッッ!? う、うるせぇなぁ。分かってんだよ」


 水嶋の動揺を余所に、月野は腕を組んでウンウン唸った。


「このボケた映像から分かることといえば、まずはデータ作成日時でもある撮影開始時刻か。大丈夫だとは思うが、時計は合ってるのか?」


 月野の質問に対して、水嶋は「秒数の誤差はあっても分単位の誤差は無い」と即答した。


「秒刻みの正確さはいらないから問題無い。他に分かるのは、エレベーターに乗ってきた人数と、服の色ぐらいか?」


 月野の言った通り、画面には黄緑っぽい服を着た人物が映っている。


「階数表示ランプも見えているのだから、光ってる位置から階数も特定出来るでしょ。この映像だと、左端のランプが光っているから、撮影されたのは一階じゃない?」


 根に持っているのか、少し棘を感じる日谷の言葉に対して、月野はすぐに返事をした。


「いや、左端は地下一階だったはずだ」


 地下なんてあったっけ?


 話の腰を折ってまで聞く必要があるとは思えなかったので、ウチは疑問を呑み込んだ。


「あぁ、そういえばそうね」


「えっと、一つ良いかな?」


 日谷が話し終わるのと同時に、金原が申し訳無さそうに手を上げた。


「何?」


「多分、この映像に映ってるのは僕だよ。時間が一時ちょっと過ぎでしょ? 時間から考えて食堂から図書館に向かう時の映像だ。昨日着てた服もこんな色だったし」


 そうだ。

 昨日の金原は、黄緑のシャツを着ていた気がする。




 黄緑の服の人物が扉横のボタンを押すと、扉上の階数表示ランプの光っている場所が、右端へ移動し、黄緑の服の人物はエレベーターから降りて行った。




「メイドに頼みたいんだが、ホワイトボードに書いておいてくれないか? 時刻と乗った階と降りた階。そして服の色もな。最初に流した方もな」


 月野が近くのメイドに向かって声を掛けると、メイドはホワイトボードへと向かい



 十二時四十四分 青 水嶋様


 カメラ設置後、客室から遊技場へ



 十三時八分 黄緑 金原様


 食堂から図書館へ


 と記入した。



「じゃあ次の映像を見ようか」




 十三時十九分


 再び黄緑の服の人物がエレベーターへと乗り込み、階数表示ランプの点灯箇所が二つ左へ移動したところで、エレベーターを降りた。




「これも僕だと思う。服の色もそうだし、図書館にはそんなに長居しなかったから」



 メイドは


 十三時十九分 黄緑 金原様


 図書館から遊技場へ


 と記入した。



「そろそろ木村が映る番じゃないか? 一本目の映画を観に来るはずだ」


 月野の呟きに誰も返事をすることはなく、次の映像が再生された。




 十三時三十分


 黒色の服の人物が一人でエレベーターに乗り込んだ。

 階数表示ランプの点灯箇所が、二つ右に移動したところで降りていった。




 木村だ。


 ハッキリと見たわけではないが、昨日映画館の椅子でグッタリしていた彼が着ていた服の色は黒だった気がする。


「服の色が一致している。コイツは木村じゃないか?」


「えぇ、時間的にもそうでしょうね」


「乗った階は客室。降りた階は映画館。俺は木村殺しに関係無いってことが分かっただろ?」


 水嶋が得意気に語ったが、月野は鼻で笑った。


「勝利宣言は全部見終わってからするんだな。ナニが映ってるか分からないんだから」


「何だとッ!?」


「まぁまぁまぁ、まだ沢山あるんだから抑えて抑えて」


 金原が二人を仲裁している間に、メイドは



 十三時三十分 黒 木村様?


 客室から映画館へ


 と記入した。



「その『?』マークはどういう意味だ?」


 月野がホワイトボードを見て、メイドに訊ねた。


「木村様本人が自分だと認めたわけではありませんので」


 月野は五秒ぐらい口をポカンと開けたまま停止していたが「まぁ、良いか」と呟いた。



 すぐに次の映像が再生された。




 十四時六分


 橙色の服の人物と白色の服の人物が、手に四角い物を持ってエレベーターへと入ってきた。

 階数表示ランプの点灯箇所が、左へ三つ移動したところで二人は降りていった。




「これは私と火狩さんね。白い方が私で、橙色の方が火狩さん。二時頃に図書館を出てきたところ。借りた本を持って、寄り道せずに客室に行ったわ」


 日谷が先に説明をしたので、ウチは隣で首を縦に振った。



 メイドは


 十四時六分 橙 火狩様、白 日谷様


 図書館から客室へ


 と、記入した。



「じゃあ次」


「分かってるよ」


 水嶋が次のデータの再生を始めた。




 十五時一分


 黄緑の服の人物がエレベーターに乗り込み、階数表示ランプの点灯箇所が右へ一つ移動したところで降りた。



「光ってるランプの位置から察するに、遊技場から映画館に行った映像のようだな」


「う、うん。時間も服の色も合ってるし、僕が遊技場から映画館に行った時の映像だと思う」



 メイドがホワイトボードに書く前に、水嶋は次の映像を再生し始めた。




 十五時二十二分


 黄緑の服の人物がエレベーターに乗り込み、階数表示ランプの点灯箇所が二つ左へ移動したところで降りた。




「これも僕かな」


「ふぅん。映画館に行ったのは本当だったのね」


 日谷が含みの感じられる言い方をしたが、金原はアハハと笑みを浮かべていた。


「あんな変な嘘をつくわけないよ」



 メイドが



 十五時一分 黄緑 金原様


 遊技場から映画館へ



 十五時二十二分 黄緑 金原様


 映画館から客室へ



 と、ホワイトボードにまとめて記入した。



「ふぅん。この時点では映画館には木村一人って事になるな」


「そのうち犯人が映るだろ。ホラ、次の映像は四時二十五分ってなってる。怪しいだろ」


 水嶋が次の映像の再生ボタンを押した。




 十五時四十八分


 橙色の服の人物がエレベーターに乗り込み、階数表示ランプの点灯箇所が二つ右へ移動したところで降りた。




 見間違い?


 今、服の色が。


 恐る恐る周りを見ると、全員がウチのことを見つめていた。


「ちょ、ちょっと待ってッ!!」


 心臓がバクバクと音を立てる。何とか絞り出した声は裏返ってほとんど聞き取れない。


「確認のためだ。もう一回見ようじゃないか」


 含みのある優しい声色で月野が提案すると、水嶋は歯を見せて笑いながら再生ボタンを押した。



 十五時四十八分


 橙色の服の人物がエレベーターに乗り込み、階数表示ランプの点灯箇所が二つ右へ移動したところで降りた。




 さっきと変わらない。


 見間違いじゃなかった。


 ”橙色の服の人物が映画館に向かっている”!?


 あり得ないッッッ!!



 ”ウチはずっと自室にいた”のにッッッ!!



「お手柄じゃないか水嶋。これでピントがボケてなかったらパーフェクトだったな」


「映ってたんだから良いだろ」


「まぁ、そうだな。お前の言う通りだ」


「だったら謝って貰おうか。俺を疑ってたことについて」



「待ってッッッ!!」



 ウチが叫ぶと、言い合っていた月野と水嶋がウチに視線を向けた。


「あぁ、すまない。何か言いたい事があるならどうぞ」


「えっと、あの、映ってたのはウチじゃないッ! この人はウチじゃない! 信じて!」


 全員がポカンとした顔でウチを見つめる。


 やめて! ウチは犯人じゃない!



 メイドは


 十五時四十八分 橙 火狩様?


 客室から映画館へ


 と記入した。



「メイドさん! あれはウチじゃない! ホントなの。メイドさんは別のカメラで見てるから知ってるんでしょ?」


「この映像に映っているのが火狩様なのか、それとも火狩様ではないのかは、私達はお答えすることは出来ません」


「な、何で!? だってウチはずっと自室にいたよ」


 何か無いのか!?


 疑いの目を晴らすための手段は!?



 しかし、何も思い付かない。


 ウチはいつだってそうだ。


 大事な場面での判断は、親や友人に任せていたのだから。この共同生活の間だって日谷に任せきりだったじゃないか。


 ウチはそっと日谷に視線を送った。



 日谷の目は、明らかにウチの事を疑っている目だった。


「信じて、日谷さん。だって、ウチはずっと部屋にいたんだよ」


 日谷は下唇を噛んだ後に「火狩さんの後にも誰か来たかもしれないじゃない。続きも見ないと判断のしようがないわ」と言った。


「んなわけねぇだろ。コレでお前が犯人だと決まったじゃねぇか」


 水嶋がウチのことを指差しながら叫んだけれど、日谷がウチを庇うように腕を上げた。


「もしかしたら、この後にアナタが映画館に来るところが映ってるかもしれないじゃない。それが無いことを確認してからでも構わないでしょう? アナタは犯人じゃないのなら」


「ッッッ!?」


「まぁ、良いじゃないか水嶋。言い方を変えれば、橙色の人物しか映画館に来ていなかった場合は、その人物が犯人だと確定するのだから」


「分かったよ」


 水嶋は不満そうに呟きながらも、次の映像の再生を始めた。




 十六時二十二分


 橙色の服の人物がエレベーターに乗り込み、階数表示ランプの点灯箇所が二つ左へ移動したところで降りた。




「おいおい。犯人が三階に帰ってくぞ」


 水嶋が挑発するように、ニヤニヤと笑いながら言ってきた。


「まだ続きがあるでしょう? 少なくとも食堂に皆が集まるところまで見ないと」


「犯人を庇ってどうするつもりだよ。もう切り捨てちまえよ。そんな奴」


「ひ、日谷さん。ウチは」


「火狩さん。正直な話、私も困惑しているの。とりあえず映像を見てから考えさせて」


 それは、やんわりとした拒絶だった。



 メイドは


 十六時二十二分 橙 火狩様?


 映画館から客室へ


 と記入した。



「意味あんのかねぇ」


 水嶋はボヤきながら、次の映像の再生を始めた。




 十七時十五分


 青色の服の人物がエレベーターに乗り込み、階数表示ランプの点灯箇所が三つ左へ移動したところで降りた。




「これは俺だな。調子が良くなかったから、遊技場を早めに出て食堂に向かったからな」


「そうみたいだな。点灯したランプの位置からも、矛盾は無い。『水嶋は、昼にカメラを設置してから、映画館には行っていない』というわけだ」


「あぁ、そうだ」



 メイドは


 十七時十五分 青 水嶋様


 遊技場から食堂へ


 と記入した。




 その後、ホワイトボードには以下のように記入された。




 十七時三十六分 黄緑 金原様


 客室から食堂へ



 十七時五十五分 赤 月野様、橙 火狩様、白 日谷様


 客室から食堂へ



 十八時十分 皆様


 食堂から映画館へ




 そう。


 食堂に集まる前に映画館に行ったのは、木村と橙色の服を着た人物だけだった。


 口の中はすっかりと乾き、心臓の鼓動が身体を揺さぶる。


 全員の疑いの眼差しが身体に突き刺さる。


 ウチが殺したの?


 そんなハズはない。


 そんなハズはないのだけれど、ウチにはこの映像を説明することが出来ない。

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