四日目 切り札 水嶋視点



 四日目 切り札 水嶋視点



 時刻は二十二時。

 月野が言った『共同生活裁判』まで二十四時間を切っている。



 どうしてアイツの言った通りに事が進むんだ?


 犯人探しにしろ、明日の夜のナンタラ裁判もそうだ。


 アイツの提案はいつもまかり通ってしまう。


 クソ! 気に食わない。



 自室に戻った俺は、腹いせに枕を壁に投げつけた。枕は壁に叩きつけられた後、すぐに床へと落下した。



 落ち着け。


 このままだと、俺を疑っているに違いない月野と日谷のせいで、俺を犯人だと決めつけて何処かに隔離されるかもしれない。


 隔離というのがどういうものかは分からないが、残りの時間は何処かに閉じ込められるかもしれない。


 許されるのか?


 軽々しく隔離などと言っているが、やる事は監禁と変わらないのではないか?


 言い逃れ出来ない程の証拠が見つかったのなら話は別だが、怪しいという理由だけで隔離されるのは納得がいかない。


 そもそもの話、犯人だと疑われる時点で俺のプライドはズタズタだ。


 そんな事は絶対に許せない。

 許さない。


 俺は、サッサと金だけ貰って今まで通りの生活に戻りたいんだ。



 そうなる前に、俺は味方を作らねばならない。

 今残っているのは自分を含めて五人。


 この中で、唯一味方になりそうなのは金原だけだ。


 だが、味方にしようと思っていた金原が、正直に言わなきゃ良いのにも関わらず、ノコノコと事件現場に言ったと証言しやがった。


 俺は金原を味方にしても良いのか?


 俺は金原に”切り札”を教えて良いのか?



 しかし、そうは言っても、他に頼れる相手がいない。


 木村が生きていたのなら、木村に変えても良かったのだが、その木村は死んでいる。


 女二人は間違いなく俺のことを疑っているから論外だし、月野も俺のことを疑っているに決まっている。


 そうなると、金原しか残っていない。


 もう、賭けるしか無い。



 ”仮に金原が犯人だったとしても、金原と協力関係を結べさえすれば、問題無い”んだ。



 誰が犯人だろうと構わない。

 犯人が俺以外の誰かという結論になればそれで良い。


 それが俺の勝利条件だ。


 そのためなら危ない橋も渡るしか無い。




 俺は受話器を手に取り、受話器の横にある操作説明を読みながら、目的の相手に電話を掛けた。


 トゥルルルル、トゥルルルル。


『もしもし、金原です』


 俺が電話を掛けたのは、もちろん金原だ。


「俺だ。少し話せるか?」


『うん、大丈夫だよ』


「部屋には誰もいないよな?」


『いないよ。まぁ、あんな事があったというのに他人の部屋に行くのは無謀というか何と言うか。まぁ、その話は今は関係ないよね。電話をしてきたのは夕食前の件だよね?』


 深呼吸。


 金原を味方に付けられるかは重要だ。

 俺一人が切り札となる証拠を主張したところで、月野と日谷が難癖つけるに決まっている。


 最悪の事態は、俺の用意した証拠が「怪しいから証拠にならない」と結論付けられることだ。


 その最悪の事態を避けるには、中立の立場に見える金原が味方してくれることが望ましい。


 だから、ここでしくじるわけにはいかない。


「あぁ。人が来たから話せなかったやつだ」


『えっと、何だっけ。何かを仕掛けたってところまでは聞いたけど』


「そうだ。面白い物を仕掛けた」


『面白い物って?』


「監視カメラだ」


 勿体ぶるつもりはない。



 ”俺の仕掛けた切り札は監視カメラ”だ。



 少なくともこの事だけは伝えなければならないのだが、一つ問題がある。


 ”何処まで金原に説明するのか”だ。



『か、監視カメラ!? 水嶋さんが設置したの!?』


「あぁ、そうだ。俺が仕掛けた」


『え!? そ、そんな物も注文出来るの?』


「タブレットで調べてみろ。防犯カメラの類にあるはずだ」


『ちょ、ちょっと待ってね』


 受話器の向こうからガタガタと物音が聞こえた。恐らくタブレットを取りに行った音なのだろうが、電話越しには詳細は伝わらない。


 しばらく待っていると、金原の声が聞こえた。


『あ、本当だ。あるね』


「だろ? メイドが監視カメラの映像を出さないって言うのなら、俺が撮れば良いと思ってな」


『思い付かなかったな。そっか。その手があったね。でも』


 金原の声はあまり乗り気ではなさそうだった。


「でも、何だよ」


『同じ商品を見ているのか分からないけど、コレだと仕掛けたらすぐに気付かれないかな? いかにも、後から設置しました感のあるカメラだけど』


 金原が見ているのは、恐らく検索上位に出てくる機種のことだろう。

 俺が注文したカメラとは違う。


「検索してすぐに出てくるヤツを見てないか? それは単三電池を八本も使うタイプだろ。それはカメラに画面もついてるからだいぶ大きい種類だ」


『え、あ、うん。多分そう。電源は単三電池八本ってなってる』


「この生活が始まった頃から設置されてりゃ話は別だが、さすがに四日も経ってから付けたら怪しまれるに決まってる。俺が注文したのは下の方にある『充電式小型カメラ』だ」


『えっと、ちょっと待ってね。あ、コレかな? コレかも。あったよ』


 ”コレ”では俺には分からないが、同じ名前の商品は無かったはずだから、恐らく俺が取り付けた機種と同じだろう。


 俺が注文したカメラは必要最低限の構成だ。


 レンズ、人感センサー、マイクロSDカード差込口、マイクロUSBタイプB端子、充電ケーブル差込口、電源スイッチ。


 検索上位に出てくる手のひらサイズのカメラと違い、このカメラは人差し指程のサイズだ。


「ソイツなら、カメラの存在を意識してないと見つけられないはずだ。仮に見つけられたとしても、俺が仕掛けたカメラだとは思わないだろう」


『そうだね。こっそり仕掛けられてたとしたら分かんないかも』


「あまり大きな問題じゃないが、そのカメラは撮影したデータを確認するにはパソコンが欲しい。カメラとパソコンをケーブルで繫ぐか、マイクロSDカードをカメラから抜いてパソコンに挿さなきゃならない」


『あ、パソコンも必要なんだ。パソコンはあるの?』


「あぁ、ノートパソコンを注文した。ついでに言っとくと、パソコンにも通信機能は無かったからな」


『まぁ、携帯電にも通信機能が無いくらいだからそりゃそうだよね。それにしても、監視カメラについて詳しいだなんて、そういう仕事をしてたの? 警備員とか野生動物の研究とか?』


 身の上話をする必要は、無いだろう。

 建築関係の仕事をしていたということぐらいなら話しても構わないが、話す必要性も無い。


「そういうんじゃねぇよ。まぁ、現場で盗難が発生したことがあって、防犯のために色々調べて実施したことがあるだけだ」


『ふぅん。そうなんだ。それで、何か映ってたの?』


「いや、映像はまだ見てない。データを確認するために、エレベーターの中でノートパソコンを広げてたらだいぶ怪しいだろ。マイクロSDカードをカメラから抜いて、自室なり何処かでデータを確認するにしても、カードが挿さって無いと撮影してもデータが残らないからな」



 マイクロSDカードを二枚注文しておいて『データ確認のためにカードを抜いたら、もう一枚の予備品を挿しておく』という対策をすれば、撮影出来ない時間は発生しない。

 だが、この時の俺は『カードを抜いたら撮影は出来ない』という思い込みのせいで気が付かなかった。



 それが、一つの分岐点になるとは夢にも思わずに。



『じゃあ、何が映ってるかは分からないんだね?』


「まぁ、そういうことになる」


『それで、何か映ってたら明日の、何だっけ? 共同生活裁判の時に言うの?』


 言っただけでは誰も納得しないだろう。


「俺は明日の夕食前にマイクロSDカードを回収して、ナンタラ裁判の時にカメラの映像を全員に見せる。口で喋るよりそっちの方が確実だからな」


『そうなんだ。僕もそれが良いと思うよ。ちゃんと映っていれば決定的な証拠になるかもしれないし』


「そうだよな。ちゃんと証拠になるよな」


 金原は突然ウンウン唸りだした。


『うぅん。でも、決定的な場面が映ってるかもしれないのなら、今すぐに全員集めて見せても良いんじゃないの? 月野さんや日谷さんが、ずっと間違った推理を今も続けてるかもよ』


「カメラは今日の昼頃に取り付けたから、木村殺しの犯人が映っていてもおかしくない。だが、このカメラの映像にいちゃもんを付けられるかもしれないだろ?」


 金原の納得していないような唸り声が聞こえた。


『うぅん、そう、かなぁ? 日谷さんのことは分からないけど、月野さんはカメラのことを秘密にしていたことについては嫌味の一つでも言いそうだけど、映像そのものには文句言わないと思うよ』


「何でそう言い切れる?」


『何でって言われると。うぅん、何度か話した時のイメージ、かな』


 俺にはそのイメージは無い。

 何を考えているのか分からないし、場を嫌らしく掻き乱すことが好きな陰キャというイメージしかない。


「とにかく、カメラの映像はお前が味方になってくれるという保証が無いと全員には見せれないんだ」


 金原の言う通り、俺の考えすぎだったのか?


 映像を見せれば、手のひらを返したように、月野や日谷が俺を疑うのを止めるのか?


 にわかには信じ難い。


『うぅん、どういうこと? いまいち水嶋さんの意図が分からないんだけど、要するに、カメラの映像に誰かが文句を言ったら「これは偽装工作じゃないよ」って庇って欲しいってこと?』


「そ、そうだ。カメラの映像が証拠として成立しなくなったら俺の切り札は何の意味も持たなくなる。

 月野も日谷も俺を疑っているだろうから、俺がどんなに訴えたとしても聞き入れないだろう。そんな時に、中立の立場っぽいお前が味方してくれれば、アイツ等もゴチャゴチャ言えなくなるに決まってる」


『うぅん、まぁ、庇いきれるかどうかは分からないけど、やるだけやってみるよ』


 金原の返事は鈍かったが、一応は了承してくれたようだ。


「ありがとう。頼むぜ」


 これで、最悪の事態の”カメラ映像を誰も信用しない”ということにはならないだろう。


 今日の映像がちゃんと撮れてさえいれば、俺は”木村殺しに関してはシロだとハッキリと証明出来る”はずだ。


 何とかなったとホッとしていると、金原の「あっ」という呟きが聞こえた。


『そういえば、何処にカメラを設置したの? 映画館にあれば確実だけど』


「そういえばまだ言ってなかったな」



 カメラの設置場所はかなり悩んだ。


 予算を気にせずに注文出来るのだから、とりあえず沢山注文して手当たり次第に設置すれば良い。と、最初は思っていたが、設置している所を誰かに見られるわけにもいかないし、何処で事件が起きるのかなんて分かるわけがない。


 何処に設置しようか悩んでいた時に、ふと思い付いた。



 エレベーターが良い。



 エレベーターに監視カメラを設置し、階数表示ランプと乗ってきた人を撮影することが出来れば、その映像は”誰が何時頃に何階に行ったのかを裏付ける証拠になる”。


 たった一つのカメラで他の階をもカバー出来る。

 思い付いた自分のセンスに冷や汗をかく程だった。



「エレベーターに仕掛けた」


『エレベーター? 何で?』


「全員エレベーターを使って他の階に移動してるだろ。だから、エレベーターの中にカメラを仕込んでおけば、誰が何時頃に何階で乗り降りしたか分かる」


『乗ってきた人はともかく、階数も分かるの?』


「階数を表示するランプがあっただろ。階数表示ランプと乗ってきた奴を撮影出来るようにカメラを仕掛けた」


『あ、そういう向きで付けるのか。てっきり天井にでも付いてるのかと思った』


「エレベーターに乗ったことだけ分かっても意味無いからな」


『スゴいね。完璧じゃん』


「か、完璧かどうかは、明日の映像を見ないと何とも言えないけどな」


 この年になってストレートに褒められると変な気分になる。

 金原も金原だ。よくもそんな歯が浮きそうな事をペラペラと言えるな。


『それで、その映像があれば水嶋さんは自分がシロだと証明出来るんだよね?』


「あぁ、そうだ。俺は映画館に行ってないからな」


 一瞬訪れた不自然な沈黙。


「俺は映画館に行ってない」という言葉を口にしてから、致命傷になり得る地雷を踏んでしまったかと恐怖したが、金原の口調は特に変わらなかった。


『じゃあ、僕が映画館に行ったって映像も残っているはずだよね。あと、木村さんと犯人が映画館に行く場面も』


「あ、あぁ、そうだな」


 良かった。

 気にしていないのか気が付いていないのかは分からないが、とりあえず大丈夫そうだ。


『まぁ、正直な話、映像を見てみないと何とも言えないけど、僕が怪しまれない範囲では庇ってみるよ。僕が月野さんや日谷さんに言いくるめられても恨まないでよ』


「あ、あぁ、構わない。むしろ、それで良い。不自然に庇うと俺とお前が怪しまれるかもしれないしな」



 これで話したい事は全て話し終わった。

 カメラの映像について文句を付けられなければ、俺にとってだいぶ有利だ。



「そろそろ電話を切るぞ」と言おうとした時、金原が先に言葉を発していた。


『エレベーターの、具体的にどの辺りに付けたの?』


「え?」


『いや、エレベーターにカメラを付けたって言っても、具体的に何処に付けたのかなと思って』


 な、なんだ?


「それを聞いてどうするんだ? 疑ってるわけじゃないが、カメラの固定方法に少し問題があるからカメラには触らないでほしい。触れた拍子に落ちるかもしれない」


 そう。

 俺はエレベーターの手すりの裏側に両面テープでカメラを固定している。


 理想はビスを打つか結束バンドのような物で固定したかったのだが、ビスは建物の破壊行為に繋がるからか入手出来ず、手すりと似た色のバンドが無かったので、渋々両面テープで妥協したのだ。


 だから、触らなければ落ちないのだが、何かの拍子に力が加われば落下してしまう恐れがある。


『ふぅん。”落ちる”ってことは、少なくとも床に付けたわけじゃないみたいだね。壁か、天井かな?』


「ッ!?」


 背筋がゾッとした。


 何か取り返しのつかないことをしてしまったかのような焦燥感。緊張感。


 自分の心臓の音で、金原の声が聞き取りにくくなる程に、俺は困惑していた。


『あ、そっか。階数を表示してるランプと乗り込んできた人を映すって言ってたから、逆算すればある程度場所は限られるね』


「お、おい。何を考えてる?」


『ん? あぁ、ごめん。深い意味は無いから安心して。別に邪魔するようなことはしないよ。カメラの映像は僕の潔白を証明するためにも必要だからさ。ただ、何処にあるのかなぁって気になっただけ』


「あ、あぁ。何だ。脅かすなよな」


 安堵の息が口から漏れたが、心臓はいまだにバクバクと激しい音を立てて鼓膜を刺激している。


『さて、時間も遅くなってきたしそろそろ切るね』


「あぁ。頼むぜ。明日は」


『任せてよ、とは言えないけど、善処するよ』


 ガチャ。ツー、ツー、ツー。


 電話は切れた。



 受話器を持つ手には汗が噴き出て、少しマシになったとはいえ、心臓の鼓動がいまだに聞こえる。


 俺は、相談相手を間違えたのだろうか?


 それとも、ただの気の所為なのだろうか?

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