四日目 アリバイ 日谷視点
四日目 アリバイ 日谷視点
時刻は二十時を少し過ぎた頃。
十分程前から、唯一食べ終わっていなかった金原の食事が終わるのを待つだけの時間が訪れていた。人を待たせていると思う程、中々食べ進められないモノであるが、待たされる側となると話は変わり、早くしないかと小言の一つも言いたくなる。
皆からの圧力に屈したのか、本当に食欲が湧かないのかは分からないけれど、結局、金原は食事のほとんどを残したまま、メイドに皿を下げるようにお願いをした。
金原の皿が下げられ始めたタイミングで、月野がわざとらしい咳払いをしてから言った。
「さて、食事休憩を挟んだわけだが、まだ彼が殺された件についての調査は終わっていない」
誰も反応を示さなかったので、私が相槌を打つことにした。
「それは現場の調査ではなく、私達のアリバイについて?」
返事が来たことに安心したのか、月野は少しだけ頬を緩めた。
「あぁ。まぁ、メイドがアリバイを保証しない以上、完全にシロと言えるようなモノにはならないと思うが、今日一日の行動の確認ぐらいはしておいた方が良いだろう」
月野がグルリと見回すように全員に一度視線を向けた。
「まぁ、言い出しっぺが最初に言うべきなのは分かっている」
月野は念を押すように、もう一度全員に視線を向けてから続きを口にした。
「自分は朝から夕方までずっと自室で寝ていた。なんせ昨日は朝早くから色々調べモノをしていたからね。自室を出たのは夕食前の五時五十分過ぎ。そこで、火狩と日谷に会った。そうだろう?」
月野が私と火狩の目をジッと見つめてきた。
彼がずっと自室にいたかはともかくとして、夕食前に部屋から出てきたという点に関しては嘘は無い。
「そうね。貴方がずっと自室で寝ていたのかは知らないけれど、『六時前に一緒に食堂まで来た』という点に嘘はないわ。ねぇ、火狩さん」
火狩は私の問いかけにコクリと頷いた。
それで良い。
彼女にはあまり無駄な事を話さないようにと、事前に釘を差してある。
彼女の余計な発言が、ずる賢い月野に利用されるのを防ぐためである。
「ずっと寝てたから、話せることは本当にこれぐらいしかないんだ。非常に心苦しいが、自分の身の潔白を証明することは出来ない」
嘘ばっかり。
ヘラヘラと笑いながら話すお前を信用出来るわけがない。
しかし、決定的な証拠が無いのも事実である。
犯行方法まで突き止めても、それを月野もしくは水嶋であると断定する決定的な証拠が見つからない。
メイドが監視カメラの映像を共有しないのであれば、実際に目撃するか、月野もしくは水嶋がボロを出すのを待つしかない。
「問題が無ければこの前と同じように、七日館に文字って曜日順に行こうじゃないか。次は」
そう言いながら、月野は火狩に視線を向けた。
「う、ウチの番ってことか」
火狩はフゥと小さく息を吐いてから口を開いた。
「ウチは、えぇと、お昼前の十一時ぐらいかな? そのぐらいの時間から日谷さんと一緒に図書館に行ってました。それで、十二時ぐらいに図書館の飲食エリアでサンドイッチを食べて。えっと、そうだ、二時ぐらいに日谷さんと一緒に図書館を出ました。その後は、六時前までずっと自室にいました」
間違ったことは言ってないが、補足する必要がある。
「火狩さんの言う通り、私は十一時頃に火狩さんと一緒に図書館に行ったわ。あんな事件が起きたのだから、女性が一人で部屋の出るのは止めましょうと伝えていたの。
夕食も含めて、部屋の外に用事がある場合は、電話を掛けて一緒に部屋の外に出るようにするぐらいに徹底的にね。
仮に自室の扉の鍵を破壊するような殺人鬼が紛れていたとしても、メイドが『無理やり扉を開こうとする行為は禁止行為ですので我々が取り締まります』と言ったのだから、鍵の破壊を実施しようとした段階でメイドは犯人を取り押さえるはずだから」
手を上げながら近くにいるメイドに視線を向けると、メイドは一礼してから淡々と話し始めた。
「はい、日谷様のおっしゃる通りです。『壁、天井、床、扉といった建物に対する意図的な破壊行為は全て禁止事項』です」
このルールを忘れている人間が困るので、あえてメイドに説明させたのは言うまでもない。
「つまり、自室にいれば安全というわけ。自室を出る必要がある時は一人にならないようにする。それが自分の身を守ることに繋がるから。
私と火狩さんの”外出時には相手に電話を掛ける”という取り決めを皆にも聞いてもらったところで、私と火狩さんの今日の発信履歴を皆に伝えて欲しいのだけれど」
メイドはメイド服の何処かにあるポケットから携帯電話を取り出すと、画面を数秒睨んでからすぐに顔を上げた。
「十時四十二分に日谷様から火狩様へ発信。十七時五十一分に日谷様から火狩様へ発信。以上が本日のお二人の発信記録です」
そう。
これを待っていた。
メイドは発信履歴に関しては何故か公開を認めている。
発信履歴の存在が自室にいたことの証明になる。
いくら犯人が月野と水嶋だと主張しても、誰でも犯行が可能だという話になると説得力に欠けてしまう。
発信履歴を残すことと、発信履歴が無い限り自室にいたのだと主張することが、自らの身の潔白の証明と共に犯人を吊るし上げる一手にもなりうる。
「私と火狩さんは発信履歴にあるように、十一時頃に一緒に部屋を出た。そして二時頃に部屋に戻り、その後六時前まで部屋にいたわ」
火狩はウンウンと何度も頷き、水嶋と金原が呆気にとられた表情を見せる中、月野だけはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。
「何か言いたいような表情をしているけれど、言いたいことがあるなら今言ったらどうなの?」
キッと睨みながら言ったが、月野は笑みを崩さずに「ん? あぁ、いや。別に。感心しただけさ」と応えた。
嘘だ。
やられたと思ったに違いない。
月野が最終的に誰を犯人だと推理するつもりなのかは知らないけれど、犯人候補が二人も減っては否が応でも自分にも矢印が向いてしまう。
月野はそれを嫌ったのだろう。
「あ、ウチの話はこれで終わりです」
月野はしばらくウンウン唸っていたが、結局何も言わなかった。
「何だよ」
皆の視線が自分に向いたことに対し、水嶋は苛立ちを見せた。
「順番通りに行くなら次は水嶋の番」
月野が淡々と言うと、水嶋は舌打ちをしてから渋々と口を開いた。
「俺は昼まで寝てた。時間は覚えてない。昼過ぎは遊技場でパチスロ打ってた。適当に切り上げて食堂に行った。そのうち金原が来た。以上」
だいぶアバウトな説明とはいえ、素直に答えると思っていなかったので拍子抜けしてしまい、すぐに聞き返すことが出来なかった。
「ふぅん。なるほどね」
月野は、私に向けたのとはまた違う意味合いを持っていそうな嫌な笑みを浮かべていた。
「何だよ。何か文句あんのか?」
「いや、別に。この前と違って素直に答えたもんだから驚いただけさ」
水嶋は目をカッと開いたが、大声を発することはなく、舌打ちをしてから続きを話した。
「お前らが俺のことを犯人だと疑ってかかるのが気に食わないからだよ」
気に食わないも何も、一人だけ注文履歴を誰にも見せず、勝手に退出するような人間を疑わない道理など無い。
このまま月野に喋らせることで、場の流れを月野の思い通りにさせてしまっても良いのか少しだけ迷ったが、私の中で結論が出る前に、月野は意外な言葉を口にした。
「疑われたくないのなら、注文履歴を開示してほしい。二日目に起きた大浴場の事件については、注文履歴でシロクロ分かるのだから」
注文履歴の開示!?
二人は共犯じゃなかったのか?
何かをキッカケに共犯関係が崩れたのか!?
それとも、見られても大丈夫なように注文履歴を改ざんしたのか?
いや、『注文履歴の改ざんは出来ない』とメイドが言っていたはずだ。
だったら何を考えている!?
「注文履歴は、見せない」
私の葛藤を他所に、水嶋は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「ほぉ、何故?」
「理由なんか何だって良いだろ。無理なもんは無理。今見せたら切り札にならない」
「切り札?」
月野の問いかけに対し、水嶋はハッとした表情を見せ、それ以降は何を訊いても口を開かなくなってしまった。
「気になる事を言っておきながらだんまりを決め込まれてしまったな。まぁ、時間ばかりかけてもしょうがない。とりあえず全員の話を聞く方を優先しようか」
月野は金原へと視線を向けた。
「え? あぁ、次は僕の番か」
金原は斜め上に視線を向けてしばらく停止し、言いたいことがまとまったのか口を開いた。
「僕は、朝の何時頃だろう。ハッキリと覚えてないけど、九時ぐらいに食堂に行って朝ご飯を食べて、その後は自室でゲームをしてたかな。
十二時過ぎに昼食を食べるために食堂に行って、その後は色々な所を散歩してた、かな」
「朝食の時も、昼食の時も、食堂では誰とも会わなかったの?」
私の問いかけに金原は「誰とも会ってないよ」と即答した。
ちなみに、私と火狩はルームサービスで朝食を自室まで運んでもらったので食堂には行っていない。
「それで、散歩ってのは何処を?」
「最初に図書館に行って、ゲームの攻略本を探したんだけど、無さそうだったからすぐに出たよ」
図書館!?
二時頃まで私も火狩も図書館にいたのだから、金原が来ていたのなら気が付いたはずだ。
「ちょ、ちょっと。それって何時頃? 私も火狩さんも金原さんが来たことに気が付かなかったけど」
「えっと、一時過ぎだったかな。僕が行った時に、奥の方の本棚の前で、日谷さんが赤っぽい色の本を持って火狩さんと何か話しているのを見かけたよ。でも、邪魔するのは悪いと思って声は掛けなかったんだ」
金原の説明は正しかった。
午後は火狩が読む用の本を一緒に探すことになり、図書館の奥の方にあるファンタジー系の本が並ぶ棚で色々と話をした覚えがある。
赤っぽい色の本というのも、誰もが一度は名前を聞いたことがある魔法ファンタジーの本のことだろう。
本をロクに読まない火狩であっても、映画を見て内容を知っている作品なら読めるだろうと勧めたのだ。
図書館のどの辺りにいたのか、その時持っていた本の色まで言い当てたということは、金原は本当に図書館に来たのだと信じる他無い。
図書館の入口には意識を向けていたつもりだったけれど、説明に夢中になるあまり見逃してしまった?
次からは、もっと気をつけなければならない。
「思い当たる節があるから、金原さんが図書館に来たのは確かのようね。火狩さんは彼が来たことに気が付いた?」
てっきり「気が付かなかった」という返事が来るものとばかり思っていたが、火狩の反応は違った。
「なんだ。あの人影は金原さんだったんだ」
「ちょっと、どういう事?」
私の語気が少し強まってしまったせいか、火狩は隠し事がバレた子どものような表情を浮かべた。
「日谷さんに色々教えてもらってる時に、図書館の入口の方にチラッと人影が見えたんだけど、すぐに見えなくなっちゃったから気のせいかと思ってたんだ」
「な、何でその時言わなかったの?」
「いや、えっと、せっかくウチのために色々教えてくれてたのに、全然違う話をしたら怒るかなと思って」
複雑な感情が全身を巡った。
確かに、今聞いたら何とも思わないが、説明している最中に言われたら真面目に聞いていないのか? と小言の一つでも言ったかもしれない。
だが、その人影がもしも殺人鬼だったとしたら、一秒でも早く情報を共有して行動に移す必要があるというのに、危機感が無さすぎるのではないか?
いや、ここで火狩を責めるのはいくら何でも筋違いか。
私が説明に夢中になって気が付かなかったのが悪いのだから。
「別に、そんなことで怒らないわよ。気になることがあったら、その都度遠慮なく言って」
「え、あ、うん。ごめん」
「また口を挟みすぎてしまったみたいね。ごめんなさい」
金原の話を遮ってしまったことに詫びを入れると、金原は続きを話し始めた。
「図書館に行った後は遊技場に行って、レースゲームを遊んでたかな。『最速伝説』みたいなタイトルの。誰かに上書きされてなければ、ランキングにスコアが残ってると思うよ」
そんなゲームがあるのかどうかは知らないが、月野や水嶋が何も言わない辺り、恐らく存在するのだろう。
「その後は」
そこで金原は何かを躊躇するように、言葉を発するのを止めた。
「その後は?」
月野の問い掛けに対し、金原は全員に視線を向けてから意を決したようにポツリと言った。
「その後は、映画館に行ったんだ」
その場に嫌な緊張感が疾走った。
「なるほど。なるほどねぇ。よりにもよって映画館に、ねぇ。色々と気になることがあるが、順番に聞こうか。まず、何時頃に映画館に行ったんだ?」
月野も私と同じように予想外の展開に困惑しているようだった。いや、この場にいる全員が金原のことを得体の知れない化け物を見るかのように凝視している。
「三時頃、かな」
「その時のスクリーンの状況は?」
「ゾンビハザードの、どれだっけ? 木村さんが観てたやつ。とにかく、ゾンビ映画でスクリーンが一つ埋まってた事は覚えてるよ。受付で、メイドさんに『上映から一時間程経過していますが、途中入室は可能です』って言われた覚えがあるし」
金原がチラリとメイドに視線を向けると、メイドの一人が一礼した。
「その時間に映画館にて金原様にお伝えしたかどうかは保証出来ませんが、同じような状況であれば、同様の説明を皆様に致します」
入室時間に制限が無いということだろう。
つまり、”犯人は木村と同時にスクリーンに入る必要は無い”ということを、メイドは今証言したことにもなる。
「で、金原は何を観たんだ?」
月野の質問に金原が答える前に、私は口を挟んだ。
「ちょっと、それは事件と関係あるの?」
月野は小さく溜め息をついた。
「事件との関係? あるさ。あるに決まってる。木村はゾンビ映画を二本立て続けに観たわけだが、二本目の映画は四時頃に上映予約をしている。
上映予約は木村がしたとメイドは証言したのだから、四時頃に木村は生きていたと証言されたことになる。
金原が観ていた映画が一時間ぐらいの短編映画ならば、金原が木村か犯人と会っている可能性が高い」
月野のこの発言に対して、特別間違った事を言っているようには聞こえないが、何処か違和感を感じた。
「あぁ、ごめん。そのことなんだけど」
金原が頬を爪先で掻きながら申し訳無さそうに切り出した。
「実は、何も観てないんだ。映画館には行っただけ」
「な、何で?」
疑問が意図せず言葉になっていた。
「上映可能な映画のリストを見せて貰ったんだけど、何というか、スクリーンで一人で観るってことを考えたら、急に観る気が失せちゃって」
映画館で事件が起きていなければ「そういう時もあるよね」で済まされるのだが、よりにもよって、犯行時刻に近い時間に映画館に一人で行って、何も観ないで帰ったと言われると話が変わってしまう。
時間のズレはあるものの、殺すために映画館に行き、用が済んだから帰ったとも取れる発言だ。
「本当に何も観ていないの?」
「疑われるのは仕方ないけど、本当に観てないんだ」
私の質問に金原は即答した。
「なるほどね。だったらメイドに確認すれば良い」
月野がメイドに視線を向けると、メイドは用件を聞かずに「本日は『ゾンビハザード3』と『ゾンビハザード・アポカリプス』以外の映画の予約は入っておりません。また、予約の取り消しもありません」と答えた。
当然、犯人は嘘をついているはずだけれど、少なくとも今の段階で映画館に行ったのは金原だけ?
どういう事?
水嶋が実行犯で、月野が協力をしているものとばかり思っていたけれど、実は水嶋と金原の共犯だった?
最初はその可能性を捨てていたけれど、案外可能性は高いかもしれない。
水嶋と金原の関係が比較的良好な事を考えると、月野水嶋共犯説よりも水嶋金原共犯説の方が説得力はある。
無害そうな雰囲気を出しておきながら、内にはドス黒い邪悪が籠もっているとでも言うのだろうか。
私は月野が怪しいと思い込みすぎて、金原を疑うことを忘れていたのかもしれない。
「なるほどね。”三時頃に映画館に行ったけれど何も観なかった”というわけか」
月野は重要な部分を強調しながら言った。
「うん。そういうことになるね」
月野は腕を組んでウンウン唸ってから続きを話し始めた。
「正直な事は良い事だと思うが、犯行現場に一度行ったことを自分の口からよく言えるな。そんなことを言ったら皆に怪しまれると思わなかったのか?」
金原の視線が一瞬泳いだ。
「まぁ、言わなくてもバレないかもとは思ったけど、後から僕が映画館に行ったことが判明したら、それを正直に言わなかった僕を犯人だと疑うでしょ? 何かの拍子に映画館に行ったことが判明するのなら、先に自分から言っておいた方が良いと思って」
何だろう。
間違った事を言っているわけではないのに、金原の言葉からは得体の知れない不気味なオーラが感じ取れる。
何だろう。この感覚は。
金原の話し方は他人事のようだ。
そうだ。
他人事のように言っているのが不気味なんだ。
「それで、映画を観ないで帰ったと言っていたが、映画館にはどれぐらい滞在していたんだ?」
「長くても三十分くらいかな。その間に、木村さんの姿は一度も見てないよ」
「なるほどね。ふぅむ」
「僕の話はこれで終わりだけど、他に説明した方が良いことってある?」
月野が質問をしなかったので、代わりに私が質問をすることにした。
「映画館を出た後は真っ直ぐ部屋に戻ったの?」
「う、うん」
「それからはずっと自室にいたの?」
「自室にいたよ。ゲームしたりボーッとしてたかな。それで、五時半ぐらいに食堂に行ったら水嶋さんが先に食堂に来てたんだ」
金原が水嶋に視線を向けると、水嶋は「そうだ。俺が食堂に一番乗りして、その次に来たのは金原だった」と言った。
この後、私は火狩の時に説明したことをもう一度話した。
火狩と私は部屋を出る際には電話で連絡を取り、一緒に行動するようにしていること。
十一時から十四時頃まで火狩と二人で図書館にいたこと。
その後は自室にいたこと。
十八時前に火狩と一緒に食堂に向かう際に、月野とも会ったこと。
全員の情報が出揃ったが、土井の時と同様に、すぐに事態が進展することは無かった。
気まずい雰囲気が漂う中、月野は溜め息をついてから手を上げた。
「誰がシロで誰がクロなのか。ハッキリさせたいと思わないか?」
「な、何よ。いきなり」
あまりにも突飛な発言に全員が月野の次の言葉を待った。
「本当なら今すぐにでも白黒つけるべきだが、今日の事件について考える時間が欲しいな」
月野は一呼吸置いてから続きを口にした。
「だから、明日だ。明日話し合おう。もっとハッキリと、具体的に、誰が犯人なのかについて。全員で知恵を出し合って犯人を炙り出せたのなら、共同生活のルール内に収まる程度の隔離を行おうじゃないか」
「犯人を、か、隔離!?」
火狩が声を荒げた。
「それは当然だろう。土井が殺されただけなら、犯人の動機はある程度説明がついた。だが、犯人探しに否定的かつ特別行動を起こしていたわけでもない木村が殺されたとなると、ここにいる全員が殺される可能性がある」
火狩が小さく呻いた後に歯をガタガタと鳴らし始めた。
「隔離の方法については、共同生活のルールもあるからメイド頼みなところが大きい。だから、メイドは明日の夕食までに、ルールに則った上で可能な隔離方法を列挙してほしい」
「かしこまりました」とメイドは一礼した。
「だから、皆も明日の夕食までに犯人が誰なのか考えてきてほしい」
「そ、そんなの」
「犯人が分からないのは構わない。分からないなら、身の潔白を証拠を用いて説明出来るようにして欲しい。もう他人事で済ませられる状態は終わったんだ」
反論しようとした火狩の言葉を月野の言葉が掻き消した。
「共同生活が終わる頃には犯人だけが生きているということにもなりかねない。明日の夕食後、学級裁判ならぬ共同生活裁判を開廷しようじゃないか」
月野は笑えない冗談を言うと、席を立ち、エレベーターへと向かって歩き始めた。
残された私達は、月野の突然の提案について整理するのに精一杯で、すぐには席を立つことは出来なかった。
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