四日目 食堂にて 金原視点



 四日目 食堂にて 金原視点



 全員が乗ったエレベーターが一階に到着し、各々が自分の席に向かって歩き始めた。

 自分の椅子に手を掛け、椅子を引いたタイミングでふと気が付いた。


 両隣がいない。


 左隣は二日目に殺された土井の席。右隣は数時間前に殺された木村の席。

 ただの偶然だろうけど、その偶然が僕の胸に抉るような痛みを走らせた。


「料理の温め直しをしておりますので、少々お待ちください」


 二人のメイドが頭を下げて詫びを入れ、すぐに音もなく姿を消した。




 待たされるのは構わない。なんせ、食欲がちっとも湧かないから。


 惨劇を思い出しただけでも胃酸が込み上げてくる。込み上げてきた胃酸を必死に呑み込み、喉の違和感を拭い去ろうと咳込んでみたが、ザラザラとした異臭と異物感は消えず、かえって喉を痛めてしまった。


「大丈夫か?」


「え? あぁ、大丈夫だよ」


「まぁ、その、なんだ。気持ちは分かるが、少しでも胃に入れておいたほうが良い」


「う、うん。そうするよ」


 月野にはお見通しのようだ。




 料理が次々と運ばれてくると、皆は黙って食べ始めた。一人だけ食べないのも目立つので、とりあえずスプーンを手に取りスープに口をつけた。



 豆と肉の入ったトマトスープ。



 だと思うのだが、味がしない。無味無臭とまではいかないが、大量の水で薄めたのかと思う程だった。

 そういう料理なのか、精神的に参ってしまったことによる味覚の異常なのかは分からない。




 格式高そうな音楽。食器同士が当たる音。僅かに聞こえる咀嚼音と空調設備の運転音。


 食べることに集中出来ないため、否が応でも周りの音が気になってしまう。

 カチャカチャと何度も食器がぶつかる音がする方を見ると、そこには火狩が座っていた。


 火狩の前に置かれた皿はほとんど空になっていた。お腹が空いていたというのは本当のことなのだろう。




 食事中の女性を見続けることに抵抗があったので、視線を水嶋へと向けた。

 火狩程では無いが、水嶋もかなり食べ進めていた。


「ッ!?」


 数秒しか見ていなかったはずだが、視線に気が付いたのか水嶋が顔を上げた為に目が合った。

 水嶋は怪訝そうな表情を浮かべたが、特に何か言うわけでもなく食事を再開した。


 一時間程前、食堂で水嶋と二人で話していた時の事が脳裏を過ぎった。




 時刻は少し遡り、十七時半過ぎ。


 木村を除いた全員が食堂に集まる前であり、木村が殺されている事を犯人以外が知らない頃。


 エレベーターで誰とも会わなかったため、自分が一番乗りだと思って入った食堂には先客がいた。



 先客は水嶋だった。



「あれ? 早いね」


 声を掛けると、水嶋は頬杖をつきながら「あまり出ないから切り上げたんだよ」と答えた。


「出なかった? パチスロのこと?」


「あぁ、そうだよ」


 水嶋は何かを思い出したかのように舌打ちをした。


「僕も前は近所のお店に通ってたけど、ここ最近打たなくなったからなぁ」


「へぇ。何で?」


 何でだっけ? 考えたことも無かった。

 きっと、パチスロに通えるような金銭的・時間的余裕が無くなったからだろう。


「うーん。多分打つためのお金が無くなったからかなぁ」


「ハァ? 金が無いから打つんだろ?」


 冗談かと思ったが、水嶋の目は真剣だった。


 僕の周りにも一人だけ水嶋と同じような事を言っている人がいたが、何かに取り憑かれたように打ち続け、気が付いたら音信不通になってしまったため、ハマりすぎた人間に対して良いイメージが無い。


「アハハ、スゴイね。僕は負け越してばかりだから」


「どうせ適当に台を選んでんだろ。店選びも大事だが、それ以上に台選びが重要だ。出る台は出るし、出ない台は出ない」


「へぇ。打たずに分かるの? 台を見ただけで? スゴイね」


 水嶋は照れ臭そうに頭を掻いた。彼のこんな表情を見るのは初めてだ。


「別にスゴくねぇよ。あるんだよ。何週の何曜日は甘い、みたいなのが。店毎に傾向は違うけど、仲間達と協力すればだいぶ精度を上げられる」


 そういうのは眉唾だと思っていたが、こうも熱く語られると真実かと錯覚してしまう。


「じゃあ、此処の遊技場にあるやつも、ある程度は分かってきたの?」


 ついさっきまで輝いていた水嶋の目の光が濁った。


 水嶋は溜め息をついてから言った。


「無料エリアは全て甘い。猿でも出来る。それに比べて有料エリアはかなり渋い。打つ奴が俺しかいないから情報も少ない。傾向を掴む頃にはこの訳の分からないホテル暮らしも終わってるだろうな」



 訳の分からないホテル暮らし。



 水嶋のその言葉で、二日目の夜の惨劇を思い出した。


「訳の分からない、か。本当だよね。まさか殺人が起きるだなんて」


 相槌程度のつもりで言ったのだが、水嶋の目付きが急に変わった。


「お前は、俺を疑っているのか?」


「え?」


 怪しいとは思っているが、証拠があるわけではない。 


 しかし、いきなり核心を突かれたのですぐに返事をすることが出来なかった。


「少なくともアイツ等は俺を犯人だと決めつけてそうだからさ」


「アイツ等?」


「犯人探しにマジになってる馬鹿共のことだよ」


 アイツ『等』だとか馬鹿『共』という言い方から察するに、水嶋が言いたいのは一人ではない。

 水嶋がここまで強く嫌悪感を表すであろう相手となると、恐らく月野と日谷のことだろう。


「月野さんと日谷さんのこと?」


「そうそう。そんな名前の奴等」


「うぅん、決めつけてるかは分からないけど、疑ってはいるかもね」



 注文履歴を隠している以上、疑われるのは仕方がないのでは? と思ったが、それは水嶋も分かっているだろうから言うのを止めた。



「で、お前は?」


「え?」


 水嶋は軽く舌打ちをした。


「だから、最初に訊いただろ。お前は俺を疑っているのかって」



 水嶋はどんな答えを待っているのだろうか。


「疑っていない」と嘘を付くべきなのか。


「実は疑っている」と正直に話すべきなのか。



「うぅん、何とも言えないというか。誰が犯人かなんて僕には分からないってのが本音だよ」


 どちらとも取れる返事をすることにした。


 月野と話していた時は、誰が犯人なのだろうとアレコレと色々想像した。だが、一人で部屋にいる時に考えることといえば、犯人の正体を知りたいという気持ちよりも、無事に共同生活を終えたいという思いの方が強かった。



「そういや、お前は犯人探しの投票の時にどっちにも手を上げていなかったな」


 僕の答えに満足したのか、水嶋はニヤニヤと品があるとは言えない嫌な笑みを浮かべながら言った。


「僕は、無責任だからね」


 自嘲気味に呟くと、水嶋は再びニヤリと笑った。


「別に良いんじゃねぇの? 女はともかく、男の中で犯人探しに賛成だと言ったのはアイツだけなんだから。後先考えてない馬鹿の票が傾いただけだろ」


「後先考えていない?」


 水嶋は大きく息を吐いた。


「だってそうだろ。犯人が分かったからって、共同生活が終わるわけじゃない。犯人見つけてどうすんだよ」


「それは」


 月野の言う通り、下手に犯人を刺激しない方が良いと水嶋は言いたいのだろうか。


 僕が返事に困っていると、水嶋は「まぁ、それは良い」と無理やり話を区切った。


「お前はアイツ等と良く話すのか?」


「アイツ等って月野さんや日谷さんとってこと?」


 うぅん、どうなのだろう。


 日谷とはほとんど話していないが、月野に関しては奇妙な協力関係を築いている。


 そのことを、水嶋にどこまで話して良いのだろうか。


「日谷さんとはほとんど話してないよ。顔を合わせる機会も少ないし、あまり話が合うとも思えないし。

 月野さんとは、顔を合わせたら話すってぐらいかな。昨日は部屋でマジックウォーズの対戦をやったりとかね」


 月野がどう思うかは分からないけれど、このぐらいなら何の問題も無いだろう。


「へぇ。その時に何か言ってたか?」


「何かって?」


「『犯人は誰なのか』とか」



 水嶋の目は笑っていなかった。


 根拠は無いけれど、今この瞬間に限っては、どんな嘘も必ず見抜かれるという確信が持てた。



「月野さんは、誰が犯人なのかは分からないって言ってたよ」


 この言葉に嘘は無い。


 誰が犯人なのかは複数の説があり、犯人を名指し出来る程の決定的な証拠はまだ見つかっていない。


「へぇ。てっきり俺の名前を出すとばっかり思ってた」


 水嶋は余程意外だったのか、目を丸くしながら言った。


「月野さんはミステリーが好きなだけの普通の人なんだから、何でも分かるわけじゃないと思うよ」


 数秒の沈黙。


 何かおかしなことを言ってしまったのか不安になり始めた頃、水嶋はクククと喉を鳴らしながら笑った。


「お前、結構面白い性格してんな」


 自分の顔を見たわけではないから分からないけれど、きっと僕の目も水嶋が先程驚いた時のように丸くなっていただろう。


「え、どういうこと?」


「気にすんな。そういうのは嫌いじゃない」


 水嶋はツボに入ったのか、しばらく笑い続けた。





「はぁ。久々にこんなに笑ったわ」


「久々に笑えたのなら何よりだよ」


 数秒の沈黙。

 水嶋は僕の目をジッと睨んだ。まるで相談相手として成立するかどうかを品定めするかのように。


「な、何?」


 水嶋は何かを決心したのか、大きく深呼吸をしてから、ゆっくりと、いつもより小さな声で話し始めた。


「お前になら、話しても良いかもな」


「え、何を?」


 水嶋は、もう一度大きく深呼吸をした。


「実は面白い物を仕掛けたんだよ。それがあれば」


 そこまで言った所で、水嶋は食堂の入口の方に視線を送った後に目をカッと開いた。


「話は後でする。他の奴等が来た」


 水嶋は早口でそれだけ言うと、いつもの気怠そうなオーラを全開にしてテーブルに肘をついた。

 水嶋が視線を向けた先に僕も視線を向けると、入口から月野、火狩、日谷の三人が食堂に入ってくるのが見えた。




 意識が現時刻に戻ってきた。


 目の前にはあまり減っていない食べ物が並んでおり、他の人達はかなり食べ進めていた。


 味のしないスープに口をつけながら、これからの事を考える。


 結局のところ、水嶋の話というのが何なのか確認出来ていない。三人が来た時に話を切り上げたということは、他の人、とりわけ月野や日谷には聞かれたくない話ということだろう。


 犯人は自分であるという話なのか、犯人を知っているという話なのか、実は全然関係のない話なのか。


 それは分からない。



 それは分からないが、その答えについては本人に聞くのが一番早い。


 彼が自室に戻るのならば、僕も自室に戻ろう。


 きっと、電話が鳴るはずだ。

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