二日目 状況確認 金原視点



 二日目 状況確認 金原視点



「ちょっとッッッ!!」


 全員が集まったタイミングで、日谷が叫んだ。


 こんな大きな声を出せるんだと内心驚いた。


「はい、何でしょう。日谷様」


「何でしょう? 何でしょうですって? 緊急事態だというのに救急車も警察も呼べないとはどういうことッッッ!? 説明しなさいッッッ!!」


 怒りに肩を震わせながら日谷はメイドを睨みつけていた。


 だが、メイドは至って冷静に、淡々と返事をした。


「それは、この共同生活のルールだからです」


「こ、こんな人殺しが起きたら中止に決まってるでしょッッッ!? さっさと私達を帰しなさいッッッ!!」


 日谷のように取り乱す程に僕の頭は現実を受け入れてはいないが、帰らせろという主張には同感だ。


 誰が土井を殺したのかは知らないけれど、この中に人殺しがいるというのに共同生活実験を続けろと言うのは無理がある。

 報酬が無くなるのは仕方がないかもしれないが、殺人鬼と共同生活を続けるぐらいなら、このまま無一文で帰った方がマシだ。


 そんな事を考えていたが、メイドの言葉は参加者全員の耳を疑わせた。


「それは出来ません」




 沈黙。




 参加者全員が、メイドのたった八文字の言葉を理解するのに数秒掛かった。


「は?」


「で、出来ない?」


「ふざけるのも大概にしてッッッ!!」


 日谷が土井を介抱した際に付着したであろう血のついた手でメイドに掴み掛かろうとしたが、側に控えていた別のメイドが慣れた手付きで日谷を取り押さえた。


「は、放してッッッ」


 関節を決められているのか、日谷は表情を歪ませながらメイドを睨んだ。


「メイドに対する暴力行為は禁止事項です」


 日谷を取り押さえたメイドが言い終わるのと同時に、出来ませんと宣言したメイドが口を開いた。


「最初から何度も申し上げた通り、共同生活実験中は何一つの例外も無く、外部との連絡は禁じられています」


「じゃ、じゃあ人殺しがいてもこのまま共同生活を続けろとでも言うのッッッ!?」


「はい、その通りです」


 日谷が血が滲む程に唇を噛み締めている。


「あぁ、えっと。聞きたいことがあるんだけど」


 月野が手を上げながら言った。


「はい、何でしょうか。月野様」


「これって共同生活をモニタリングしているんだよね? この脱衣所にまでカメラがあるのかは知らないけど、少なくとも土井さんと一緒に、もしくは土井さんの前後に脱衣所に入った人間がいるはず。メイドはそれが誰なのか知っているの?」


「はい。我々は犯行の一部始終を把握しております」


 な、何だって?


 犯行の一部始終を把握している?


「お、なんだ。じゃあ話は早いな。その犯人とやらを追放してくれれば良い。共同生活実験に殺人鬼は不要でしょ?」


 月野はホッと胸を撫で下ろすように言ったが、メイドは一切の感情を乗せずに言った。


「いいえ。それも踏まえた共同生活実験でございます」


 ”それも踏まえた”共同生活実験?


 どういうことだ?


 人殺しが起きることも想定の内だとでも言うのか?


「本気で言ってる?」


 月野が念押しするようにメイドの顔を睨みながら言ったが、メイドは物怖じすること無くハッキリと即答した。


「はい」


「じゃあ、どうしろと? 人殺しがいる中で残りの七日間を過ごせと?」


「はい、その通りでございます」


 月野は大きく溜め息をつきながら腕を組み、しばらくウンウンと唸ってから、取り押さえられた日谷をチラリと見た。


「なぁ、死体を」


 そこまで言ってから、バツが悪そうに月野は言い直した。


「彼女の身体をちゃんと確認したのは火狩さんと日谷さん?」


 日谷は月野を睨みながら言った。


「火狩さんは、ちゃんとは確認してないと思う。私と私を取り押さえてるメイドが確認した」


 日谷を取り押さえているメイドは「私が日谷様と共に土井様の身体を確認したのは事実でございます」と言った。


「まぁ、その、何だ。確認なのだけれど、土井さんが”殺された”というのは間違いないの?」


 月野の言葉に日谷の目が大きく開かれた。


「あ、当たり前でしょッッッ!! 見て分かんないのッッッ!?」


 日谷が吠えた。月野は「茶化しているわけじゃない。これは真面目な話」と前振りをしてから続きを話した。


「普通じゃない出血があるから十中八九そうだろうなとは思ってるよ。でも、ちゃんと身体を確認したわけじゃないからね。”殺された”と断言出来るような外傷はあったの? あったなら何処に?」


 日谷は乱れた息を整えながら、苦虫を噛み潰したような表情で答えた。


「後頭部。後頭部が割れて、というか変形してた。ハンマーなのかバットなのか知らないけど、道具を使って殴ったような感じ」


 僕は日谷やメイドが救命措置を行っている隙間からチラリと見ただけなので、どんな傷があったのかは知らない。


 だが、想像するだけで吐き気が込み上げてきた。


 月野は日谷の回答にウンウン唸ってから再び口を開いた。


「なるほどね。メイドに聞きたいんだけど、犯行の一部始終が分かっているのなら、死亡時刻も分かっているんだよね?」


「はい、存じております」


「何時何分?」


「お答えできません」


 月野は「はぁ?」と目を丸くしながら言った。


「我々は犯人の手助けはしません。ですが、妨害もしません。我々は参加者の皆様全員に平等に接します」


 手助けもしないが妨害もしない?

 どういうことだ?


「つまり、参加者で推理しろと?」


「そういうことになります」


「主催者側は、このあと自分達がどういう行為を取っても邪魔もしないし手助けもしないということ?」


「はい。その通りでございます」


「月野さん、今言ったのはどういう意味?」


 月野の言葉が理解出来なかった僕は思わず疑問を口にしていた。


「あぁ、んん、何と言えば良いかな。日谷さんは想像ついてると思うけど」


 月野はチラリと日谷に視線を送ったが、日谷は「自分の口で言って」と返した。

 月野は「日谷さんがそう言うのなら」と呟いてから言った。


「この中にいる犯人探しをするのか、犯人を刺激しないように今回の件は無かったことにするのか。それについても、主催者側は関与しないから自分達で決めろ、と言う事らしい」



 犯人を探すのか否か。



 漠然と犯人を探すべきだと思っていたけれど、犯人を刺激しないために、犯人を探さないという選択肢もあるのか。


 こんな短時間によくそんな事がすぐに思い付くな。


 まるで予習してきたみたいだ、というのは言いすぎだろうけど。


 月野と日谷の頭の回転の速さに感心していると「いやいやいや」と否定的な言葉が聞こえた。


「現実は創作の世界みたいに素人でも犯人が分かるような事は無いよ」


 ボソッと呟いたのは木村だった。

 月野は気にする様子もなく、すぐに返事をした。


「まぁ、大抵の場合はね。否定はしないよ。でも、此処は普通の環境じゃない。犯人はこの中に必ずいるわけなのだから」


 月野がメイドを含めた全員にグルリと視線を送った。


「で、でも、指紋や足跡の調査なんて素人じゃ出来ないじゃないか」


「それはそうだね。メイドが協力しない以上、そこまで専門的な捜査は出来ない」


「じゃあ犯人探しなんて無理じゃないか」


「必ず特定出来るとまでは思っていないよ。でも、ある程度絞ることは出来るはずだ」


「どうやって?」


「例えば何か証拠になる物がこの脱衣所に残っているかもしれない。それにアリバイだって」


 そこまで言ってから月野は口を噤んだ。


「その先の話は犯人を探すか探さないかを決めてからにしよう」


「決めるってどうやって?」


 木村の言葉に水嶋は後ろで「そうだそうだ」と言わんばかりに月野を睨みつけている。


「文句は出そうだけど、一旦多数決を取ろうじゃないか」


 月野が全員に一回手を上げるように言った。




 犯人探しを肯定したのは月野と日谷。


 犯人探しを否定したのは水嶋と木村。


 どちらにも手を上げなかったのは火狩と僕。




「多数決なんだからどっちかに上げろや」


 舌打ちの後に水嶋が怒鳴った。火狩が身体をビクッと震わせてから小さな声で言った。


「う、ウチには分かんないよ。どうしたら良いかなんて」


 僕にも分からない。


 殺人を無かったことにはしたくないが、犯人を刺激するようなこともしたくない。


 そもそもの話、意見を統一する必要があるのだろうか?


 犯人探しをしたい人が勝手にやっていれば良いのではないか?


 そう思った僕は「意見を統一する必要はあるの?」と訊ねた。


 月野は「そりゃ満場一致とまではいかないだろうけど」と前置きをしてから話を続けた。


「犯人探しを誰か一人でも行っているのなら、犯人からしたらたまったもんじゃないだろう。たとえ共同生活実験終了後に赤の他人になる間柄と言ってもね。そうなれば、犯人探し否定派だろうが口を閉ざすために殺すかもしれない」


「だったら犯人探しなんかするべきじゃないだろ」


 水嶋が吠えた。


 今この瞬間においては僕も水嶋の意見に賛成だ。犯人を刺激したら第二の事件が起きてしまうかもしれない。


 火狩や木村も同じ考えなのか、月野に反対の意思を持った目を向けた。


 それなのに、何故か月野はニヤリと笑った。


「犯人が他の誰も殺す気が無いという事が確定しているのなら、わざわざ暴くような事はしない方が良いかもしれないよ。リターンに対するリスクが大きすぎる。でもね、犯人が土井さんに強い恨みを抱いていたのではなく、殺すのは誰でも良かったなんて快楽殺人鬼だったらどうするつもりなんだい? メイドの話じゃ、何があっても最終日まで共同生活は続けさせられるようだし、少しでも早く犯人を特定して、何処かに監禁しておいた方が絶対に良いと思うけど。犯人を野放しにして残りの時間を過ごしたいのかい? そんな事をしていたら、いつ誰が”二人目”になるか分からないよ」


 快楽殺人鬼。


 そんな言葉は漫画や映画の世界でしか見聞きしない。


 本当にそんな人がいるのだろうか。


 だが、結果として共同生活二日目にして殺人事件が起きてしまった。


 恨みによる犯行ではなく、快楽による犯行だった場合、その刃が僕や他の誰かに突きつけられるかもしれない?


 全然実感が湧かない。


 


「う、ウチも、犯人探し、に賛成」


 火狩が途切れ途切れに賛成の意思表示をした。



 僕は、結論が出せなかった。



「賛成三票、反対二票、保留一票。とりあえず犯人探しをしますか。納得いかないとしても、反対したという意思表示は共有したのだからそれでこの場は勧めさせて欲しい」


 月野は全員に視線を送りながら言った。


「まずは遺体と現場の状況確認。それから各自のアリバイについて確認。という感じでどうかな?」


 水嶋と木村が不服そうな態度でいたものの、月野の意見に言葉で反対する者はいなかった。

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