二日目 現場確認 木村視点



 二日目 現場確認 木村視点



 多数決。


 多数派の意見を通すといういかにも平等感溢れるものであるが、その本質は少数派の排除である。


 今回も3対2という僅かな差でしかないのにも関わらず、多数派によって少数派の意見はねじ伏せられた。


 僕は犯人探しに反対だ。


 犯人が自ら名乗り出るというのなら止めはしないが、こんな閉鎖環境で追い詰めるようなことをして何になるというのだ。

 新たな殺人のキッカケになるだけではないか?


 警察も救急も呼べない今の状況を考えれば、現状維持こそが最も安全な選択肢だと何故分からないのだろうか。


 まぁそれも仕方ない。

 陽キャは馬鹿ばっかりなのだから。


 おおかた「彼女の敵討ち」だの「名探偵に俺はなる」とでも言った感じの、知性の欠片も無い浅はかで薄っぺらい正義の心で犯人を探そうとでも思っているのだろう。


 僕は馬鹿な陽キャとは頭の構造が根本的に違う。


 今この状況で最も優先すべきは自分の命だ。


 だとすれば、犯人を探すのではなく、犯人に自分は敵ではないと伝えることが最も安全な選択肢と言えるだろう。




 これは別に犯人にビビっているわけではない。


 僕のように数多のノベルゲーをやってきたオタクなら犯人の予想だって出来る。



 容疑者候補 月野


 嫌味男が犯人の可能性は高い。性格が捻くれているのだから非常識な行動を取ってもおかしくない。

 それに、いかにも面倒くさがりそうな雰囲気を出しておいて犯人探しに積極的なのも妙だ。犯人探しで真実に近付いた奴を殺すのではないか?



 容疑者候補 火狩


 今生き残ってる女の中だと馬鹿そうな女。女は何かと因縁つけてイジメをする生き物だから怪しい。

 今も”怖いんですアピール”で自分は無実だとアピールしているのが演技臭い。



 容疑者候補 水嶋


 ヤンキーは常識が欠如した生き物だから一番怪しい。

 あんな大きな音で放送があったというのに、だいぶ遅れて来たというのが非常に怪しい。

 死んだ奴は頭を殴られただとか言ってるから、返り血を浴びてしまい、慌てて風呂で血を洗い流していたに違いない。


 容疑者候補 金原


 一見無害そうなフリをしているが、所詮バンドマン。性欲と思考回路が直結しているような典型的馬鹿陽キャに決まっている。フラれた腹いせに殺しただとかは全然あり得る。


 容疑者候補 日谷


 いちいち腹の立つ話し方をする女。自分が賢い生き物だと思っている女は、自分の正義が絶対正義だと決めつける傾向にある。殺された女と意見が合わなくてムシャクシャして殺したのだろう。



 こうして考えてみると怪しい奴ばかりだ。


 それも仕方がない。マトモなのは僕だけなのだから。


 とりあえず、僕は犯人と争うつもりは無いという意思表示をしたのだから充分だろう。




「じゃあ、最初に彼女の身体を調べよう」


 嫌味男はそう言いながら馬鹿女を見た。


「女性の身体を男が調べるというのはどうも、ねぇ。火狩さん、お願い出来ない?」


 馬鹿女は首をプルプルと左右に振った。


「む、無理無理! ウチには、とても」


 実に演技臭い慌てぶり。反吐が出る。


 そんな馬鹿女に嫌味男は何か言いかけた。


「火狩さんがそう言うなら月野さんが見れば良い」


 正義女が嫌味男を見ながら言った。


「まぁ、そうなるような気はしていた」


 嫌味男は溜め息をついてからメイドの方を見て言った。


「ビニール手袋とかあります?」


「はい、すぐにご用意致します」


「日谷さんも早く手を洗った方が良いよ。感染症のリスクがあるから」


 正義女は自分の両手についた血をジッと見た。


「あぁ、そうね」


 馬鹿女のように黄色い声で騒ぐのもどうかとは思うけど、正義女の落ち着きっぷりは怪しくないか?


 まるで血や死体に対する恐怖心が無いかのようだ。



 言っておくが、僕は欠片も怖いだなんて思っていない。



 高校生の頃から無修正のグロ動画を見ながら飯を食べれるぐらいには耐性がある。


 気分が優れないのはグロ耐性が無いからではなく、死体が臭うからだ。




 正義女が脱衣所の洗面台で手を洗い終わるのとほぼ同じタイミングでメイドが箱に入ったビニール手袋を持ってきた。

 嫌味男と正義女の二人がビニール手袋を身に着けてから死体に触れた。


「外傷は、後頭部以外には無さそう、だな」


「そうね」


 嫌味男は死体を少しばかり持ち上げた。どさくさに紛れて身体を触ろうと目論む卑しい奴め。


「物は、落ちてないな」


 嫌味男が顔をしかめながら身体を降ろした。


「鼻と口、それと陰部から出血がある」


 そんな所を見る必要があるのか?

 緊急事態を利用した性欲の発散ではないか?


 だが、今は死体の状況を確認している最中だ。


 僕が見たって何も悪いことは無い。


「”事件性のある出血”なのかどうかは分かりそう?」


「そこまでは、ん?」


 正義女が死体の股に指を突っ込み、何かを引っ張り出した。


「ナニコレ」



 出てきたのは、一部が破れている五センチ四方の薄っぺらいナニかだ。



 正義女の身体が震え始め、僕や他の男達を睨み始めた。


「どこまで悍ましい嗜好の持ち主なのッッッ!?」


 嫌味男は正義女が摘まんでいるモノを見て、一瞬狼狽えてから言った。


「メイドに聞きたいんだが、避妊具はシャンプーだとかタオルと同じように何処かに準備されているの?」


「いえ、避妊具につきましては各自で注文していただく必要があります」


 避妊具?


 ゴムってこと?


 でも、知ってる形と違う。


 ギザギザがついた袋になっている。


「使い方も知らねぇのかよ」


 ヤンキーは込み上げてきた笑いを隠す素振りも見せずに笑った。


「何がおかしいのッッッ!?」


「おかしいに決まってるだろ。包装袋を突っ込む馬鹿が何処にいんだよ」


 正義女が叫ぼうとするのを嫌味男が手で制した。


「一旦落ち着こう。コレは犯人が残した証拠になる」


「え、えぇ。そう、ね」


 正義女は息を荒くしながらヤンキーを睨み付けていたが、それ以上叫ぶようなことはしなかった。


 何だ。あの慌てぶりは。急にヒスを起こすだなんて怪しいな。


「で、肝心の中身はありそう?」


「ちょっと待って」


 正義女が周囲を確認した後にもう一度股に指を入れたが、袋の中身は見つからなかったようだ。



 それからも嫌味男と正義女が死体を調べたが、新しい発見は無かったようだ。


「彼女の身体に残っているのは、後頭部を何かで殴った痕。そして、陰部に突っ込まれていた避妊具の空の包装袋。中身は何処にも無い。首に変な痕も無いし、手の爪に血肉が挟まっているわけでもない。毒殺じゃない限りは後頭部の傷が死因だろう」


「首? 何で首なの?」


「首に何かしらの痕があれば絞殺の可能性が出てくる」


「そ、そうなんだ。手の爪がどうってのは何?」


「後頭部を殴られているから可能性としては低いけど、もしも彼女が犯人と交戦していた場合、爪で相手を引っ掻いた可能性がある。死物狂いで引っ掻くんだ。たとえ非力な女性であっても当たればそれなりの傷になるし、血肉が爪に付着する可能性は高い」


「ミステリー小説の受け売りだろ? 何を偉そうに」


 決まった。


 ここ一番で最高の横槍を入れられた。


 僕はネットや漫画の受け売りのネタを自分の知識のようにひけらかす奴が大キライなんだ。


 恥をかけ。恥を。


 そう思って茶々を入れたのだが、嫌味男は僕を睨みながら言った。


「あぁ、そうだ。だが、それが今この状況で何か問題でも?」


「な、何だよ」


「いや別に。意味もないことに突っかかる奴だなと思っただけ」


「な、何をッッッ!!」


 全員が僕を睨んでいたために言葉に詰まった。


 何で!?


 何で僕が悪いみたいに睨むんだ!?


 コイツが浅い知識を偉そうに披露してるのが悪いんだぞッッッ!!


「彼は放っておきましょう」


 正義女がそう言うと、他の皆は僕から視線を外し、ヤンキーはニヤニヤと蔑むような笑みでコッチを見てきた。


 不愉快だ。


 実に不愉快だ。不愉快極まりない。


 もう絶対に協力しないぞ。




 その後、脱衣所の床や壁、ゴミ箱、女の荷物等を調べていたようだが僕は何も知らない。




 ただ一つ知っているのは、嫌味男や正義女達が他の場所を見ている間に、ヤンキーが何かを拾ってポケットに入れたことだけだ。




 誰にも言わないぞ。


 僕を馬鹿にした報いだ。

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