二日目 一人目 火狩視点
二日目 一人目 火狩視点
二日目。
時刻は十八時。
十八時からの夕食は全員揃わなければならないというのに、時間ギリギリになってようやく水嶋と木村が食堂に現れた。
全員が揃うと、メイド達が次々と現れてテーブルに料理を並べ始めた。
料理の名前は分からない。昨日と違う料理であること以外は何処の国の料理なのかも分からない。
眼の前に並べられた料理が何なのか皆は知っているのだろうか?
知らないのはウチだけだった時のことを想像すると、とても恥ずかしくて皆に尋ねることは出来なかった。
誰かが料理を食べ始めたのでウチもそれに続いて料理を口にした。
不味くは無いのだが、美味しいとも言い難い。食べてみてもコレが何なのか分からなかった。
何と言うか、野菜を蒸しただけの味の薄い料理。強いて言うのなら少し酸っぱいような気もする。
高級な料理は大体変な味がするイメージなのだけれど、ウチの舌が悪いのだろうか?
良く分からない料理を口に運び続けていると、昨日と違って音楽が流れていることに気が付いた。
バーで流れていそうなイメージのお洒落な音楽。何の曲だろう。
ダメ元で隣の月野に話しかけてみた。
「き、昨日も音楽流れてましたっけ?」
月野は咀嚼していたモノを呑み込んでから言った。
「いや、流れてなかったよ。自分が朝食を食べてる時に一人のタイミングがあってね。静かすぎてかえって気が散ってしまうから、メイドに『ジャズでも何でも良いからかけてくれ』ってお願いしたら流してくれるようになったんだ。昼食の時も流れていたけれど、まさか夕食でも流すとは思っていなかったな」
「そうなんだ。なんかお洒落な曲がかかってるなぁと思って」
月野は一瞬だけ眉をピクッと動かした。
「これは有名バンドのカバー曲。ほら、イギリスの四人バンドの」
あぁ、なるほど。何となく聴いたことがあると思ったのはそういうことか。
「なんか聴いたことあると思ったんだよなぁ」
会話はそこで途切れたため、音楽とたまに食器同士がぶつかるカチャンという小さい音、そして土井と日谷がボソボソと何かを話している音が聞こえるだけの気まずい夕食が続いた。
静かな食事はあまり好きじゃない。家でも学校でも誰かと喋りながら食事をするし、一人の時はテレビを見ている。
そうか。
高級な料理が好きじゃない理由の一つに、やたらと緊張する空間だからというのもあるかもしれない。
「あ、あの」
時刻は数分で十九時になる頃。
土井を除く全員が料理を食べ終わっていた。
水嶋はトイレに行くと言ってそのまま帰って来ず、残った皆が手持ち無沙汰にしていると、木村が皆の方を見ながら話し始めた。
「え、映画館。あの、五階にある。この後映画見ようと思ってる人いますか?」
木村以外の全員が互いに視線を向けあった。
「いや、自分は別に」
「僕も特には」
「どうして?」
日谷の言葉に明らかに動揺し始めた木村は、視線を上下左右に動かしながら言った。
「え、あ、いや、えっと。実はゲーセンでゾンビハザードのガンシューやってて。あ、ゾンビハザードっていうのは94年に出た一作目が大ヒットした名前の通りのゾンビゲームなんだけどね。映画は98年に一作目が出て、当時の映画の興行収入ランキングの上位に躍り出たんだよね。そのゾンビハザードのガンシューオリジナルのストーリーの中で映画のネタが多く出てきてたから復習も兼ねて通しで見ようかなと思ってたんだけどゾンビハザードの映画は3DCGアニメも含めると」
「違う。私が聞きたいのはそういう事じゃなくて」
日谷が木村の言葉を遮るように言った。
「私が聞きたいのは、どうしてそれを皆に確認するのかってこと。予約制なのだから予約すれば良いじゃない。それとも一緒に見ませんか? と誘いたかったの?」
結構キツい言い方をするな、と思った。
こう言われたら誘いたかったとは言い辛いのではないか? と不安に思ったが、どうやらそういうわけではないようだった。
「う、いや、耐久になるとスクリーンを占領しちゃうから悪いと思って。別に無理に今から見る必要は無いし耐久にする意味もないし」
「スクリーンは3つあるのだから関係無いでしょ。此処にいる人達はスクリーンの一つをゾンビ映画で占領しても文句は無いみたいよ」
日谷が手を広げながら言った。
ウチを含めた他の人は日谷に賛同しているというわけでもないのだが、無言を貫き通したのだから結局は同じ意味だろう。
「あ、はぁ、どうも」
木村は縮こまりながら俯いた。
少し可哀想だなと思った。
昨日の昼食後。
女子会のようなナニかを開いた時に土井と日谷と話していて思ったのは、日谷は攻撃的な性格であるということ。
月野や水嶋が協調性が無いことに対して怒りを顕にしていたが、日谷の発言も表向きは疑問をぶつけたり正論をぶつけたりしているだけなのだが、その言い方とタイミングによってそれなりに攻撃的な側面を持っている。彼女がその事に関して、自覚しているのか無自覚なのかが気になった。
無自覚ならともかく、アレが意図したモノだと思うと背筋がゾッとする。
時刻は十九時。
月野が「もう退出して良いはずだよな?」と言いながら席を立つと、他の人達も席から立ち上がりエレベーターの方へと向かって歩いた。
「か、火狩さん」
この声は。
振り返ると、予想通り土井が立っていた。
目が合うと一瞬目を逸らされた事に少し悲しくなったけれど、土井は少しだけ顔を赤くしながら口を開いた。
「あ、あの。この後、八時半から日谷さんと大浴場に行きませんか?」
まさか土井に誘われるとは思っていなかった。
何と言うか、避けられているとまではいかなくとも、土井や日谷とはずっと距離を感じていたから。
「良いよ。八時半ね」
「は、はい!」
土井がパァァァっと明るい笑顔を見せた。
何だ。そういう顔も出来るんじゃないか。俯いてばかりいないでその笑顔をもっと見せれば良いのに。
伝え終わった土井は再び日谷の元へと歩いて行った。誘うことが出来たと伝えたのか、日谷がウチの方を見て小さく会釈をした。
提案したのは土井なのか、それとも日谷なのか。
それを二人に訊ねても良かったのだが、どうせこの後一緒にお風呂に入るのだからその時に聞けば良いやと思い、ウチは二人に近づくこと無くエレベーターへと乗り込んだ。
時刻は二十時半。
普段の生活スタイルでは、夕食を食べたらすぐに入浴しているので、夕食から入浴までの間に一時間以上時間があるのは違和感しか無かった。だが、せっかく誘われたのだから合わせるべきだと思ったし、そこに不満は無い。
「そういえば大浴場に集まるのかな? 皆で行くのかな?」
肝心な事を聞き忘れたなと思い、部屋にある電話を手に取ろうとした。
でも、直接部屋に行ったほうが楽な事に気が付いたので、着替えやその他化粧品の入ったポーチを持って部屋を出た。
部屋を出ると、土井の部屋のドアの前で立ち止まっている日谷の姿があった。
「日谷さん」
声を掛けると日谷は少し驚いた顔をしながら振り向いた。
「あぁ、火狩さん」
「土井さんにお風呂に誘われたんですけど、土井さんはまだ部屋の中?」
日谷は眉をひそめ、ドアとウチに交互に視線を送りながら言った。
「部屋にいるはずなのに返事が無いの」
「返事が無い? 寝ちゃったのかな」
ご飯食べた後に眠くなる気持ちは分かるけれど、昼寝や仮眠にしては時間が遅い気もする。
いや、それはウチの生活リズムでの感覚だからなのだろうか。
「かもしれない。八時頃に電話しても繋がらなくて、その時はタイミング悪かったのかなと思ってそのままにしたの。それで、八時半になったからもう一度電話したのだけど、それでも繋がらなくて。電話の応答の仕方が分からないのかと思って、此処に来て扉を何度もノックしたのだけれど反応が無いの」
「どうします?」
そう言ってからウチも何度かコンコンとノックした。
やはり物音一つしない。防音性能のせいか分からないが、扉の奥にいるはずの土井の気配すら感じられない。
「電話してもノックしても起きないならそのまま寝かせてあげましょうか。こんな変な環境で生活していて疲れたんでしょう」
それはウチ達も同じだよとツッコミを入れたかったが、あまりにも場違いだったので呑み込んだ。
「そう、ですね」
三人ならと思っていたが、まさか日谷と二人きりになるとは。悪い人じゃ無いことは分かっていても、苦手意識は残ったままだ。
エレベーターで二階に下り、受付横の『女』と書かれた暖簾を潜り、脱衣所に入るためのドアを開けた瞬間に異様な臭いがした。
何だろう。鉄臭いというか油臭いというか。
「ちょ、ちょっと火狩さんッッッ!!」
後ろを歩いていた日谷が、急にウチの肩をガッと掴んだ。
思っていたよりも強い握力にウチは思わず声を上げた。
「痛ッ!? 何ッ!?」
「ま、前ッッッ!!」
いつも冷静沈着な日谷が声を震わせながら、ウチの前にあるナニかを指さしていた。
何なのだろう。
ウチは日谷の指が示す方を目で追った。
そこには、頭と口から血を流し、ひっくり返った亀のように仰向けに転がっている全裸の土井の姿があった。
映画でしか見たことが無いような血溜まりと彼女の虚ろな目。
夢にしてはあまりにもリアルだった。
「は、え?」
何? これ?
ゆっくりと指先が熱を帯び、その熱が染み渡るように少しずつ血管を上り、肺と心臓を同時に絞られるような激しい痛みが胸を走り、痛みと共に込み上げた熱が鼻や目を刺激し、脳天に達したタイミングでウチは絶叫した。
「ッッッ!」
日谷が何か言ったような気がしたが、聞き取れなかった。
一人にしないでッ!
脱衣所から出ていく日谷の背中を追おうとしたが、下半身が自分のものでは無くなったかのように力が入らなくなり、その場にペタリと座り込んで動けなくなってしまった。
ウチはもう一度前を見た。
そこには、血溜まりの中でひっくり返っている土井の姿が確かにあった。
「こっちです! 早く!」
日谷の声と共に、足音と扉を開ける音が聞こえた。どうやら日谷はメイドを連れてきたようだった。
「火狩様、大丈夫ですか?」
「へ? あ、はい」
返事は出来たが腰が抜けて立ち上がれない。
メイドが差し出した手をウチが断ると、メイドは倒れた土井の方を見た。そして、メイド服の何処かにあるポケットから取り出した携帯電話で誰かと話し始めた。
「土井さん!」
日谷は土井の側に駆け寄ると、肩を叩きながら名前を強く呼びかけ、首元に手を当てて、耳を土井の顔や胸元に近付けた。
日谷の顔は見えなかったが、舌打ちのような音が聞こえた。
「AED(自動体外式除細動器)は!?」
日谷が叫ぶのと同時に別のメイドが脱衣所に走って入ってきた。
「こちらにございます」
日谷はメイドからひったくるようにAEDを奪い取ると、一切の迷いも見せずに電源を入れて一式全て取り出し、音声案内を待たずして所定の位置にパッドを貼りつけた。
「救急車はッッッ!? 早く呼んでッッッ!!」
日谷がメイドに向かって叫んだ。それに対してメイドが何かを日谷に話していたが。
ピンポンパンポーン。
突然、大音量で放送が流れたために、メイドが日谷に何と言ったのかは聞き取れなかった。
『二階の大浴場にて死体が発見されました。参加者の皆様は速やかに、二階の大浴場にお越しください。繰り返します。二階の大浴場にて死体が発見されました。参加者の皆様は速やかに、二階の大浴場にお越しください』
「な、何この放送」
ウチは恐る恐るAEDを届けに来たメイドに訊ねると「緊急事態発生のため、参加者の安否確認と状況確認を踏まえた招集令が発動されました」と淡々と答えた。
は? 召集令? 死体が発見されました?
死体?
彼女はもう死んでいるの?
一体何が起きているの?
最初に大浴場に来たのは月野と金原の二人。
さすがの月野であっても、倒れている土井を見た時には悪態をつくことも茶化すようなこともせず、ポツリと「嘘だろ?」と呟いた。
金原は何も言葉を発することはなく、黙って日谷とメイドの救命措置を見ていた。
月野や金原に比べて少し遅れて来たのは木村。
土井の姿を見る前から何かベラベラと喋っていたが、土井の姿を一目見るなり黙ってしまった。
水嶋は一番最後にノコノコとやってきた。
少し顔が火照っており、髪や顔が湿っていることから風呂上がりなのだろう。
土井の姿を見るなり「お前らの誰かが殺したんだろ」と吐き捨てて大浴場を出ようとしたが、メイドに行く手を阻まれて渋々その場に残った。
結論から言うと、日谷が色々と救命措置を行ったものの、血溜まりでひっくり返っていた土井を救うことは出来なかった。
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