二日目 朝食 月野視点
二日目 朝食 月野視点
何だ? この天井は。
見慣れない天井を見上げていた。
「ああ、そうだ。共同生活の最中だった」
ベッドの上で身体を起こし、何もせずにボーッとしていると、次第に意識が覚醒してきた。
時計を見ると朝の七時。
枕元には読みかけの本が一冊。テーブルの上に読み終わった本が一冊とまだ読んでいない本が一冊。
何時に寝たかは覚えていないが、いつも通り眠れたような気がする。枕の質感が若干好みではないが、いちいち注文するほどではない。というよりも、注文用タブレットの画面を見ただけじゃ使い心地など分からないから、注文するだけ無駄な気がした。
軽く朝食を摂ろう。
人によっては朝食を摂らない派もいるが、自分は三食決まった時間に摂りたい派である。
ササッと着替えを済ませ、寝癖は直さずに自室のドアを開けた。
ホールはシンと静まり返っており、人の気配は全く無かった。
どの程度の防音性能なのかは分からないが、多少の物音は扉や壁越しには伝わらないだろう。少なくとも、昨日の晩は外からの物音は何も聞こえなかった。
相変わらずほとんど物音をさせないエレベーターで一階に下りると、そこでようやく自分の発する足音や呼吸音以外の音が鼓膜を刺激した。
女性の声だ。さすがに誰の声なのかは分からない。
食堂に入ると、円卓には土井と日谷が座っていた。
自分が夕食の時に座った席の後ろに立って二人に向かって「やぁ、おはよう」と挨拶をした。
普段は自分から挨拶などしないが、何となくそういう気分だったので挨拶をしてみた。
土井は自分と日谷に何度も視線を交互させてから、ギリギリ聞き取れるぐらいの声で「おはようございます」と呟いた。
「おはようございます」
日谷は口の中の物を呑み込んでから応えた。
「二人だけ?」
見れば分かるでしょ? と言いたげな視線を送りながらも、日谷は口を開いた。
「えぇ、私達が食堂に来た時は誰もいなかったし、貴方が来る前に来た人もいないわ」
彼女の中ではメイドは数に含んでいないのだろうか。まぁ会話の流れからしてメイドのことは聞いてはいないのだが。
「なるほどね。まぁ、休日の起きる時間なんて育った環境によるからそんなもんか」
「おはようございます月野様。本日の朝食はいかが致しましょう?」
知らぬ間に横にメイドが立っていた。内心ドキリとしたが、いたって平静を装いながら「朝食は何がありますか?」と訊ねた。
「和洋中ございます。ただ、凝った料理はすぐにはお出しできません」
「あぁ、良いよ良いよ。自分は料理にこだわり無いんで。ご飯に、味噌汁に、それに合うおかずを適当に何品か欲しいな」
「飲み物はいかがいたしましょう」
「水で」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
メイドは足音一つ立てずにスルスルと厨房があると思われる方へ歩いて行った。
立ってるのも何だし座るか。
椅子に座ると日谷がジロッと睨んできた。
「わざわざ隣に座る意味はあるの?」
「深い意味は無いよ。夕食の時だけなのかもしれないけど『席は固定だ』ってメイドが言ってたからさ。君達も同じだと思うけど」
二人も夕食の時と同じ席に座っている。
あえて続きを言わずにいると、その意図を日谷は理解したのかムスッとしてから降参するかのように溜め息をついて言った。
「理由を聞いただけであって、別に不愉快というわけではないから」
まぁ嘘半分といったところだろう。だが、そんなことはどうでも良い。この人数で誂ってもしょうがない。穏便に済ませるとしよう。
「なんだ。それは良かった」
チラリと二人が食べている物を見てみると、二人は同じメニューを食べていた。
トースト、目玉焼き、ウインナー、サラダ、ヨーグルト、牛乳。
土井はともかく、日谷からは物事に対するこだわりが強いニオイを感じていたが、特別凝った料理を注文したわけではなさそうだ。
「へぇ、二人で同じの食べてるんだ」
「えぇ。それが?」
日谷は不愉快そうな視線を向けてきた。
朝はご機嫌斜めなのだろうか?
「いや、別に。自分はご飯派だからパンを食べてるのを見るのはなんか新鮮ってだけ」
多少警戒心を解いたのか、ただの気まぐれなのか。日谷は訊いた。
「パンが嫌いなの?」
「いや、別に。嫌いというか、別に好んで食べるモノじゃないってだけ」
「ふぅん。そう」
別に興味があるわけではなかったが、話の輪に入れないのも悪いと思い、土井に視線を向けてから言った。
「土井さんは?」
「ッ!? え!? わ、私?」
明らかに動揺している。話に交ぜないのは悪いかと気を遣ったのだが、かえって悪かったかもしれない。
「ご飯派? パン派?」
「えっと、ご飯」
そこまで言いかけてから、自分の目の前にある料理を思い出したのか慌てて「パン」と言い直した。
「別にご飯派がパン食べちゃいけないってわけじゃないでしょ」
フォローしてみたものの、土井は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「おまたせしました、月野様」
いつの間にか背後に立っていたメイドが自分の前に朝食を次々と並べていった。
ご飯、味噌汁、焼き鮭、玉子焼き、焼き海苔、パックに入った納豆。
悪くない。
「おぉ。やっぱり日本人は和食だよ」
メイドがお辞儀をして離れていったのを確認してから箸を手に取り「いただきます」と呟いた。
「ところで、日谷さん達はこの後どうするの?」
二人が先に朝食を終え、席を立ちそうな雰囲気になったので訊いてみた。
土井はアワアワと日谷の方に視線を送り、日谷は小さく溜め息をついてから言った。
「これといって決めてはいないけど。土井さんと映画を見るか図書館に行くか。どうして聞くの?」
「あぁ、いやいや。昨日、自分は図書館で本を何冊か借りたら、夕食以外は自室に籠もりっぱなしだったからね。他の皆が何処で何をしていたのか知らないんだ」
「昨日は火狩さんと土井さんと食堂で話していたけれど、男性陣はエレベーターで何処かに行ったってぐらいしか私も知らないわ」
日谷は一瞬斜め上を見てから訊いた。
「自室に籠もっていた? 図書館には読むためのスペースがあるのに、わざわざ自室で読んでたの?」
「まぁね。図書館のカフェから漂う珈琲のニオイがどうも気になってね。読書の最中に飲食物のニオイがするの嫌いなんだ」
珈琲のニオイだけではなく、甘ったるい菓子のニオイも嫌いだ。
例え料理を食べているシーンだったとしても嫌いだ。
本を読んでいる時は五感を想像しながら読んでいるのだから、無駄な情報は出来るだけ削ぎ落としたい。
「へぇ。それは大変ね」
大変そうだという気持ちが欠片も感じ取れない言い方だったが、昨日会ったばかりの人間の細かい性質などどうでも良いのだろう。自分だってどうでも良いと思うのだからお互い様だ。
「じゃあ私達はこれで」
日谷がスッと立ち上がると、土井も遅れて椅子をガタガタと鳴らしながら立ち上がり、ヒョコヒョコとアヒルの雛のように日谷に着いて出て行った。
食堂は客室を出た時のホールのように静まり返った。
「あぁ、メイドさん」
呼びかけると、あっという間に隣に立っていた。
「はい。何でしょう、月野様」
「音がしないとかえって気が散るから話し相手になってほしいんだけど」
別にそんなことはない。むしろ雑音はしない方が良い。見るつもりも聞くつもりも無い時のテレビやラジオの音はあまり好きじゃない。
ただ、関係者から何か情報を引き出すキッカケになるかもしれないと思い、試しに言ってみただけだ。
「申し訳ございません。必要最低限の会話しか許されていないのです」
まぁ、想定内の返事だ。それならば主催者側に疑われないように一芝居うったほうが良さそうだ。
「あぁ、分かりました。じゃあ適当にジャズでも何でも良いので流して貰えませんか?」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
しばらくすると、モーニングというよりはディナーっぽい音楽が流れ始めた。少なくとも、味噌汁を啜りながら聴くのは似合わない曲だった。
「全然合ってないが、これはこれで面白いな」
米粒一つ残さずに食べきると、最後に水を飲み干して席を立った。
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