一日目 自己紹介 土井視点



 一日目 自己紹介 土井視点



 給食を食べるのが遅い。走るのが遅い。問題を解くのが遅い。


 全てにおいて遅いと言われ続けた私は小学四年生から学校には通っていない。


 中学校に上がったタイミングで数日は頑張って登校してみたが、団体行動というモノが私には無理だったため中学校をまともに通えていない。


 通信制の高校を卒業した私は、親のコネで親戚の会社に入ったが、役立たずだのコネ入社だの散々言われて一週間ぐらいで無断欠勤を繰り返しクビになった。


 その後は何をするわけでもなくダラダラと家で過ごしていた。


 そんな私にしびれを切らした両親から「独り立ちしなさい」と突然家を追い出された。


 両親が用意したアパートの一室でゴミに埋もれてネットサーフィンをしていると奇妙なアルバイトを見つけた。


『七泊八日で五十万円』


 七泊八日の共同生活で五十万円?


 良く分からなかったがとりあえず応募した。どうせ当たらないと思っていたから。


 だが、運が良いのか悪いのか選ばれてしまった。そして現在、洋風の豪華なホテルのような場所で、知らない人達に囲まれて食事が運ばれるのを待っている。




 どうしよう。テーブルマナーなんて何にも分からない。調べようにも手元に携帯電話が無い。


 運ばれてきたお洒落で名前の分からない食べ物に皆が手をつけ始めたが、私は動けなかった。


「はぅ」


 このいくつも並べられたフォークやナイフは何?


 フォークとナイフとスプーンがそれぞれ一本あれば良いのに何でフォークが何本もあるの?


「土井さん」


 突然話しかけられた事に身体が無意識にビクッと震えた。呼ばれることと、イジられたり怒鳴られたりする事がセットだった青春時代の産物だ。


「コレを使うの。外側から順番に」


 日谷さんは皆からは目立たないように、そっと使うフォークを指差してくれた。


「あ、ありがとう、ございます」


「こういうの初めて?」


「い、いぃぇ。小さい頃に親戚の結婚式で、一度、でも」


「フフ、そうなんだ」


 常識のない人間だと、軽蔑されたり馬鹿にされるのかと思っていたが、日谷さんは優しく微笑むだけだった。


「私、あんまりこういう畏まった食事好きじゃないの」


 意外な言葉だった。漂わせる雰囲気からは畏まった食事に慣れていそうだったから。


「ど、どうしてですか?」


「うーん、疲れちゃうからかな」


 わぁ。日谷さんは素敵な女性だ。


 きっと私のことを気遣ってくれたのだろう。


 私のような生まれた時から何もかもが鈍臭いゴミクズとは違うんだ。


「あ、ありがとう、ございます」


「えぇっと、何が?」


 私が言葉足らずだったせいか、日谷さんはキョトンとしていた。


「お、教えてくれて」


「お礼はさっき聞いたけど」


「あ、すみません」


「ごめんごめん。嫌味とかじゃなくて。お礼は何度言われても嬉しいから気にしないで」


「ありがとうございます」


 私は恐る恐る、教えて貰ったフォークで料理を口に運んだ。


 美味しい、のだろうか? 分からない。


 普段はスーパーの値引きシールの貼られたお弁当しか食べていないからだろうか。




 その後も、良く分からないことは日谷さんに聞きながら食べ進め、皆がデザートまで食べ終わった頃にようやく私のデザートが運ばれてきた。


 私の知っている言葉で言うのならアイスクリーム。


 正式名称は分からないが、一口食べると程よい甘味と酸味が口に広がった。




 妙に視線を感じる。


 恐る恐る顔を上げると、自分が食べているのを皆が待つ形になっていることを思い出した。

 私はそんなことも忘れてアイスクリームをノンビリと味わっていたのだ。



 遅いんだよ。


 いつまで食べているの?


 あぁ、嫌な記憶が蘇る。

 昼休みが終わってもまだ給食が残っている嫌な記憶が。



 食べるペースを上げようとしたタイミングで、男の人の声が聞こえた。 


「さて、まだ食べてる人もいますけど、そろそろちゃんと自己紹介しませんか? これから一緒に生活するというのに、お互いのことを全然知らないですよね」


 話しているのは日谷さんの隣に座っていた。


 逆V字のプレートを見ると、えっと、月野(つきの)さんかな?



 寝癖なのかオシャレなのか分からないけれど、男の人にしては少し長い髪があちこちに跳ねている。目つきはどちらかというと鋭く、何の根拠も無いが勉強が出来そうな人だった。



「あぁ、そういうキッカケがウチも欲しいと思ってた。ウチは最後に着いたから全然話出来てないし」


 女の人が手を上げながら便乗した。小学生の頃に私のことを虐めてきた人に似てる人。


 名前は、火狩(かがり)さん? 振り仮名が無いと読めない。



 髪はギリギリ縛れるかぐらいの長さで、七人の中でも肌の色が濃い気がする。いや、引きこもりの私が極端に白いだけかもしれないけど。



「チッ。お互いの事とかどうでも良いだろ。一週間過ごして五十万貰ったらそれで終わりだろ」


 すぐに舌打ちする怖い人は水嶋(みずしま)さん。



 明らかに不良。私のような弱者を虐めてたに違いない。関わりたくない。



「まぁまぁ、七泊八日ですよ? さすがに何にも知りませんで過ごすには長いですよね」


 宥めようと話しているのは金原(きんばら)さん。



 此処にいる男の人の中では一番話しやすそうな人。小学生の時に私のことを虐めないで仲良くしてくれた人に似ている。



「でも、プライバシー保護のためにわざわざ偽名を使ってるのに自己紹介するんですか?」


 小学生のような髪型をした、メガネをかけて少し太り気味の木村(きむら)さん。



 怖い人に続いて自己紹介に反対気味の変な人。きっと動物虐待の動画とか見てるに違いない。



「別に本名だの出身地を話せだなんて言ってないでしょう。読書が好きだとか映画が好きだとかそういう自己紹介を”月野さん”はしたいと言ったのではなくて?」


 最後に纏めたのは日谷(ひたに)さんだ。長い髪に高い鼻、綺麗な瞳。全てが格好良い。


 日谷さんは私のような排水溝の泥のような人間とは違う。


 土井(つちい)という偽名はまさに私にうってつけだ。



 不健康な白さの肌。

 手入れが行き届いていない髪。

 爪、顔、猫背。

 あぁ、上げだしたらキリがない。



 いつの間にか自己嫌悪に陥っていた私は、話が途中だったことを思い出した。


「そう、そういうつもりですよ。別に個人情報を晒し上げようってつもりじゃないです。あくまでこの七泊八日を過ごすにあたり、形だけでも仲良くしましょうって話」


「『形だけでも仲良くしましょう』だなんてわざわざ言う必要無いでしょう? そういう余計な一言がトラブルの元ですよ。”月野さん”」


 気の所為かと思っていたけど、日谷さんが月野さんの名前を言う時に何となく含みを感じる。


 何なのだろう。


「こりゃ手厳しい。まぁ此処は日谷さんが正しい場面なんで言い返したりしませんよ。すみません」


 月野さんはヘラヘラと笑いながら頭を下げた。そして続けて言った。


「さて、どうします? この施設が『七日館』って名前なので、自分か日谷さんから時計回りに言うのがお洒落だと思いますけど」


「え、どういう意味?」


 火狩さんの言葉に金原さんも頷いている。


 月野さんは「ジョークの説明をさせられるのは恥ずかしいんですよ?」と言いながら日谷さんを指差した。


「日谷、月野、火狩、水嶋、木村、金原、土井」


 月野さんは皆の名前を言いながら、順番に該当する人を指差した。


「頭文字を取ると日月火水木金土。曜日の頭文字。そしてこの施設は七日館。これを偶然とは言わないでしょう」


「おぉ、ホントだ」


「スゴいスゴい。月野さんってもしかして頭良い人?」


 金原さんと火狩さんが驚いている。言葉にはしなくとも、私を含めた他の人達も感心していた、気がする。


「ただ、ここまでなら気が付いていた人もいるでしょう」


 月野さんはチラリと日谷さんを見た。その視線に気が付いたのか日谷さんは視線をスッと逸らした。


 どういう意味何だろう。


 日谷さんも気が付いていたって事なのかな?


 だとしたらスゴい。さすが日谷さんだ。


「ここからは自分の憶測だけれども。いや、まぁ、言わなくても良いか。うん」


 月野さんは勿体振るように笑みを浮かべながら言った。


「そこまで言ったなら言ってよ」


 火狩さんの言葉に月野さんは満足そうに頷くと続きを話し始めた。


「最後に話すところは憶測ですよ? と前置きをしておいて。さて、この七日館は何階建てだったか覚えていますか?」


「六階」


「六階だったような」


 またしても答えたのは金原さんと火狩さん。私を含めて、金原さんと火狩さん以外の人は、話は聞いているものの反応はあまり示さないようだ。


「そう。でも、エレベーターで自分が質問したことを覚えてます? 地下一階があるんですよ。設備が入っているから立入禁止ということになっていますけどね」


 それが、何なのだろう。別に何もおかしくはない。私の疑問は皆も思っているのだろう。怪訝な表情で月野さんを見ている。


「偶然ですかね? 七日館、七人の参加者、七泊、そして地下を含めると七階ある。七ばかり並んでいる」


 ハッと息を呑む人もいれば、何を言い出すんだと呆れた目を向ける人もいた。私は前者で日谷さんは後者だ。


 怖い人は話を聞いていないかもしれない。この中で唯一何も反応していなかった。


「さてさて。ここまでは事実を元にした話で、ここからが憶測の話です。六階までは自由に行き来が可能なのに地下一階だけ行くことが出来ない。地下一階に行けない理由を主催者側の領域だからと解釈する。すると、こんな事が言えませんか? 『この中に一人主催者側の人間がいる』って」



 食堂に緊張が走った。



 私は思わずゴクリと唾を呑んだ。


 だけど、日谷さんだけは溜め息をついた。


「馬鹿馬鹿しい。そういうのはこじつけって言うんですよ。それに百歩譲って、”名探偵月野さん”の言うようにこの中に主催者側の人間が紛れていたとして、そこに何の問題があるの? 共同生活を送るという実験なのだから、ある程度場を和ませる潤滑油みたいな人を、もしくはトラブルメイカーを投入してモニタリングする。そういう役割があるだけでしょう?」


 おぉ。

 一瞬月野さんの推理に心を打たれたけれど、やっぱり日谷さんの言う通りな気がしてきた。


「言い返すつもりは無いですよ。確かに憶測というよりも”こじつけ”と言った方が正確だったかもしれないですね」


 月野さんは言い負かされたにも関わらずヘラヘラと笑っている。


「と、まぁそんな感じで、色々考えるのが好きなんですよ自分は。考えることが楽しめる推理小説を読むのが大好きですし、事あるごとに様々な可能性を頭の中で考えるのが好きです。他に何か言う事あったかな? まぁ良いか。それじゃあ次は火狩さん。どうぞ」


 月野さんが会釈をしてから、次は火狩さんの番だと手で促した。




「え!? この流れで次はウチ!?」


 火狩さんは急に自分の番が来たことにあたふたしていた。こんなインパクトがある自己紹介の後なのだから私でもそうなるだろう。


 いや、私はどんな自己紹介の後でも緊張するけれど。


「いやぁ、月野さんみたいに面白い事は言えないですけどね。はじめまして、火狩という名前です。当然本名は違いますけどね」


 誰も反応しない。反応しないというよりも、話を振っているのか、話の途中なのかが良く分からない。


「ってそりゃそうですよね。うん。まぁ自己紹介しないと。えっと、ウチは中華料理とカラオケと走る事が好きです」


「走る事? マラソン大会に参加したりとか?」


 若干の沈黙の後に日谷さんが質問をした。


「いや、そこまでガチではやってないです。趣味みたいなもんなので」


 火狩さんは照れ笑いをしながら言った。満更でも無さそうだった。


「ウチは皆で楽しく八日間過ごせたらなと思ってます。以上です」


 火狩さんはチラッと水嶋さんの方を見た。他の皆も同じ方向に視線を向けた。




「チッ」


 わざとらしく大きな音で舌打ちをしてから面倒くさそうに溜め息をついた。


「水嶋。以上」



 火狩さんの時とは違う沈黙が流れた。



「もうちょっと何か無いんですか? 別に何でも良いですけど」


 日谷さんが若干ムスッとしながら言ったけれど、水嶋さんは「何でも良いなら何も無いでも良いだろ」と言い返した。


 なんて失礼な奴だ。


「まぁ、話す事が何も無いんなら次の人で良いでしょ」


 月野さんがニヤリとしながら言うと水嶋さんはテーブルをバンッと叩いた。


 その衝撃で私の目の前にあるデザートの皿がカチャッと音を鳴らした。


 そうだ、デザートが残っていた。食べ進めないと。


「何だとぉ!?」


「まぁまぁまぁ」


 その後も何やら言い争いをしていたが、私はデザートを食べ進めるのに集中していたので、どんな言い争いをしていたのかはよく知らない。




「じゃあ木村さん、どうぞ」


 話が一区切りついたのか、月野さんが手で促した。


「え、あ、はい。えと、木村、です。しゅ、趣味はアニメとゲームです」


 元々の性格なのか、先程までの言い争いで萎縮してしまったのか、私のように何とか言葉を紡いでいるように感じ取れた。

 火狩さんが少し考える素振りを見せてから言った。


「どんなゲームやるの? RPGとか? ウチはドラバスなら分かるよ」


 ドラゴンバスター。

 誰もが知ってるロールプレイングゲームの一つ。


 私は絵柄が好きじゃないのでやったことないけど。


 そんな事を考えていると、木村さんは目を輝かせて機関銃のように矢継ぎ早に語り始めた。


「ドラバスは外伝含めて全部やってるよ。地底三部作が有名だけど僕は外伝の反逆編が一番好きかな。ストーリーを書いたのが諸星さんってのもあってだいぶ諸星節の効いた尖った作品なんだよね。反逆編ってネットだと色々言われてるけど初代ドラバスと似てる点が多いというか初代ドラバスを意識して書かれてるから反逆編に文句垂れてる奴はドラバスが分かってないにわかなんだよね。まぁ強いて言えば反逆編は音楽に藤森さんが関わってないから戦闘BGMはちょっと耳に残りにくいというか霞んで聞こえるよね。タイトルとエンディングは使い回しだし。それに」



 チッ。



 舌打ちと共に食堂に静寂が流れた。


「ゴチャゴチャうるせぇんだよオタク」


「あっ、えっ、うぅ」


「アハハ。ドラバス好きなんだ。ウチは一番新しいヤツしか分かんないけど」


 話を振った事に多少の罪悪感があったのか、水嶋さんが次の言葉を言う前に火狩さんがフォローを入れた。


「ゲームの話は自己紹介の後にしてもらっても良い?」


 日谷さんがそう言うと、木村さんは項垂れて小さな声で「はい」と返事をした。




「ドラバスよりフェアファン派だからなぁ僕は。ってゲームの話は置いといて」


 木村さんの横に座る金原さんが頭を掻きながら言った。

 私も金原さんと同じでフェアリファンタジー派である。


 何故なら格好良くてお洒落だから。


 いや、たまたま買って貰ったのがフェアリーファンタジーだからかもしれない。


「僕は金原(きんばら)です。趣味はギター弾くことかな。バンド辞めてからはあんまり弾けて無いけど」


「へぇ、バンドねぇ。辞めちゃったの?」


 月野さんが興味を持ったのか質問をしたが、その言葉に日谷さんはすぐにキッと睨んだ。


「ちょっと、色々事情があるようなことに踏み込むのは失礼でしょ」


 珍しく月野さんが苛立ちを顕にして反論した。


「踏み込まれたくないなら言わなきゃ良いだろ。別にバンドやってたことも辞めたことも無理やり言わせたわけじゃない」


 日谷さんがさらに言い返そうとしたタイミングで、金原さんが「まぁまぁまぁ」と口を挟んだ。


「大学のメンバーでバンド組んで、色々やり繰りしながら色々活動してたけど全然売れなくて。飯食うのにも困って最後はバラバラになっただけです。別に深い意味は無いですし、こういう話は身近な人よりも赤の他人の方が言いやすいんで気にしなくて良いですよ」


「ふぅん。音楽の道は大変ってよく聞くもんなぁ」


 月野さんは本心で言っているのか分からないぐらいにサラッと言った。


「まぁ、そんな感じです。音楽以外は特にコレと言って無い、かな。以上です」


 金原さんが私の方を見た。


 そうだ。

 自己紹介なのだから自分の番が回ってくるんだった。


 全然考えてなかった。


「あ、あの、土井(つちい)と言います」


 私はガタッと大きな音を立てながら椅子から立ち上がった。


「えっと、あの」


 何を言おうか考えていなかったため言葉が出てこない。


 皆の視線がグサグサと突き刺さる。


 嫌だ。怖い。分かんない。


「とりあえず座ったら?」


 日谷さんが優しい声で言った。


「ひゃいッ!」


 慌てて座ると再びガタッと音が鳴った。


「パ、パズルとか好きです。あ、あと映画も。邦画とアニメ映画しか見ないんですけど」


「パズルって全部の面の色を合わせるみたいなやつ?」


 火狩さんが質問してきた。


 カラフルキューブのことだろうか?


 それも好きだけど、別に得意というわけではない。


「は、はぃ。そういうのです」


「へぇ。ウチはそういうの無理無理。『叡智の輪』も力ずくで外しちゃうから」


 火狩さんは何かを引っ張るようなジェスチャーをした。


 金属製の絡み合った金属を外すパズルを力ずくで外すというのは冗談なのだろうか。それとも運動好きは力で外せるのだろうか?


「す、スゴイですね」


「力で外したら意味無いんじゃないの?」


 月野さんが横から口を挟んだが火狩さんは笑いながら「解ければ良いじゃん」と答えた。


「い、以上です」


 上手く自己紹介出来ただろうか?


 自分じゃ良く分からない。


 私はそっと日谷さんの方を見た。


「私は日谷です。好きな食べ物は卵料理全般。嫌いな食べ物はアルコールを含む飲食物全般。趣味は美術館巡り。よろしくお願いします」


 日谷さんはスラスラと自己紹介を終えると頭を下げた。


「美術館巡り!? ウチみたいな庶民には思いつかない趣味だなぁ」


 火狩さんの言葉に日谷さんは首を傾げた。


「別に、美術館の入館料って映画と大して変わらないと思うけど」


「あぁ、いやいや、そういう意味じゃなくて。何と言うかなぁ」


 火狩さんが言葉に詰まっていると月野さんが口を開いた。


「”高尚的な趣味”ですね。って言いたいのでは?」


 日谷さんの眉がピクッと動いた。


「嫌味?」


 火狩さんは慌てて身振り手振り加えながら釈明した。


「違う違う。ウチはそういうつもりじゃなくて。お洒落というか、格好良いなぁみたいなことを言いたかったの」


「あぁ、ごめんなさい。今のは火狩さんじゃなくて月野さんに言ったの」


 日谷さんがそう言うと火狩さんはホッと表情を緩ませた。


「なんだ。てっきり火狩さんがそういうことを考えてるんじゃないかと思って助け舟を出したつもりだったんだけど」


 月野さんはニヤニヤと笑みを浮かべながら言った。


「貴方とは気が合うとは思えないのでこれ以上どうこう言うつもりはありません。私の自己紹介は以上です」


 日谷さんが終了を宣言すると気まずい沈黙が流れた。


 月野さんと水嶋さんのせいで、自己紹介をする前より気まずい空気になった気がする。


 私はそう思いながらデザートの最後の一口を食べた。




「皆様、昼食はお楽しみいただけたでしょうか?」


 私が食べ終わって一息ついたタイミングで、メイドが円卓に歩み寄りながら言った。


「それではこれより自由時間となります。今後は朝食と昼食につきましては、皆様のお好きな時間に食堂にお越しください。三時間以上前までにご希望の料理をメイドにお伝えしていただければ、ご希望の料理をご用意致します。なお、どうしても準備出来ないモノもございますのでご了承ください」


 なんだ。

 てっきり共同生活の間は、こんな感じの畏まった料理ばかり食べることになるのだと思っていた。


 何でも良いと言われるとそれはそれで困るけど、これからは気を遣わなくて良いのか。


 そんなことを考えていると日谷さんが手を上げた。


「『朝食と昼食はお好きな時間に食堂に』というのはどういう意味ですか? 夕食は時間が決まっているのですか?」


 メイドは全員が自分の話を聞いているか確認するように視線をグルリと向けた。


「夕食は十八時から十九時の一時間。夕方の六時に全員が此処に集まってと決まっております。夕食の時間以外は自由行動ですが、そうすると共同生活の意味が無くなってしまいます。なので、一日に一回は必ず全員で顔を合わせるようにしていただきたいのです。なお、座席は固定ですのでよろしくお願いします」


 メイドは一礼した。


 チッ、と舌打ちの音が響いた。


「ダリィんだよ。部屋で食べさせろよ」


 メイドは舌打ちを気にする素振りも見せずにニコリと笑った。


「部屋で食べるのは構いませんが、夕食への参加は必須事項です。夕食に不参加の場合はその時点で実験の妨害とみなします」


「寝過ごしたとかはどうなるのさ」


 今度は月野さんが質問した。


「我々が何処にいるのかお伝えしますので、皆様が食堂に連れてきてください。なお、何らかの事情で皆様では食堂に連れて来ることが出来ない場合は、皆様と一緒に欠席者の元へ我々も向かいます」


「食堂に連れて来ることが出来ない場合? どういう意味?」


「言葉通りです。食堂に連れて来ることが出来ない場合でございます」


 月野さんと日谷さんは怪訝な表情を見せたが、他のメンバーは私を含めて「何を言っているのだろう」と言いたげな表情をしていた。

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