一日目 施設案内 月野視点



 一日目 施設案内 月野視点



 エントランスにはメイド服を着た女が立っていた。共同生活前の面接でも、施設への移動でも会ったことのない知らない顔だった。


「それでは皆様。ここからは私『メイド』がご案内致します。エレベーターへどうぞ」


「メイド?」


 少し離れた所に立つ金原が聞き返した。


「はい。これから私のようにメイド服を着た者のことを『メイド』とお呼びください。私以外のメイドも一律でメイドとお呼びください」


 その言い方から察するに何人もいるのだろう。知らない顔がいても何もおかしなことはない。




 乗り込んだエレベーターはメイドも合わせた八人が乗っても余裕があるぐらい広かった。

 メイドは全員がエレベーターに乗ったことを確認してから『2』と書かれたボタンを押した。


 エレベーターは音を立てずに、動いている気配を殆ど感じさせない程に静かに動き始めた。




 ピンポーン。


 エレベーターの扉の上には丸い形の階数表示ランプが横に並んでおり、その中の『2』のランプが光った。


 メイドが開ボタンを押している間にエレベーターから降りると別のメイドが待ち構えていた。


「ようこそ。七日館へ」


 メイドは綺麗なお辞儀をしながら言った。



 このメイドの顔には見覚えがある。自分が此処に来る前に面接をした女と同じ顔だ。



 メイドの奥には『男』と『女』と書かれた大きな暖簾が掛けられた入口があった。


「二階は『大浴場』がございます。大浴場は朝の五時から十時まで。そして夕方の五時から夜十時までがご利用可能時間となります。それ以外の時間は清掃やお湯の準備でご利用出来ませんのでお気を付けてください。タオルやシャンプーといった物は全てご用意しております。ドライヤーやブラシや剃刀といった物も用意しております。万が一足りない物がございましたら我々にご相談ください。用意出来る物であればすぐにご用意致します」


 なるほど。だが、二十四時間利用出来ないとなると気になることがある。


「すみません、質問良いですか?」


 自分が手を上げながら尋ねると全員が自分を見た。


「はい、何でしょうか?」


「例えばの話ですけど、利用時間内に入って、うっかり寝ちゃっただとかで利用時間を超えた場合は何かペナルティはありますか?」


「ペナルティはございません。ございませんが、利用時間が過ぎていることを放送もしくは直接お伝えすることになります」


 メイドは即答した。想定済みの質問ということなのか、即答出来る程にルールを叩き込まれているのか。


 おそらく後者だろう。


「なるほど。うっかり湯船で寝てしまって利用時間が過ぎたからといって報酬を減らされることは無いということですよね?」


「はい、おっしゃるとおりです」


 視界の端からジワジワと何かが突き刺さる感覚があった。


 その正体は、蔑むような目で自分を睨んでいる日谷の視線だった。


 自分のことを金に汚い奴だとでも思ったのだろうか。それ自体はどうでも良いが、うっかり時間オーバーすることで報酬が減らされて困るのは、七泊八日で五十万円というどう考えても怪しいアルバイトに参加している全員ではないのか?


「ではもう一つ。暖簾で男女が分けられていますが、番頭もしくは見張りはいますか? 」


「利用時間の間はすぐそこの受付にメイドが必ず座っております」


 メイドが手で示した場所には受付と呼べるようなちょっとした机と椅子が置かれていた。


 性別を偽って入ろうとする奴がいた場合、メイドが制止するのだろう。


 いや、本当に制止するだろうか?


 それも共同生活のモニタリング対象だったとしたら、男が女湯に入っても制止しないのではないか?


 ここでそれを問い質しても良かったのだが、あえて聞かなかった。この事を問い質したことにより、気が付いていない人間に「異性の風呂に侵入する」という概念を教えることになる。


「しかし、利用時間外は清掃や準備で席を外しております」


「なるほど」


 とりあえずはこんなもんだろう。


 そう思っていると皆と少し離れた所に立っていた水嶋が舌打ちをした。


「チッ、んなこと聞いてどうすんだよ。馬鹿か?」


 何か言い返してやろうかと思ったが無視した。無視した方がこういう輩には効くだろう。


「まぁまぁ、そのくらいにして、さ」


 金原が苦笑いを浮かべながら自分と水嶋の間に立った。


 食堂の時も宥めようとしていたのは金原だったな。


 いわゆる”優しい奴”なのか。争いごとを見るのが嫌いなのか。場の流れを乱されるのが嫌いなのか。


 理由はともあれ、喧嘩腰の水嶋や殆ど喋らない木村よりは話が通じそうな奴である。


「他にご質問が無ければ三階に向かいますが、よろしいですか?」


 皆が黙っていたので、メイドはエレベーターの上昇ボタンを押した。


「それでは三階をご案内します」


 エレベーターの扉が開いた。




 ピンポーン。


 エレベーターの階数表示ランプの『3』が光った。


 エレベーターを降りると別のメイドが出迎えた。


 辺りを見回すと八角形のホールのような部屋だった。壁にはグルリと囲むように扉が七つあり、エレベーターの入口の上には大きな掛け時計があった。


 掛け時計が示す時刻は午前十一時。


 道中眠らされていたのでその時間が正確なのかは分からないが、空腹感や眠気の感覚としてはそこまで矛盾していない。


「三階は『客室』でございます。皆様がお休みになられるための部屋でございます。今から皆様に鍵をお渡しします」


 メイドはそう言うと、参加者達に鍵を渡した。鍵にはプレートも付けられていた。


 鍵をジッと見てみたが、特別変わった形はしていない。鍵についているチタンか何かで出来たプレートには『月野』と掘られていた。

 失くすようなことはしないが、プレートを見れば誰の鍵なのか一目瞭然なので間違えるようなことは起こらないだろう。


「タグが付いておりますので、今一度ご自身の名前と合っているかどうかご確認ください」


 特に問題はなかったのか、不審な行動を取る人はいなかった。


「客室には色々ございます。ベッド、机と椅子、鏡、洗面所、トイレ、ユニットバス。他にも物品注文用タブレットや電話機がございます。電話機は我々メイドへの電話だけでなく、皆様の間でも電話をご利用出来ます。しかし、外部には一切連絡が出来ませんのでご了承ください」


 フロントに電話が出来るのは分かるが、参加者同士でも電話が出来るというのはどういう計らいなのだろうか。顔を合わせたくないだとか、誰にも聞かれたくない話をする時に使うのだろうか。


「トラブル防止の為、部屋にいる時もいない時も施錠をお願いします。三階に関しては常駐のメイドはおりませんので、何かあった時はすぐに対応出来ません」


「それで大丈夫なんですか? 男女いるんですよ」


 口を出したのは日谷だった。どういうわけか日谷の腕には土井が寄り添っていた。


 元々知り合いだったのか?


 いや、最初の会話ではそんな雰囲気は無かった。土井は極度の人見知りではあるものの、どういうわけか日谷には気を許している、といった所だろうか。


「トラブル防止の為、施錠をお願いしております。施錠さえしていただければ、無理やり扉を開こうとする行為は禁止行為ですので我々が取り締まります」


 日谷はあまり納得しているようには見えなかったが、反論することはなかった。

 腕に寄り添っている土井に向かって「施錠は忘れないようにしなさいよ」と小声でアドバイスしていた。


 誰も口を挟まなかったが、今の言い方はおかしくないか?


『我々が取り締まります』?


 禁止行為があった場合は違約金を払えという話ではなかったか?

 違約金を払わせる行為を取り締まると表現したのかもしれないが、何か含みを感じるな。


「それでは四階をご案内致します」


 メイドはエレベーターの上昇ボタンを押してエレベーターの扉を開けた。




 ピンポーン。


 エレベーターの階数表示ランプの『4』が光った。


 このフロアはエレベーターの扉が開いた瞬間から騒音が聞こえてきた。パチンコ屋やゲームセンターを彷彿とさせるやかましい電子音が鳴り響く。


 その騒音の中に別のメイドが立っていた。


「四階は『遊技場』になっております。通信対戦機能は全て切らせていただきましたが、古いものから最新のモノまで様々なジャンルのゲームを揃えております。また、パチンコやスロット、UFOキャッチャーといった筐体も用意しております。全ての筐体を無料で遊ぶことも出来ますが、スリルを楽しみたい方は一番奥の仕切りの向こう側に現金を使用する筐体も設置しております。報酬金を前借りする形でのプレイとなりますのでお気を付けてください」


 他の参加者の顔にチラリと視線を向けると、水嶋と木村が目を輝かせていた。


 何のゲームに興味があるのかまでは分からないが、他の参加者と比べたら好きなのだろう。


「り、利用時間に制限は?」


 震える声で質問したのは木村だった。皆の視線を浴びた木村は「いや、何でもないです」と小さな声で呟いた。


「二十四時間ご利用可能です」


「あ、分かりました。どうも」


 水嶋が舌打ちするかと思っていたが、特に舌打ちすることはなかった。水嶋本人も気になっていたのか、舌打ちするのは自分に対してだけなのか。


 まぁ、そんなことはどうでも良い。


 その後も何か説明しているようだったが、興味が無かったので話の殆どを覚えていないし聞いてすらいない。


「質問が無ければ五階の案内を致します」


 早くそうしてくれ。こういう知性の感じられない煩い場所は嫌いなんだ。




 ピンポーン。


 エレベーターの階数表示ランプの『5』が光った。


 エレベーターを降りると先程の遊技場とは違って物音一つしなかった。そして、無音の空間にキャラメルのような甘い香りが漂っている。


 あぁ、この匂いは映画館の匂いだ。


「五階は『映画館』でございます。放映時間と作品のご希望をメイドに伝えていただければ、その映画をその時間に上映致します。ただし、上映出来るスクリーンは三つしかございませんので、希望時間が重なった場合は予約の入った順で上映を行います。空いているスクリーンがあり、予約と被らない時間帯でしたら、受付で伝えていただければその場で上映を開始することも可能です」


 受付と思われる場所にいたメイドが綺麗なお辞儀を見せた。


 映画館か。そこまであるとは思っていなかった。自分にとっては遊技場よりも映画館の方が性に合っている。他に良さそうな施設が無ければ映画館に籠もっているのもアリだな。


 そう考えていると、視界の隅で土井が何かを日谷に相談していた。日谷は小さく溜め息をついてから手を上げた。


「すみません。ジャンルに制限はありますか? 映画と一言で言っても、邦画だったり洋画だったりアニメだったり色々ありますよね?」


「具体例をあげるのは難しいのですが、大抵の映画はご用意出来ます」


 日谷は土井の顔をチラリと見てから「ありがとうございます」と会釈をした。


「他に何かご質問は?」


「ポップコーンとかコーラはありますか?」


 訊いたのは最後に到着した女だった。


 名前は確か、火狩だったか。


「ポップコーンやホットドッグ、コーラやオレンジジュース等各種揃えております。ただ、受付のメニューに無い物につきましてはご提供出来ませんのでよろしくお願いします」


「普通の映画館にあるようなモノは一通りあるということですか? それなら充分ですよ。映画と言ったらポップコーンにコーラ。皆さんもそうですよねぇ?」


 火狩が皆に同意を求めるように話を振ったが、誰も返事をする事はなかった。


 食堂での雰囲気から気の利かない人間の方が多いことは自明の理なのだから、金原か日谷辺りがフォローしてやらないと気まずい空気になるに決まっている。


 こうなることは分かってはいたが、もちろん自分はフォローするつもりなど無い。そういう行為は自分の役目じゃない。


「誰も返事してくれないのは寂しいなぁ。あ、メイドさん。ウチからは大丈夫です」


 その後、誰も質問をする様子が無かったのでメイドはエレベーターの上昇ボタンを押した。


「次が最後の階でございます」



 今までの案内を振り返ると、一階が食堂、二階が大浴場、三階が客室、四階が遊技場、五階が映画館。


 日本の何処にあるどんな施設なのかは分からないが、最低でも六階まで存在するようなそれなりの規模の建物ということになる。



 エレベーターの扉が開き、全員が乗り込んだ事を確認してからメイドは『6』と書かれたボタンを押した。


 先程まで見ていなかったが、エレベーターのボタンは『1』『2』『3』『4』『5』『6』しか無いのだが、扉上部にある階数表示ランプには『B1』があった。


「すみません。地下には何があるんです?」


 気になったので訊いてみると、メイドの身体が一瞬ピクッと震えた。


「地下には『七日館』の受電設備や空調設備等がございます。立入禁止区画ですのでそれ以上の回答は出来ません」


 地下か屋上にそういった設備があるというのは聞いたことがある。


 だが、何故メイドは一瞬妙な反応をしたのだろう。あまり深い意味は無いのかもしれないが、少し気になるな。


 エレベーターは音もなく動き始めた。




 ピンポーン。


 エレベーターの階数表示ランプの『6』が光った。


「六階は『図書館』でございます」


 エレベーターを降りてすぐの場所からでは全体像は掴めなかったが、かなりの数の本棚が並んでいるのが見えた。

 巷で流行っていると噂の、本を傷まないように保管するという当たり前の事を一ミリも考えていないバカの設計した図書館ではなく、ただひたすらに置けるだけの本を置こうとした味気ない図書館。


 良い。とても良い。


「図書館への飲食物の持ち込みは禁止しておりますが、奥に進んでいただくと小さなカフェがございます。その中で本を読んでいただくのは構いません」


 せっかく良い気持ちになっていたのに、カフェという単語が聞こえてげんなりした。

 読書の最中に飲食物のニオイがするのが嫌いな自分は手を上げた。


「ここにある本は持ち出しても良いんですか?」


「はい。構いません。ただし、一人五冊までとなっております。コチラの受付で本をお見せいただければそのまま退出されて構いません。本の返却も受付で本をお見せください」


「利用時間は?」


「二十四時間ご利用可能です」


「なるほど。以上です」


 チッ、と舌打ちが聞こえた。


 分かってはいたが、自分は水嶋に相当嫌われているらしい。あの程度の煽りでここまで怒りを覚えるとはずいぶん器の小さい奴だ。


 だが、嫌われていることは悪いことばかりではない。嫌われている方がかえって立ち回りやすいこともある。


「他にご質問が無ければ、これにて案内は終了となります。ご利用中に何か分からないことがあれば、我々メイドに何でもご質問ください。それでは食堂に戻りましょう。お昼の仕度が出来ております」


 メイドは一度頭を下げてから、エレベーターの下降ボタンを押した。

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