第7話 書店

 喫茶店で松岡さんと俺は思う存分「迷子道」について話していたら、もう結構な時間になっていた。


「じゃあ、この辺で。私たちは健軍方向だから」


 中井さんが俺たちに言う。


「俺とは逆だったな。上熊本方面だ」


「わ、私は熊本駅の方なので途中までは一緒ですね」


 松岡さんが言った。


「そうなんだ。じゃあ、途中までだけど送っていってね」


 そう言って中井と佐藤は路面電車の乗り場に去って行った。


「じゃあ、俺たちも帰ろうか」


「あの!」


 松岡さんが急に声をあげたので驚いて振り向く。


「ちょっと、寄り道してもいいですか? 買いたい本があって…」


「ああ、いいよ。行こう」


 俺たちはすぐ近くにある大型書店に向かった。松岡さんは慣れたように地下に向かう。そこにはコミックのコーナーがあった。


「今日、新刊発売なんです」


 手に取ったのは「放課後釣り日誌」。熊本を舞台にした釣り漫画だ。アニメ化もされて、聖地巡礼でも盛り上がっている。


「へぇー。松岡さん、釣りに興味あったんだ」


「い、いえ。釣りにはあんまり……」


「え、そうなの? じゃあなんで」


「純粋に漫画として面白くて。アニメを見てからは全部買ってるんです」


「そうなんだ。俺もアニメは見たよ」


「そうなんですか! 面白いですよね。私は潮干狩りの回が好きで……」


 松岡さんはまた早口になって「放課後釣り日誌」の魅力について語り始めた。

 それをずっと聞いている内にいつの間にかもう20分ほど過ぎている。


「ま、松岡さん。そろそろ帰った方が……」


「あ、そうですね。すみません、また私……」


「いいよいいよ、魅力はすごく伝わったから」


 松岡さんがようやく新刊を買って、俺たちは帰路についた。



◇◇◇



 その夜、松岡さんから初めてのメッセージが俺のスマホに届いた。


「よろしくお願いします」


 かわいいアニメのスタンプ付きだ。


「こちらこそ!こういうの初めてだから失敗しちゃいそうだけど、よろしくね」


「私も初めてです」


 ぎこちないやりとりが少し続いたが、もうすぐ10時になろうとするときだった。


「あ、『四人の花嫁』が始まる時間ですね」


「見てるの? 俺も見てるよ」


「じゃあ、実況しませんか?」


「そうだね。感想言い合おう」


 俺たちはアニメを見ながらメッセージをやりとりした。


「結局、誰とキスしたんでしょうね?」


「うーん、わからないね、これは」


「いろいろヒントあったみたいですけど、今のところは確定できませんね」


 松岡さんはいろいろ考察しながら見るのが好きみたいだ。


「とにかく次が楽しみだね」


「はい! 実況、すごく楽しかったです!」


「俺も。なんかいい経験した」


「そうですね。また、こういうことしてもいいですか?」


「もちろん。でも、夜更かししないようにしないと」


「そうですね。じゃあ、そろそろ寝ます。おやすみ!」


「うん、おやすみ!また明日」


 今日はいろいろあったが、充実した一日だった。

 佐枝に振られた後では初めて心から楽しめた1日だったかもしれない。松岡さんには感謝だな。


 そう思った翌日、俺は佐枝に話しかけられた。

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