【KAC20242】カクヨム商事から徒歩5分の築浅物件

ぬまちゃん

良い物件は直ぐに埋まっちゃう

 ──君のための優良物件、ちゃんと残しておくからね。

 彼がまだベッドで寝ぼけている間に、朝食を用意して急いで安アパートから出ていく若い男。


 * * *


「お客様は運が良いですよ。この賃貸マンションは立地が良いので、問い合わせも多くて。内見でお気に召しましたら、すぐにでも契約いただければ……」


 玄関の扉を開けてオレたちを中に招き入れながら、不動産屋のおやじは商売人らしい笑みを浮かべる。

 ここは、オレが勤めているカクヨム商事から歩いて5分の築浅物件。今日は、婚約している資産家のお嬢様との約束を断って、赤毛で派手な化粧をした女性と一緒に仕事用の住宅の見学をしている。


 * * *


「お客様はお目が高いです。ここはカクヨム商事から歩いて5分という立地条件が最高なうえ、お嬢様のような方でも満足していただけるハイグレードな設備も整っております」

「いいえ、この部屋はわたくしが住むのではなくってよ。婚約している彼に仕事用として勤務先に近いお部屋をプレゼントしたいの。だって旦那様の苦労を少しでも減らすのが素敵な奥様ですものね」


 いかにもお嬢様という女性は、案内する不動産屋の若い男性社員に凛とした態度で理由を説明する。


「それでは次にバスルームの方へ」

 彼はそう言うと、お嬢様を案内するようにリビングルームから出て行った。


 * * *


「どうですか。広いリビングで窓からの見晴らしも最高です」

「あらー、そうね。ここ見晴らし良いじゃないの。わたし気に入ったわー」


 不動産屋の説明に喜んでいる赤毛の女を見ながら、その男性の顔色はさえなかった。

 さきほどリビングから出て行った女性の後姿は、まぎれもなく婚約者の令嬢。そういえば、彼女にも勤務先から近い住居が欲しいと話していたのを思い出す男性。


 ──あいつも、この物件に目をつけてたのか。やばい、ここで鉢合わせしたら破滅だ。今日はこのまま引き上げるか。


* * *


 ──彼ったら、私というパートナーがありながら、お嬢様や赤毛のような女にまで手を出すなんて。


 お嬢様をバスルームに閉じ込めて彼と赤毛の女性を鉢合わせしないようにした若い不動産屋は、ほほを引きつらせながら残酷な笑みを浮かべた。


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20242】カクヨム商事から徒歩5分の築浅物件 ぬまちゃん @numachan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ