探すのは自分のためだけではない

とは

第1話 探すのは自分のためだけではない

 打木うちき希美きみには、やらなければならないことがあった。

 そう、それは内見である。


 希美はつい先日、努力と某社の協力もあり、片思いの相手である元木もときに手作りのチョコを渡すことに成功した。


「気持ちは嬉しい。だが君を愛するつもりはにゃ……」


 猫のような語尾と共に、元木の体がのけぞる。

 彼の背後に、少し前に自分と共に見積書を眺めていた、あの会社の女性スタッフ、真加瀬まかせが見えたのは気のせいに違いない。

 何者かに操られるように、元木が「ツキアッテクダサイ」とまるで腹話術のような声で伝えてくれた言葉。

 これは、希美にとって一生忘れられない言葉となることだろう。


 そうして始まった恋人生活。

 当初は元木も「どうも記憶がおぼろげだ。本当に自分は告白したのか?」と言っては、当日のことを聞き出そうとしてきた。

 希美はその都度、告白を聞けてどれだけ嬉しかったか。

 どれだけ幸せな気持ちに包まれたかを、一生懸命に語った。


 おぼろげどころか、その告白に対してまっ白な記憶しかない元木は、初めて動くものを見たひな鳥のように、それが事実なのだろうと思うようになっていた。

 いざ付き合いだしてみれば、希美は惜しみなく愛情を注いでくれている。

 次第に元木も希美と会うのが楽しみになり、二人は本当の意味で恋人になっていったのだ。

 交際も順調に進み、二人はもっと一緒にいたいと思うようになる。

 

「同棲しよう」


 その結論が出るのは、ごく自然なこと。

 話し合いを進め、互いの家族への了承を得る。

 家事分担の約束等を決めながら、二人は今、内見のため不動産屋に向かっていた。


 元木の両親、特に母親は「どうも始まりがおかしい」と同棲希望の報告をした際にチクチクと言ってきたものだ。

 だが、希美に不安はない。

 車を降り、目的地である不動産屋の扉の前に立つ。

 隣にいる元木へと笑顔を向け、希美は言うのだ。


「さぁ、いきましょう」


 そうして希美は、『OMAKASE不動産』と書かれた扉に手をかけるのだった。


 

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