第18話 おかえり
外に出ると未だ大粒の雪が降り続け、どこもかしこも白一色の雪景色となっていた。
パッと見るだけで30㎝は雪が降り積もっているだろうか。
『長靴を履いて行ったほうがいいよ!きっと今頃外、雪いっぱい積もってるはずだから。』
玄関を開ける前、奥さんに言われたその一言がなければ僕はスニーカーでこの中を歩く始末になるとこだった。
あの慌てっぷりに用も聞かず送り出してくれた彼女には、いずれ…、いや帰宅してからか明日にでもこの世界のことや僕らのことを説明しなきゃいけないと意を固めたが、すぐに彼女のリアクションを想像して気持ちが揺れはじめた。
…とにかくそれは後で考えよう、今は…
彼女にどう説明するかハッキリもしない、そしてこれからどうなるのかもわからない状況に、車のハンドルを握る手に自然と力がはいる。
この道路状況と空の様子ではあそこに辿り着けるかどうかも怪しく思えてくる。
ただ焦る気持ちがアクセルをどんどん踏みこもうとし、車が猛獣のように目標へ喰らいつこうとする。その都度アミと奥さんがくれた足もとの長靴が『気をつけてね』と
そうして雪煙をまき散らしながら車は市街地を抜け、隣町の盆地を時速70kmで走り抜けた。
山の麓まで来ると降雪は暴風で横なぶり、視界が前方20mほどしか見えなくなってきている。
…さすがに危ないか、、いやでも行かなきゃ…
こんな悪天候だからこそ、今会えなきゃ次はないと思えてならなかった。
僕は今日初めて彼を目にした。偶然に発見したというよりも、彼がそれを求めたんだ。
そう、現実の自分は僕の知らない世界で生きている。
今は、、これは彼が創りだした虚構…、
彼の頭の世界、彼の心の世界なんだろう。
そしてあのとき見た雑草というのは彼の心の底、、というか現実の自分の体現で、唯一僕だけが知ることができる彼の内幕だったんだ。
それから林道を走ること30分、ようやく今朝家族で散歩に来た湖の駐車場に着いた。
途中からの道は幸運にも除雪車が入ったためか、運転に支障のないほど雪は道路脇に飛ばされていて、この駐車場もまた歩けるほどには除雪されている様子だが、湖を見渡せる遊歩道の入り口付近に目を凝らすと手つかずのまま積雪はゆうに80㎝を超えていた。
…彼がいた場所まで100mもないはず、、
なんとかラッセルして行くっきゃない…
急いで持ってきたスノーボードウェアを服の上から車内で着用し、次にミトンの皮グローブで手を覆う。
頭はニット帽を被りヘッドライトを装着して車を出た。
いざ遊歩道に積もった雪に一歩踏み入れると、低温のためか軽い雪が服や靴のあらゆる隙間から入ってくる。
そして僕の身体の腰から下をスッポリ雪で覆ってしまった。
だがそんな由々しき事態にもかまってはいられず、僕は二歩三歩と足の力で強引に前へ前へと足を進めた。
遊歩道の看板や柵は頭半分出ている程度で動線が判別しずらく、しばらく歩くとどっちが山で湖なのかもわからなくなってくる。
ただあの場所の風景や、帰るときに見た【熊出没注意】の看板はこの先に必ずある。
記憶では駐車場までの遊歩道は曲がりくねってはいたが交差する場所はなく、一本道だった。
そこまで分かってはいても、この状況化では辿り着ける確証は持てなかった。
そう思うと彼がいる現実世界で生きるというのは、漠然とした状況化の中で生活をしながら時の運に左右されるような場合もあるんだろうと初めて噛み締め、手探りでラッセルして歩く今が同様のように思えた。
そして同時に、彼はいったい今どうなってしまっているんだろうと心配で仕方がなかった。
ヘビ道の遊歩道を真っすぐにラッセルし30分もした頃、それらしき看板の上部が右手に現れた。
やはり記憶通りの【熊出没注意】の文字が半分雪に隠されながらも見えている。
その斜め右手前方にはちょうど木々も伐採されたような様子の、そこだけポッカリ車2台分開けた空間が林沿いにあるのがヘッドライトに映し出された。
…よしっ、あったぞこれだ!…
あの記憶と同じ風景を発見したことで、僕は短距離走者のスタートのようにその空間に向けスタートをきり雪の上を走り漕ぎし始める。
そして思い当たる場所の近辺まで来ると、もう細かいことは考えず無我夢中で辺り一面の雪を手で払いのけ掘り続けた。
「だいじょうぶかー_!! _今助けてあげるから、ガンバレ、頼む!」
そう僕は叫びながら、胸中でも彼に訴えかけ手当たり次第雪を前後左右にまき散らす。
それをどれくらいの時間続けただろうか、車1台分程の面積の積雪を足首辺りまであらかた退け、這いながら彼らを踏み潰さないよう順に地面までの雪を出してみたが、冷たくなった石や砂や葉っぱしか出てこない。
⋅⋅⋅違う場所なのか⋅⋅⋅、間違えたのか⋅⋅⋅
辺りは吹雪、夜も深い、手先は冷たく感覚がなくなり始め、精神的な限界も近くなり始めたそのとき、追い打ちをかけるようにさらなる暴風が吹き荒れ始める。
…どこなんだ!どこにいるんだよ!…
しゃがみこみながらバタバタと風に叩かれるウェアの音に気を削がれていると、手をつけていない側の積雪断面が暴風の影響を受け一部が林の中へと飛び散り、断面の下層から黒い物体の端くれが顔を覗かせた。
…なんだろうアレは?…
横なぶりの降雪に縮こまりながら近づき、改めてヘッドライトで黒い物体を照らしてみると、何かのケースのように見え何気に掴んで引っこ抜く。
そして僕は、ここ近年の中で一番の叫びとなる声を出した。
「アミーーーッ!!… アミ………
ありがとう… 、ありがとう…」
それはmeiji板チョコレートだった。
アミの大好物、そして今朝アミが持っていた、彼にあげたと言った、その板チョコレートが雪の中から…。
その瞬間吹雪や寒さは僕の感覚から消え去り、自我を取り戻したようにチョコレートがあった場所の下方を横から慎重に雪をトンネル掘りしていった。
そして、居た・・・。 彼が。
彼は、、、彼は自分の身がスッポリ隠れるくらいの大きな葉っぱ達の下で立っていた。
見るとどうやら凍り付いた大小の葉っぱ達が、雪から彼を守っていたようだ。
僕は「ああぁぁ」と安堵にもタメ息にも似た声を出すと、彼の腕が、彼の左右の葉っぱが少しヒョコっと上づいたように見えた。
それは何を意味していたのかは知り得ない、目と目が合っているのに、再度彼と合体することもない。
けど僕は、それでもただただ嬉しくて、思っている以上に彼が、、、現実の自分が好きだった。
おっちょこちょいで見栄っ張りのバカ、それに自由奔放すぎて後先考えないような奴だけど、そんな背面にも勝る良い一面が僕にとってはとても目映く、その隠れた内部を欲している自分にあのとき気づかされていた。
僕は彼の隣で座り込み、言い表せない心地良さに浸りながら顔がくしゃくしゃになっているのも気づかず語りかけた。
「ただいま…」
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