第17話 傘

『どんな感じですか今?』


そう言いながらタイヤのハマり具合を確認してまわるバチクソの男前。


「あぁぁ、いいんですか行かなくて…、すいませんほんとありがとうございます。」

僕は頭を下げながらわざわざ駆けつけてくれたお礼を告げ、車の状況を説明した。


『雪板…、こんな高価なものを敷いてもったいない…、あじゃぁ、雑巾とかもタイヤが噛んでくれたりもするんで持ってきますね。』


そう言いながら彼は近くに停めたのであろう車に戻って行った。


そう、雪板はこんなことで使う道具ではなく、雪の上で乗って滑る遊び道具。

手持ちのもので敷くものがなかった僕は、昨日1度目の脱出の際にやむなく使用することを決め遊び道具としての役割を諦めていた。


やがて雑巾を2~3枚持ったバチクソ男前が再び現れ、タイヤの下に詰め込むように雑巾を敷いていく。


『じゃぁ、僕は後ろから押しますんで、やってみましょう。』


後方に歩きながらそう言ってくれた彼に、僕は嬉しさと頼もしさ、さらに感謝が入り交じりながら運転席のドアを開けた。


するともう一人『よっしワシも手伝うぞっ』と言いながらお守りのお爺さんがバチクソ男前に並び車に手を置く。


助手席側から聞こえ見たその光景に僕はもう何も言えず、アクセルの踏み具合に集中しながら窓から顔を出し、

「じゃあ、行きますよアクセル踏みます!」と後方に立つ二人に伝えた。


すると車は少し動き始めたが、また元居た場所に。

しかしそのちょっとした前後動が出来たことにより脱出の可能性が爆上がりするのは寒冷地域民なら承知済。


「じゃぁこの調子で反動つけるんで前に行くときお願いします!」と彼らに告げた。


そして繰り返すこと数回して車はようやく脱出。

そのまま温泉前の悪路を左右にフラれながらなんとか抜け出し、先にある交差点手前の道路脇にハザードを点け停車した。


すかさず車からおりると二人がいるところにダッシュで向かい、大きな声になってしまったが感謝とお礼を言うとバチクソ男前もお爺さんも、そして遠くで様子を見ていたオバサンも一緒になって喜んでくれていた。


目の前の雪に埋まった雑巾を回収し、バチクソ男前に頭を下げながら手渡す。


『よかったですね、だけど雪板割れちゃいましたよね…、ていうかスノーボードされるんですよね?僕もスキーしてるんで、また近くのスキー場でお会いしたらよろしくお願いします』

と彼は言って自分の車の方に歩きだした。


雪板は割れて使い物にならなくなったけど、最初からそれは織り込み済み、板なんてどうでもよかった。


「そうですか!僕こそよろしくお願いします! じゃぁまたスキー場でですね!ありがとうございました!」


車に乗り込む彼に返事を返し、見送りのために離れて立つとお爺さんも同じように横に並ぶ。


『それじゃ』と言った彼は元来た道を戻ろうとUターンを行い、僕は「ありがとうございました!」と通りすぎる車に再度頭を下げると、間もなく車は唸り始めすぐに動力を失った。


「あ…。」と思ったら少しバックし始め、改めて前進したかと思うとまたゆっくり止まる、そしてそこから動かなくなった。


静けさの中響きわたったのはあの悪魔のささやきのような音…

ウオーン…ウオーン…


ガチャッ… 運転席のドアが開く。

屋根越しにバチクソ男前の顔が現れこう言った。


『カッコ良いまま立ち去ろうとしたのに…、スイマセン…。』


今度は僕がハマったところから約7~8m後方で彼の車がスタック。

僕は道路脇に刺したスコップを抜き、我先にと車の脇を掘り始めた。




ガツッ…、、カンッ


バチクソ男前と共に車体下周辺を掘り始めてからまもなく、車体中央付近の雪面の中で嫌な感触と同時にスコップの歯先から金属音が鳴り響いた。

それはガチガチの氷で、どうやら車体が氷の層に乗り上げてしまった状態だった。


「こぉぉれはやっかいですね~、どうしたもんかな…、ジャッキで上げて削るかなんかしないと…」


そう僕が言いながらジャッキがあることを促すと、彼も頭を悩まし解決策を練っている。


すると温泉側面にある屋内駐車場から1人の男が姿を現した。


『スタックですね、んん~っと、どんな状況かな…?」


そう言いながら車体周辺を見渡していく。


『あ~、これならラダー噛ませばヌケますねきっと。」


そう言った男にバチクソ男前は疑問を呈した。


『ほんとですかぁ?行けるかなぁ氷が下でばっこり噛んでますから無理っぽいけど…。」


すると男は、

『いや、一回やってみましょ!たぶん行けると思いますから!」と答える。


そのポジティブな言葉に僕も、

「そうですね!やってみてダメだったらまた考えましょ!」と言うと、男は屋内駐車場からスタック脱出用のラダー(敷物)を手に戻ってきた。

そして陽気そうな笑顔のまま早速バチクソ男前の車に鉄のラダーを噛ませ終わると、

『よし、OKですよ!ちょっと飛ぶかもしれないんで離れといてください。」

そう言う彼に僕とお爺さんは少し車から距離をおいた。


半信半疑の様子のバチクソ男前は車に乗り込むと、助手席の窓を開け『じゃぁ行きます!』と伝えた後にアクセルを少しずつ吹かし始めた。


するとなんてことはない、車はあっさり脱出。

そのまま前方のアパートの駐車場に避難しようとしてまたハマったが、またラダーを噛ませ脱出し、車は安全地帯に避難することができた。


ようやく一同安心したところ、スコップを貸してくれたオバサンがその男と慣れ親しんだように会話し始めると、その内容に違和感を感じた僕は男に「え?温泉のお客さんじゃないんですか?」と聞くと、『あ、ここの温泉の者ですハハハ』と満点の笑顔で答えた。

どうやら家族経営しているこの温泉オーナーの弟さんだったらしい。


僕らの会話を待っていたかのように、バチクソ男前は開いた窓から大きな声で僕らにお礼を告げると車を出し、慎重に元来た道を左右にフラれながら進み続け、やがて彼の車のテールランプは見えなくなった。


僕は遠くなっていく車に再度頭を下げておいた。


「僕、温泉に入りに来たんですよ~、そしたら僕が最初にハマって…。」

と温泉男に事の経緯を説明する。


『そうですか~ありがとうございます!裏手に3台停めれる駐車場があって、そこは道路も駐車場もしっかり除雪してあるんでどうぞ使ってください!」


そんな戦友のようなご厚意を頂き、彼とお守りのお爺さん、そして近所のオバサンに特大な感謝とお別れを告げてから車に戻り乗り込んだ。


そして発進しようと運転席側のサイドミラーで後方確認をしたとき、先ほど自分がハマったところで車のライトが制止しているのが目に入った。

しばらくミラーを見ていたが動かない、それに気づいたのか温泉男が駆け寄る姿が見えた。…まさか、、また…。そう思いながら外に出て歩き戻ると、BMWのSUV車が僕と同じ所でやはりスタック。


温泉男は運転手のオバサンと運転を交代しアレコレ脱出を試みるもビクともしない。

車は僕同様に車体が雪にどっぷり浸かっている。


またラダーの出番だが車体下周辺と進行方向の雪を除雪しないことには再度ハマる状況に、温泉男と二人で周辺の除雪を始めた。


『わたしは何をしたらいいですか?…。』


と立ち尽くしながら伺ってくるオバサンに、

「これは男の仕事だからいいんですよ~、というか車前後から来るかもしれないんで来たら迂回するように言ってあげてください。」


と僕は告げた。が、オバサンは居ても立っても居られなかったのかやがて除雪を手伝い始めた。


その甲斐もあって車が行けそうなくらい除雪し終わり、いざラダー(敷物)の出番。

運転席には温泉男が座り早速アクセルを踏んでいくと車は難なく脱出。


自分の車が脱出していく様を見てオバサンはタメ息をもらしながら肩をおろす。

そこで僕はここでのスタック経緯をオバサンにも話をしてあげ、ただただ運が悪いこと、そして日頃の行いが悪いというジョークでお互いの渦中を和まし合った。


ようやく温泉の時間。

終わってみれば2時間弱温泉の前でスタック祭りを繰り広げていた。

僕は温泉男とオバサンに感謝され、そして自分も感謝を告げ返す。




あのとき、サイドミラーで様子を見ていたあの一瞬の時間、ハッキし言ってもう僕は除雪はお腹いっぱい…、コリゴリだった。

正直気づかなかったフリをして出てしまおうと葛藤したくらい。


でも僕がハマったときに助けてくれた近所のオバサンやお爺さん、バチクソ男前や温泉男の、もっと言えば迷い無き親切心で誰かが広げてくれる大きな傘を、ここで車を出せばそれこそゴミの仇で返すようで無視することはムリだった。


人が聞くとその葛藤自体が仇で、恥ずかしい事だと言われることではあると思う、けど僕の中では温泉よりも同一行動、というか恩返しの傘を広げることが心の中で勝ったのがなにより良かったと、二人とお別れしてから感じたこと。


僕は色んなところで傘の差し合いをしている。


それは突然に、 そして葛藤と共に。

まさに助け合いだったこの2日間、その後僕は温泉へと行きカラダも心も綺麗になった気がした。




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