第15話 傘

前夜はお風呂に入っていない。

そして今日も長時間の除雪作業の影響で、体は疲労と体臭がまとわりついていた。


ようやくそれらを消し飛ばす場所の近くまでやって来たが、温泉前の道路は主要な道路とは違い、生活道路のためか除雪は後回しにされ車が雪を圧雪しながら通るような道路状況だった。


そのボッコボコな緩硬道路で、再びハマった…。


…あぁぁ、、怪しい怪しい…あ曲がり始めたヨシあぁぁぁ曲がらん曲がらんなんだこれキャンセルキャンセル脱出脱っあああっっ…終わった…。


端的に状況を言うとそういうことだ。

道路沿いにある温泉駐車場にハンドルを切ったが車が曲がらず、1度進入を諦め辺りを1週し、2度目のアプローチで完全にスタックしてしまったのだ。


バックにギアを入れても、ハンドルを切ってもビクともせず、ウオーン…ウオーン…と聞き飽きた音がするのみ。

ドアを開けるとドアの下部が雪を払いのけ綺麗に真っ平な雪面になる。それくらいどっぶり浸かっていた。


そしてスタックした場所は道路のド真ん中、温泉の真ん前でテッテレーしてしまったあまりの状況に、気持ちはうんざりしながらなぜか開き直ってもいた。



手慣れたように車からスコップを引っ張り出し雪をぶん投げ始めると、圧雪された雪は緩く、その下層は分厚いシャーベット状の雪がありそれが悪さをしていることが分かった。


するとスタックした僕の車を見てか、温泉の対角面に住むオバサンが大きな鉄のスコップ片手にやって来て、

『大変だねぇ、これも使って』とオバサンはスコップを僕に差し出し、

『今日もうこれで何台目になるのかしら、さっきもハマった人がいたんだよ~老夫婦さんが。もう今日はそこでもあっちでも、みんな車がハマっちゃって…」

そう同情するオバサンにスコップを受け取りながら僕はお礼を告げた。


その後オバサンのスコップである程度除雪したあと、

…もうこれはジャッキアップするしかないな…と決断し、昨日に引き続き2度目となるジャッキをセット、車を浮かせて車体下を除雪後、タイヤ接地面に雪板を設置した。


よし準備完了とばかりにジャッキを下ろそうとしたとき、今度は通りがかりのお爺さんが声をかけてきた。


『またハマっちゃったか、かわいそうに、手伝ってやりたいけどオレも歳だから力がなぁ…。』


オバサンに引き続き改めて人の親切心に感謝をしながら

「大丈夫ですよ!一人でできますから!」と笑顔で返事。


するとそのとき先程僕が来た方向からこちらに向かって近づいて来る車のライトが見えた。


道路中央でスタックした車によって、道路は車1台分通れる幅はあるものの状況が状況、恐る恐る行けばスタックする可能性があり2台で道路封鎖し兼ねないと判断した僕は、

話を続けるお爺さんに断りを入れやって来る車に向かい、歩きながら両手を振って僕の左手にある道路に(相手からは右)に曲がれ曲がれと合図した。


すると車は僕の目の前の交差点で右にウインカーを出し右折すると、曲がりきる前に車は停車。助手席の窓が開いた。


『スタックですか?』

ハードジェルで髪をビチッと64に分けたバチクソ男前の運転手が、僕を覗き込みながら口を開く。


その質問に「すいませんスタックしちゃって…、あそこ雪ヤバイです…」と返事をした後、道路状況とバチクソ男前もスタックしかねない旨を説明、迂回させてしまうことを丁重に謝った。


すると彼は『手伝いましょうか?手伝いますよ?」と男前が男前らしい言葉を発する。


「いや……、大丈夫です!いけると思うんで大丈夫ですよありがとうございます!」


と、心にもない強がりを言いながら、気を遣わせないように僕は背を向け親切心を自ら断ち切った。

そして自分の車に向け歩きだすと、背中越しで車の発車音が聞こえた。


自分の車に戻る一時、僕は思った。

もうそれはこれまで繰り返し感じたことを。


助けがほしい局面において、ほんっとに自分は正直じゃないって。

人の助けや優しさを素直に受け取るのがアホほど下手くそで、自分から助けを乞うことが恥ずかしく、そして迷惑をかけたくないというクソなプライド保持者だなって。


昔からそうだった。

負けず嫌いで見栄っ張り、でもそれは表向き半分そのまんまの自分でもあるというかそう、、どんな局面でも立ち向かえる理想的な自分という姿をあまりに無理強いしているというか、自分を勘違いしているんじゃないかと改めてその場面で思い知らされた。


現実は負けてばっかりで、心の底は甘えん坊で中途半端だから。


そうして理想のモデルと現実のバカが頭の中で協議しながら、車に戻るとタイヤを浮かせていたジャッキの油圧を減少させ車体を雪面に下ろした。



…さぁ、車を動かしてみるかな…


隣で見守るお爺さんにもそう告げながら立ち上がった時、突然スーツ姿にカーディガンを羽織った男が車の横から現れた。


それはついさっき迂回してもらったはずの、バチクソの男前だった。

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