第11話 先生

締りきらない雪がずる賢い悪党のように、いくら除雪したところで4WDの車とてタイヤは空転するばかりだった。


タイヤに噛ませるラダーさえあれば3秒で脱出するのだがあいにく持ってない。

こうなればさっき自分の車を救出した通りジャッキで車を上げ、敷物の雪板をタイヤの下に敷くしかない。

そう判断した僕は、スコップを振るう彼らに無言で自分の車に向かって歩き出した。


今日何度かの腰ラッセルエリアを歩きながら、暗黒の雪山で遭難する人の果てしない辛さの1ミリは知ったような気分を味わう中、車まであとおよそ半分の距離と行ったところで突如後方から大きな声が聞こえてきた。


振り返って見てみると彼らの車がスタック場所から抜け出した瞬間を目に捉え、続けざまリーダー格の男が僕の方に身体を反転し、両手を上げたまま「YEAHHH!!」と雄叫ぶ。


突然の出来事に僕も嬉しさが爆発し『イエーーーイ!!』と満開の笑顔で両手を上げていた。


…よかった~、マジよかったぁぁナイスナイス…

終わりを迎えた消耗戦に、僕は安堵した。


そして彼らのもとへと歩きながら脱出した車の行方を見ていると、方向転換しようと開けた場所でバックし終えてから、なぜかそこから動かなくなった。

そしてウオーン… ウオーン…と聞き慣れたエンジン音がする。

…あれ?… と思いながら彼らのもとへと競歩で戻ると、運転席のドアが開いた。


『again??(笑)』と大学生風の男に僕は聞く。

「ハァァイ(苦笑い)」と彼は俯いた。


リーダー格の男は、バックし過ぎなんだよもう!みたいな事を言い、後方に状況を確認しに見にいくと確かに彼の言う通りそう見えた。


申し訳なさそうにしている彼を見て、まぁしょーがねえよと僕は笑いながら彼の肩を叩く。


スタック状況は見たところさっきよりは全然マシだし、少し除雪すれば出るだろうと再び除雪をし始めた。

そして案の定、ある程度雪を取り払うとそれほど苦も無く車は出た。


僕らは全員でハイタッチした。

手を叩き合いながら、お礼を全身に浴びる。

その時大学生風の男が思い出したようにこう言った。「あなた、車は?」


僕は雪で見えない車の方向を指差し出て来れない旨を話す。

加えて気を遣わせないためにも、明日除雪を助けてもらうような片言英語を伝え『センキュウ』と語尾を付け話を自分から終わらせる。

まぁ本音を言えば、今から除雪を手伝うなんて言われたら、自分が困るからだ。

もうその時は1gも雪を触りたくなく、早く家に帰りたい気持ちでいっぱいだったのだ。


そして改めて除雪の健闘を称え合い、お互いに背を向け合い、僕はスコップを返却するため体育館に向け歩き出した。

すると後ろからリーダー格の男が僕を呼ぶ声がしたので振り返ってみると、


「車に乗りなよ!家まで送ってあげるよ!」と彼が言った。


その言葉に僕は一瞬間が空いた。

そしてその時不思議と、噓つきのミアちゃん(※第6話 嘘つき参照)の事が頭を過った。


ミアちゃんのような答え方…、なんだろ?

一通り考えたあげく、僕は彼に向かってこう答えた。




『ネイバフッド!(neighborhood=近所)センキュウ!』


すると彼は大きな声で、

「OK!THANK YOUセンセー!!!BYE!」と言いながら車のドアを閉めた。



そう、僕にはミアちゃんのような才能・ボキャブラリーなどない。


「近所」、ほんとうに家が近所という事実を、そのまんま言ったまでだったのだ。

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