第6話 嘘つき

疲労困憊の中、家路を歩いた。

雪の降り方は強く、足下はどこもかしこも新雪でバフバフ状態。


こんな事態にならなけりゃ、明日は朝一からスノーボードでパウダー天国だぁと喜んでいただろう。


体育館を横切って間もなく、交差点沿いにある市民会館の接道になぜか十数台の車がハザードを点けて停車しているのが見えた。


その様子に普段の僕なら何事かと想像を巡らすところだが、今の自分にそんな気力はなく、無気力無関心のまましばらく歩き続けているとやがて会館前にさしかかった。


そして何気に会館の入口付近に視線を向けてみると、

建物の出入り口から振袖姿の女性達がぞろぞろと溢れ出ながらあいにくの天候に驚いている様子が目に入った。


心が塞ぎこんでいた僕はその彼女らの出で立ちに目を大きくし、今の今まで揺れていた現実逃避心のようなものはスッ飛ばされ、彼女らの綺麗さに気持ちが釘付けとなってしまった。


…あぁ、今日は成人式をする日なのか…


皆、何より立派でかわいい、そしておめでたい。

停車する車に乗り込む女性達、そのまま歩いて帰る女性達が共に行き交い、正直その晴れやかさに心が癒された。


ただ、猛烈な降雪でバフバフの足下の中、皆揃って草履ぞうりで歩いているその姿に、


…かっわいそすぎる…と同情しまくった。


僕の前を歩きだした女性もまた白い草履ぞうりで、こんなコンディションの中傘も無く振袖姿のまま。


あまりの切なさに草履ばかりに視線を送り続けているとその時、女性の振袖から何かが落ちた、、ような気がした。


『あっ、すいませんなんか落ちましたよ…』と言いながらそれを拾い上げる。


それは[meiji板チョコレート]。


『…あ、チョコレートほらハイ┅あっ!、半分ない!』


おそらく食べかけ後オタだったのだろう。

箱の半分が空洞でよじれた状態のチョコを彼女に差し伸べた。


振り返った振袖姿の女性は少し驚きながら小さい裸の手を出し、

「あすいません、あれ?…、チョコ?

ミアのじゃないぃ、えだって持ってきてないんだもん」と僕が友達かのように答える。


『あ”れ? マジすか?…、じゃ、じゃどしよ…かな┅』


僕はチョコレートの行き場と、落ちたように見えた感覚に一瞬困った返事をすると彼女は、


「あ、わたし貰うぅ! ミアが食べますねッ!」


そう言って彼女は、雪をトッピングしたカワイイ笑顔を振りまきながら僕と目を合わせた。


…ええ゛っ‼ 食べんのかい!!…


そう僕は心で咄嗟とっさにツッコミながらも、

『あ…、そうすか…、じゃ、じゃっ…』と返事を返し再び僕らは前後になって歩きだした。


…が、その後家の玄関を開ける頃にようやく気がつくことになる。


……いや┅、あれは、食べるって言うのは彼女がついた嘘で、とりあえず引き取ってくれたんじゃないか!

そうであれば…、あの嘘っておそらく正式に成人を迎えてからついた最初の嘘で、しかもそれって、素晴らしい最適な大嘘じゃないか!……って。


そう気づいた僕は、その可愛く温かい優しい嘘に、女性としてはもちろん、人間性にも惚れちゃうなって、半ば本気で思った。


そしてまた、『成人おめでとう!』、その大切な言葉を送るのを忘れていたことにも気がつき、自分の機転の利かなさに嫌気がさした。



僕らは歩き始めてからまもなく、お互い違う交差点を曲がった。


僕は彼女のような人柄を求めているような気がして、2度振り返って背中を追ったけど、2度目はもう吹雪で見えなくなっていた。


そうして後ろ髪を引かれまくりながら家路を歩いていると、いつの間にかもう自分の家の目の前に辿り着いていた。

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