12話 鞘に納めた剣

「では――行くぞっ!」

「うぉっ!」


 剣を構えたクライスからしなるように放たれてくる剣撃が振り下ろされてくる。

 は、はやいッ――!

 一瞬で間合いを詰められ踏み込みと同時に振り下ろされた剣撃が左肩へと迫りとっさに剣をずらす。


「くっ!」


 すんでのところで剣を構えた防御が間に合い、直撃はなんとかまぬがれた。


「やるな、割と本気で当てるつもりで振ったのだが、防げたか」

「んなわけあるかバカヤロウっ! 体がびくついて腕を動かしたら、たまたま剣に当たってくれただけだっての!」


 ちぇっ、中学の時にカッコよさそうという理由で剣道をかじったから意外といけると思ったけど全然だ。

 その証拠に腕への痺れはひどいし受け止めた自分の剣が肩にめり込んでクソいてぇ……。


「泣き言は聞かん。言っただろう、やるからには本気で稽古をつけると」

「泣き言じゃねぇよ、少し文句言っただけだって」


 ったく、少しは手心を加えてくれたっていいのにさ。けどさっきの剣の振り……マジかよ、あんな風に剣って振れるもんなんだな。

 いいじゃんいいじゃん、稽古を続ければ僕もあれだけ剣を扱えるようになれるってことだろ? 最高じゃんか!


「クロマメさん、楽しそう」

「うふふ、それを見てるカヤちゃんも、すっごく楽しそうだねぇ」

「あ、あぅぅ……」


 赤面して縮こまるラスクの姿が視界の端に映る。いまいちあの子の羞恥の基準がわからないな……。

 それはそれとして楽しいかって? ああ、楽しくて楽しくてたまらない!


「ダメとは言わないが感心はしにくいな、稽古を楽しむというのは」

「そう固いこと言うなよ? 俺はどんなものも楽しんだもの勝ちだと基本考えてるぜ」


 遊びも話も考えからいたる何もかもを楽しみたいってな。


「楽しくなくなったらどうする? やめるのか?」

「そんなさびしそうな質問をしなくても大丈夫だって、クライス」


 楽しくないからやらない? ああ、その通りだ。何が悲しくて楽しくないことをやらなくちゃならない。


「俺は責任とか義務とかいう責務ってのが一番嫌いでね。そういうのがまとわりついた瞬間になんもかんもが嫌になる」

「ふむ?」


 やりなさい、やれ、どうしてやらない……仕事でも遊びでも、そういう御託を並べられうんざりして嫌になること自体はなにも珍しい感性じゃないはずだ。

 だが大半の人はどこかで妥協点を見つけてやれる範囲でやりたいことをして割り切っていけるもの。だけど僕はそれができなかった、だから落ちこぼれた……。


「けど逆にだ。責務がないものなら嫌にならない、どうかすれば好きになることのほうがむしろ多いぐらいなんだよ、俺は」


 要は自分がやりたいと思うこととやらなくちゃいけないと思うことが一致したのなら、多少痛い目に合おうがきつい目に合おうが嫌にならないってことだ。


「屁理屈のようにも聞こえるが?」

「なら――」


 世の中を舐めた甘い考えなのは言われなくてもわかっているけど、それでもやりたいことが今の僕にはあると言い切ってやる!


「行動で示すっきゃないよなぁっ!」


 剣を握る柄に力を込め全身を大きく使い振り下ろす。

 ……こうやって剣を握って打ち合って肩に痛みが走っているというのに、痛みよりも高揚のほうを強く感じる自分を知ったらもう自分に嘘はつけない。

 この世界を生きていきたい! そのためには強くならなくちゃならない! それが今の僕を強く突き動かす〝やりたいこと〟だ!

 剣を握る柄に力を込め全身を大きく使い振り下ろす。


「……構えはいい。振りも、悪くない。しっかりと腰も使った模範的な振り方で申し分ない、が――!」

「ちぃっ!」


 振り下ろしをあっさりクライスに受け止められ弾き返される。

 さすがにちょっとかじった程度じゃダメか……少しぐらいはやり合えると思ったんだけど。


「……どういうつもりだ? ケイヤ」

「へっ、なにが?」


 突然のクライスの困惑とも取れる難しい顔に構え直そうとした剣が下がる。

 はっ……! まさか実は自分でも気づいていない剣の才能的なのが僕にあって、さっきの打ち合いでその片鱗のあまりのすごさに困惑しているとか!

 そうだよ、考えてみればいくら能力をもらわずに来たとはいってもさ、そういう隠し玉みたいなのがあってもいいと思うんだよ。

 そう、次にクライスが言う言葉はずばり! 「今の剣術はいったい!」とい――。


「……お前の剣、軽いぞ」


 え、軽い? 軽いとはいったいどういう……?

 物理的にこの剣が軽いって意味じゃないことだけは確実として、まさか……。


「お、俺の人生が薄っぺらのすかすかだから軽いということかぁっ! ひ、ひどい!」

「兄さんひどーい」

「クロマメさん元気出して! 例えクロマメさんの人生が薄っぺらのすかすかだったとしても、わたしで埋め尽くしてみせますから!」

「たわけっ! 誰もそこまで言っていない!」


 な、なんだ違うのかよかった……ギャラリー2人は微妙に元気づける気があるのか怪しい反応だがそれは置いておくとして。


「……軽いって、どういう意味だよ? 俺は別に手を抜いたつもりはないし、クライスだって構えと振り自体はいいって」

「確かに構えも振りも素人としては悪くない……お前、本気で気づいていないのか?」

「な、なんのことだかさっぱりで」


 どう説明したものかといった様子で顎に手を当てて考えているクライスの姿に冷たい嫌な汗が流れる。


「お前は私に剣を振るとき、ほんの一瞬だが萎縮いしゅくして剣筋が鈍っているのだ」

「なん……だと」


 萎縮しているだって? な、なんで? そりゃ緊張は少ししているけど、どっちかというと興奮とかのほうで……。


「お前のマナスの流れを見ていてわかるのだが。刃が潰れているとはいえ剣だ、その認識がどうも私の命を奪うのではないかと、無意識のうちに躊躇ちゅうちょしているように見える」

「ま、マジかよ……」

「あー、それでさっきからケイヤのマナスがざわついて変だったんだねぇ」


 そ、そうだったのか……自分でも気づかなかったけど、それなら確かに……でも待てよ?


「確かに人を殺す気はないし、したくもないけどよ。本当にそれが萎縮の原因になるのか? 村に来る前、俺は熊を倒すことに躊躇せずラスクと一緒に仕留めたんだぜ」

「クロマメさん、それはきっと……」


 あ、ダメだこれ……自分で言ってて苦しい言い分だって思ってしまう。


「言いたいことはわかるが話がずれているぞ、ケイヤ。お前は熊と人間を同列に見れるのか?」

「あっ……できないです、はい……」


 くっ……ゲームの中ならばっさばっさと斬り払っても全然平気だってのに、やっぱ現実に人を相手に斬り合いをするだなんて、どう自分に言い聞かせたとしてもまったくやりたいという気にならないし嫌だ、怖い。

 でも、これじゃ稽古ができないじゃないか、せっかくクライスと一緒に稽古ができるっていうのに……よし、こうなったら!


「作戦ターイム!」

「認めよう」


 ラスクとアデリーも交えて小さな作戦会議を始める。


「どうやら俺は剣というか……刃物に連なるようなものを使うのがダメらしい。なにかいい案はないだろうか?」


 とにかく考えるんだ……考えればなにかいい方法があるはず!


「あらあら、だったら棍棒とかを使うのはどうぉ? これなら大丈夫だと思うよぉ」

「いい案だ。だが俺は剣を使いたい……いや、この際、剣のようなものでもいいんだけど、とにかく剣が使いたいんだ!」


 つまるところ僕が殺傷性を感じなければいいはずだから、メイスとか棍棒とかの殴打系の武器なら多分大丈夫だとは思う。

 だけどここは拘りたいところで、男の子の憧れと言ったらやっぱり剣なんだよ。


「うふふ、メンドくさくてわがままさん」

「メンドくさいとか言うな」

「ぞくぞくしちゃいます」

「はっ?」


 妙なことを口走ったラスクに視線を向けると慌てて人差し指を立ててきた。


「だ、だったら竹刀とか木刀とかどうです? あれなら剣の形もしていますし、刃物じゃないからいけそうです」

「なるほど! よし、その案を採用だ! この村に竹刀か木刀はない?」

「うーんとね。竹刀っていうのはちょっとわからないけどぉ、木刀じゃなくて木剣なら子供用のがあるよぉ」

「子供用か……さすがにクライスとの稽古には耐えられそうにもなさそうだな……」


 耐久性の面もそうだがそもそもとしてサイズが合わないだろうな。


「仕方ないの、剣は兄さんしか使わないからねぇ」

「そ、そっか……」


 そういえば村の人は鉈を使うってクライスも言ってたっけ。


「いっそ鞘を剣みたいに使うのはどうですか?」

「鞘を?」

「うん、こうやって」


 ラスクが僕の腰に差していた鞘を抜き取り、先端を剣先のようにして構えていく。


「ほら、鞘って剣の形をしているでしょ? 少し握りにくいかもですけど、こうやって見れば剣といえば剣です」

「鞘にはいい材木を使っていてとっても頑丈でもあるの、剣と打ち合っても簡単には壊れないと思うよぉ」


 鞘……剣……木刀……。


「――ッ!」


 その時、電流が走ったかのようなひらめきが僕の脳裏を激しく駆け巡った。


「なるほど……悪くない。いや、むしろそれがいい」


 ラスクから鞘を受け取り右手に持ち替え、暇そうに剣をくるくると回しているクライスに目で合図を送る。


「サンキュー。ラスク、アデリー、おかげでいい案を思いついたぜ」

「えへへー」

「いい目をしてるよ、ケイヤちゃん、がんばってね」

「どさくさに紛れてちゃん呼びするんじゃない」


 作戦会議がまとまり右手に鞘、左手には剣を構えた状態でクライスの前に立つ。


「二刀流、か? 戦い方にとやかく言うつもりはないが、それでは根本的な解決にはならないと思うぞ」

「ちげぇよ、これはな……こうするんだ!」


 おもむろに鞘を持ち上げそのまま左手に構えた剣にはめていく。


「鞘を、剣に納めた?」

「これが俺の〝答え〟だ」


 剣に鞘をはめ込んだままホックで固定し鞘の根元を使って両手持ちをしながら青眼の構えを取る。


「ふざけている……というわけではないんだろうな」

「おうよ、ばりっばりのマジってやつだ」


 抜き身の剣ではダメだが鞘に納めたことで実質鈍器として扱う。我ながらひどい屁理屈なやり方だが、僕自身が納得しているのだから問題ないはず。


「ふっ、面白い。ならばそちらから打ち込んでみろ、伊達ではないかどうかを見極めてやる!」

「今度こそびびって腰抜かすんじゃ――ねぇぜ!」


 隙もへったくれもない真上に大きく振りかぶってからクライスの左肩目がけて振り下ろしていく。

 持ち手側にあった重心は鞘をはめたことで逆転し、剣道で経験した刃の重心を生かした馴染みのある手応えを感じた。


「ぐっ、ぬっ? ふんっ!」


 剣が受け止めたられた直後、クライスは衝撃の反動を利用して身を翻し、こちらの振り下ろしを回避してから距離を離して構え直していく。


「い、今のは……」

「どうだ? 俺のマナスはまだ躊躇しているか?」


 くぅー、鞘の分の重量が結構腕にくるなー。けど、今のは自分でもわかるぞ。


「ふっ、迷いのない、いい一撃だったぞ」

「だろ? なら、このまま勝たせてもらうぜ!」


 間髪を入れずにクライスの脇腹目掛けた右斜め下から振り上げの逆袈裟斬りを繰り出す。


「調子に乗るな!」


 こちらが大きく踏み込んだことで身をずらしての回避が困難と判断したか、クライスは距離を詰めてからの切り払いをしてきた、が。


「くっ……これは、やはり!」

「中々面白い仕組みだろ、これ」

 

 クライスの剣は僕の剣を斬り払うどころか鞘に〝食い込ませ〟ていた。


「この鞘っていい木を使ってべらぼうに頑丈なんだってな、それでもしかしてと思ってね」

「……ッ! そこまで計算していたのか! 剣を鞘に当てればめり込み、そうなれば私の剣を食い込ませて絡め取れると」

「まあね。木である以上は、その頑丈性は鎧のような衝撃を逸らして弾くものではなく、吸収して分散するものだろうから――なッ!」

「くっ!」


 絡め取ったクライスの剣もろとも鞘の分の重量を生かした逆袈裟斬りで押し飛ばしていく。


「まあ、切り落とされたりへし折られる可能性もあったけど、そこはアデリーの言葉を信じたさ」


 そう言ってから視線を向けるとアデリーがピースを返してきた。


「なるほどな……面白い剣術だ。いや、剣術と呼んでいいのか怪しいが、どちらにしてもこんなのは初めてだ」

「俺もだよ、ここまで上手くやれるか正直五分五分ぐらいだったからな」


 それでここまでやれたんなら上出来ってね。けど……。


「これじゃあ勝てないよな、クライス」

「然り。確かに面白い戦い方だろうが、それだけだ。防御には悪くないが相手を打ち倒すにはあまりにも不足と見る」


 やっぱそうだよな。


「えっと、どういうことですか?」

「うーん……多分だけどぉ、鞘を剣に見立てたまではいいけど、それだけじゃただ頑丈な木剣を使ってるだけだから、どうしても決定力が足りないぞってことをケイヤちゃんと兄さんは言いんたいんじゃないかなぁ?」

「ちゃん付けやめろ。ま、そういうこったなわけで、どうしよう」


 アデリーの解説通り、耐久性と頑丈性はいいのだがいかんせん鞘だからなぁ……かといって殺傷性を上げたら本末転倒だし……。

 となると、やっぱ〝あれ〟を狙うしかないよな。

 足を大きく広げ腰を深く落とし腕を引いて剣を腰の裏に回す。


「ほう、その構え方。勝負に出たと見た」


 いわゆる逆袈裟斬りの構えに見えるだろうが、さっきのよりも大きく構えることで僕はある勝ち筋を狙う。


「面白い……受けて立とう」


 勝負に出るためお互いに構えながら膠着こうちゃくし相対する……。

 僕の狙いはずばりカウンター……ゆえにこちらから攻めることはできず相手の攻撃に対して後手に回らないといけない。


「ふぅー……」


 ……集中、ひたすら集中……わずかでも集中を切らせばカウンターは不発に終わり敗北する。


「――――」


 ――刹那、クライスから風のようなものが吹き荒んできたかと思えば、これまでの比にならない速度での斬り下ろしが繰り出されてきた!

 正真正銘の本気の一撃、これを受ければもしかしたら僕は死んでしまうかもしれない――。

 間に合うのか? いや、考えるなァッ!


「うおぉぉぉォォッッ!」


 剣の柄と鞘の根元を両手で握り込みながら地を強く蹴り足を大きく交差させる。

 ほぼ倒れるのと変わらぬ姿勢にするため腰を激しくねじらせ体を横に傾けながら剣を力の限り振り抜けていく。


「クロマメさん!」

「兄さん!」


 クライスの剣が頭部に直撃する寸前、振り抜いた剣が交わった刹那――。


「――ッ! ば、バカな……」


 ガラスとも陶器とも違う鈍く砕け散る音が辺りを包み込む。


「はぁっ……はぁっ……」


 クライスの剣は根元からへし折れ地面に突き刺さり、かなりの衝撃がきたのだろう当人も腕を抑えている。


「や……やった!」


 喜びを体で表現したいが無茶な動きで体中の筋肉や筋が悲鳴を上げていて、う、動けない……。

 今動けば間違いなく筋肉のダメージでえらいことになってしまう。

 だ、だけど、この状況からしてこれは僕の勝ちということでいいは――。


「クロマメさん、すごいです! 素敵です!」

「へっ? って、ぐぉッ――!」


 ラスクが歓声と共に飛び跳ねながら抱きしめてきた。

 う、うごご……幸せな感触に包まれながら筋肉痛と肉離れの痛みがじわじわと同時に襲ってきて、正に天国と地獄。


「あれ? ああっ! クロマメさん、大丈夫ですか!」

「あらあら、これじゃ引き分けってところだねぇ」


 色々な意味でぐったりしてしまった僕に気づいてラスクが膝枕をしながら介抱していく。ああ、頭の後ろから幸せな温もりを感じて、いい……。


「体中をバネとして鞘の分の重量を生かした武器破壊を狙っていたとはな、無茶なことを」

「く、クライス」


 鼻の下が伸びそうになったがクライスの声にハッとして視線を向ける。


「ま、まあな、上手くいったんだからいいじゃないか」


 確信があったわけじゃないけど、僕の願った通りに思った通りに体が動くと感じたからやりきれた戦い方。

 ホント、あのおっさんには感謝してもしきれないよ。


「ふっ、そうだな。今後が楽しみだ」

「おうよ、ただ次は素振りとかの基礎をお願いしたいかな」


 毎回毎回こんな稽古ばかりされたらさすがに体がもたないや。


「考えておこう。さ、次はカヤ、君の番だがどうする?」

「……やります! わたしもクロマメさんと一緒に強くなりたいですから!」


 その返事を合図かのごとくラスクに代わってアデリーに引きずられてから介抱される。


「先に言っておくが、女子供だからといって手心を加える気はない。本気で来い!」

「うん……はい! お願いします!」

「がんばれよ、ラスク」

「カヤちゃんこそ兄さんをぼっこぼっこにしてもいいからねぇ」


 今度は僕が応援する側に回りラスクとクライスの稽古を眺めることになった。

 その後2人の稽古は昼ごろまで続き、ラスクには底知れないスタミナと怪力が発覚することになるのであったとさ。

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