13話 村での仕事、スリンガン
「もうダメだぁ……おしまいだぁ……」
クライスの稽古を終えて数時間が経過した後、僕は地に手をつけてうなだれながら絶望の境地に立たされていた。
「ちょ、ちょっとクロマメさん、大丈夫ですか? 元気出してください」
心配するラスク……なんかニヤニヤして興奮しているように見えるけど、一応心配してくれて、はいるんだよな? は、いいとして、なぜこうなってしまったのかを軽く脳裏によぎらせて思い起こす。
――そう、あれはクライスとの稽古を終えてすぐのことだった。
『稽古はこの時間帯を基本に週2〜3回ペースでやる。稽古がないときは村の一員として仕事をしてもらう』
『へっ? 仕事?』
『そういう約束だったはずだ。村の一員として生活をしてもらうと』
確かにクライスに剣の稽古をつけてもらう条件としてそういう約束をした……したんだけど、生活って仕事のことだったのかよ……。
ふっ、まあいい、今の僕にできないことはない! どんな仕事でもちゃっちゃと覚えてさくっとやってやろうじゃないか!
そうして稽古を終えてアデリーが用意してくれたパンと一緒に肉と野菜のスープで昼食をすませてから、さっそく仕事に取り掛かってしばらくしてから現在に至る、のだが……。
「どうぉーしてこうなったぁっ!」
「まだまだ初日じゃないですか、きっと運が悪かっただけですよ」
「それじゃすまないんだ!」
ちゃっかりラスクが頭を撫でていたようだが気にせず立ち上がる。
「畑作業を手伝えば種植えや耕す順番を覚えられないわ肥溜めに足を突っ込むわだし、
「そそっかしいところありますもんね、クロマメさんって」
「そそっかしいんじゃない、ただ指示をされると無駄にあれこれ考えすぎて動きが固くなるだけだ」
つまり僕に問題はない、ちゃんと指示通りに動こうとしてことごとく裏目に出て変な風になるだけなのだから。
「なるほど、わかったぞ。これだけのことが立て続けに起きたのは、初日だからという理由ではすまないなにかがあるに違いない!」
「なにかってなんですか?」
「ジンクスだよ! きっとジンクス的ななにかが俺を妨害しているに違いない!」
我ながら完璧な考え! これにはラスクも感嘆の声を上げるに違いな――。
「それ、本気で言ってます?」
「い、いや、その……正直ジンクスのせいにして憂さ晴らしをしたかっただけです、はい……」
悪意のかけらも感じないラスクの笑顔に……なんで笑顔なのかはこの際置いておいて我に返ってしまう。
わかっちゃいたけど認めたくはないもんで、ジンクスだなんて戯言をほざいただけ。
「いやね、割とマジでできると思ってたんだよ。異世界とはいえ、熊を倒したりクライスといい勝負できたりと、かなーり自信がついてたんですわ」
壁に手を着いて悩ましげなポーズを取っていく。
異世界に来たことで少なからずの恩恵を得ているのは事実だが、それでも自分の意思や考えで解決できた部分だってあったはずなんだ。
「だから今の俺ならどんなことでもやれると、そう思ってたんだけど……でも、やっぱり無理! いつ怒られるんじゃないかとビクついて、おまけにニートで引きこもりだった俺に仕事なんていう共同作業なんてできっこなかったんだよ! そもそもまともに仕事ができるんだったら、ニートも引きこもりもやってないわバカヤローッ!」
わなわなと体を震わせながらほぼ逆ギレに等しい雄叫びをあげてしまう……あ、ちょっとすっきりしたかも。
「はぁ、はぁ……はぁー……っ……」
どうせなら体だけじゃなく精神的なトラウマも改善してほしかったよ……。
「ははー、やっぱりクロマメさんってニートだったんですね」
「ハッ……!」
し、しまったぁっ! うっかり隠したかったニートで引きこもりなことまで白状してしまった……って?
「ちょ、ちょっと待て、〝やっぱり〟ってどういう……」
「むふふふふ」
おうふ、興奮で変な笑いまで漏れ出しちゃってるよ、この子。
「え……もしかして、バレてたの?」
「ええ、会ってしばらくしてなんとなくでしたけど。でも、そんなこと気にしなくてもよかったのに」
ば、バカな! ちゃんとログイン時間だって合わせてたしログアウトだって休日以外は早めにしていたはず!
ラスク自身が言っているようになんとなくの勘だろうけど、それでもバレていただとぉっ!
「とっても嬉しいです。やっぱりクロマメさんはわたしの思っていた通りの人で……」
「頬に手を当てて、恋する乙女みたいなポーズを取ってもごまかされないからな?」
ていうか薄々と感じてたけど、ラスクの男の趣味ってもしかして……。
「も、もしもクロマメさんが仕事できないダメダメになったとしても、わ、わたしが養いますから心配しなくても大丈夫ですよ?」
それ見たことか! この子いわゆるダメな男が好きなタイプだ! ということは僕をダメな男として見ているってことかよ!
「さあっ、クロマメさん! 心配なんてせずに存分にダメダメになりましょう!」
ぐいぐいと迫ってくるラスクに気圧されてしまう。
くっ、ここはなんとか少しでも……そう、僕がダメではないというか、思ったよりも真っ当というところを見せて評価を変えさせないと。
「ら、ラスク、実を言うとだな。俺は酒も飲まなければ賭博やタバコもしないし、もちろん女遊びなんかしたことすらないんだ……」
迫るラスクの肩を掴んで離しながら挽回のような自分でもよくわからない説明をする。
とにかくどういう風でもいい! これで少しはラスクからの僕を見る目も変わって……。
「はぁ、はぁ、いい! いいです! お酒もタバコも賭け事もしないのにこの体たらく……や、養いたい! そ、それに、ああっ……! もしもクロマメさんの
ないっ! ていうか悪化したっ! ダメだこの子、早くなんとかしないと!
自分の体を抱きしめてもじもじとくねらせるラスクの姿に、彼女の興奮が限界に達したのだとイヤだけど察してしまう。
「く、クロマメさん! 今からでもこの世界でニートになりましょう! わたしがこの身を捧げてでも一生養い続けますから!」
ちょっ! こ、興奮したからっていきなり組みかかってくるか普通っ!
「うぐぐッ! そ、そうはいくか! いくらなんでも異世界に来てまで養われるのはナシ――って、あだだだだッ!」
取っ組み合いになりなんとか応戦するも体が悲鳴を上げ押されていく。なんだこの怪力! このちっさい体のどこからこんな力がっ!
「むふふ! さっきクライスさんとの稽古でわかったんですけど、わたしってすごい力持ちみたいなんですよ!」
「だ、だからって俺で実践するんじゃない! は、離せーッ!」
い、いかん! このままではラスクに襲われてしまう! だが僕だって簡単には負けん、最後の防波堤だけでも死守させて――!
「えーっと、なにやってるのぉ?」
「あ、アデリー……」
「アデリー、さん……?」
たまたま通りがかったか声に気づいてやってきたか、なんにしてもアデリーがやってきてくれたことでひとまずはこの騒動は落ち着くことになる。
もっとも、さすがのアデリーもちょっとだけ引いているような、そんな表情をしていたことにだけ目をつぶれば、だが……。
「――と、いうわけなんだ」
「ぷ、ふふ……なるほど、ねぇ」
広場で小休止しながらアデリーにかいつままんで事情を説明した。
腹を抱えながら笑いを我慢している姿に目を細めてジト目になってしまう。
「ごめんごめん、そんな兄さんみたいな怖い顔しちゃやーよ?」
「へいへい……それでさ、なにかいいのないかな?」
「わ、わたしは今のままでも別に問題は――きゃんっ!」
まだ興奮が残ってもじもじしているラスクの顔面に手を当てて黙らせながらアデリーの案を期待する。
「だったら、狩りとかどぉう?」
「狩り?」
「そそ」
アデリーが立ち上がると背負っていた弓を構えて見せてくる。
「ケイヤちゃんもカヤちゃんも、事故とはいえ熊を狩った経歴があるんでしょぅ? なら狩りの適性は十分にあると思うよぉ」
「ちゃん付けやめろ。しかし、なるほど狩りか……悪くなさそうだ」
「むーむー」
ぱたぱたと手足をばたつかせるラスクを尻目に思案する。
……元の世界でも猟友会とか存在していたが、それでも狩りというものは基本個人でやるもので連携はあっても共同作業とは言い難い。
狩れる狩れないかは完全に自己責任で補償なんかもないし危険で安定性もないが、自分の周りを優先的に意識すればいいから考えようによっては気楽とも言えるんじゃないか?
少なくとも僕からすれば集団や組織全体の流れを意識するよりかはかなりマシなように思えるし、なによりやってみたい。
「今から狩りに出るの、気があるならついてきてもいいよぉ」
「ああ、ぜひ頼むよ」
「そうこなくっちゃ」
「おっ……」
こちらの返事にウインクを返してくれるアデリーにほのかにときめいてしまう。
ちょっと変わった子だけど、こういう面はすごく正統派なんだよなアデリーって。
「ぷはっ! だったらわたしも狩りに行きます!」
押さえていた僕の手を掴んで退けながらラスクが口を開いた。
「ラスクは他の仕事もできたんだから、無理に狩りをしなくてもいいんじゃないか?」
ちょっと意地悪な言い方だったかもしれなかったかな? だけど事実、ラスクは僕と違って村での仕事は問題なくこなせていたから、あながち間違ったことは言っていない。
「それはダメです! そりゃ、ダメなクロマメさんは素敵ですけど、一緒に仕事ができるのでしたら、わたしもやぶさかではありません」
「ダメな俺はやめろ。と、いうわけなんだけど……2人一緒でも大丈夫か?」
「ふふ、大丈夫よ」
微笑ましいものを見るかのようにニコっと笑みを見せてくれるアデリー。
「それじゃ、日が落ちないうちにさっと行こっか」
「うい」
「お願いします」
かくして教官アデリーの指導の下、僕たちは森へと向かったのである。
時間にして昼過ぎ――狩りに出るには少々遅い気もするが、あくまで今回は狩りの空気を知るのが目標で遅くなる前に戻れば問題はない。
「変わらずの、森だな」
しばらく歩き続ける景色に、この世界で目覚めた時と同じ様子で当たり前の感想が漏れてしまう。
「うふ、それじゃぁ、面白いものを見せてあげる」
「ん?」
先導していたアデリーが背中越しに視線を向けてくると、くいっと顔を動かして合図を送ってきた。
合図の意図を汲んで視線の先を見ると黄色い一輪の花が見える。
「わあっ、綺麗な花」
「この花は?」
花に近づきながら観察をしていく。
形状としては少し小さいけどすぼんでいる状態のチューリップに見えるけど、なぜか木から生えているせいでなんだか場違いな異様さを感じる。
「これは
「へー、変わった生態をしてるんだな」
「今は開花終わりの時期でもあるから、うかつに触っても種が飛び出すから気をつけてねぇ」
「えっ!」
見ればラスクが花に触れようとしており、アデリーの言葉に縮こまりながら僕の背後に回ってきた。
「しれっと俺を盾にするんじゃない」
「これはクロマメさんに甘えようとしているだけで、決してそんなつもりはないです」
「だったらちゃんと目を見て言え、ったく」
「うふふ、開花終わり前の種を取り除くのには、コツがいるんだけど……」
アデリーが腰からナイフ……いや、鉈か? 取り出した刃物で花びらの根元部分を器用に切り落として、おそらく種と思われる丸いものを摘んでいく。
「一度花から取り除いてしまえば、強い衝撃を加えない限りは破裂しないの。ほら、近づいて見てごらん」
「ほうほう」
「……思ったよりも大きいんですね」
手招きされるがままにアデリーの手の上にある種を観察する。
ひまわりやアサガオのようなのを想像していた花の種とは違い、かなり厚めの茶色い皮で覆われて突起があり、印象としては茶色く乾燥してガチガチになったオタマジャクシという微妙にキモいのをイメージしてしまった……。
「皮の中に種子があって、この突起に一定の圧力が加わると、厚い皮が大きな音と共に割れて中の種子が飛び出すってわけなの」
「ふむふむ」
「い、痛そうですね」
「そぉねぇ、なにせ種子自体も頑丈で、割れた衝撃で飛び出した種子が別の木に刺さるくらいなの」
「それで木から生えているわけか……」
危なかっしくて奇妙な生態ではあるけど面白いな。僕は学者じゃないからどうしてそうなったのかまで詳しく調べる気はないけど、こういう不思議な生態に興味が湧いて調べる気持ちは少しわかる気がする。
「でねぇ、この種には使い道があって……はい、ケイヤちゃん、カヤちゃん、これあげる」
アデリーが鞄からごそごそとなにかを取り出してこちらに手渡してきた。
「ちゃん付けはやめろ。って、これは?」
横向きのアーチ状に取り付けられた細い材木に弦が張られており、要所要所を動物の革で補強されたそれらが板の上に乗せられてベルトが垂れ下がっている。
「なんでしょう? ベルトのようなものが付いてますから……腕か足に付けるものでしょうか?」
一見するとクロスボウに酷似しているがあれよりも2回りは小さく両手で持つには不向きそうだ。
所々に切れ目のようなものも見え折りたたみ式で携帯性を重視した造りなのだろうことも推測できる。
え、なにこのカッコいいの、もしかしてもらっていいとかだったり?
「これは〝スリンガン〟って言ってね。クロスボウを小型化して携帯するために造られた道具なの」
「〝スリンガン〟!」
なんだ、そのロマン溢れるものは!
見れば弦は3本のスライダー式になっており、突起を引っ張ることで弦が1本ずつ引かれ発射するときに3本いっぺんに弦がしなり射出する仕組みのようだ。
「なるほど……これなら弱い力でも1本ずつ片手で引いていけば発射ができるわけか」
「興味津々ですね、クロマメさん」
「見ただけでそこまでわかるんだ?」
「え? ま、まあな」
別に理由なんかなかったけどこういう道具とか武器とかの構造が好きで、よくネットの記事とかで見てたんだよな。
「まずは利き手とは反対側にスリンガンをベルトでしっかりと固定して取り付ける」
「ふむふむ」
「ベルト式だから、ある程度はサイズに融通が利くんですね」
アデリーに倣いながらスリンガンを左腕に取り付けていく。
折りたたんだまま取り付けることができ付けてみれば案外籠手のようにも見え、展開すると握り用の持ち手も現れ思ったよりも安定して狙えそうだ。
今さらではあるがアデリーは左利きらしく、スリンガンを右腕に付けている。
「次に弦の横にあるつまみを掴んで、手前に〝カチッ〟と音がするまで引っ張るの」
「3本あるから、この工程を3回するわけか……」
「引っ張るの自体は楽ですけど、少しだけ手間がかかりますね」
「だな」
片手でも楽に引けるとはいえ工程の都合これだと連射力が落ちそう、か。
「で、ここにさっき取ったオウライカの種を置いてぇ」
ん? 矢じゃないものを乗せるんだったら、それクロスボウじゃなくてパチンコなんじゃ?
「持ち手の握り側面にあるボタンを押したらぁ、発射――!」
「うぉっ!」
「きゃっ!」
ガシュッ!という鈍い音と共に種が射出されると、数メートル先の木にぶつかって雷が落ちた瞬間のような轟音を発しながら、目を眩ませるほどの激しい閃光が炸裂した。
「どぅお? 中々のものだと思わな――」
「ぐぁぁっ! 目がっ! 目がぁっ――!」
「ひ、光があふれて……す、彗星が弾けてぶわぁーっとします……」
アデリーが得意げになにか言っている気がするが、種から発せられた光に僕もラスクもやられて大げさだがもんどりうってしまう。
「あらあら、うっかりしちゃった」
少しずつ目の奥に残る光が治っていく中、あれ……この道具ってもしかして使いものにならないのでは?と僕はふと思うのであった……。
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