11話 馬小屋の朝、稽古前のゲーム
「ん……んぅ……」
まぶたの裏から明かりが差してきた反応で目が覚める。
「ふぁーぁ……ああ、そっか……馬小屋か」
シーツが敷かれた藁の上と毛布を被った簡易的な寝床に自分が馬小屋で寝泊まりをしたのだと思い出す。
「ラスクは……まだ寝てるか」
隣で体を丸めて寝ている少女に視線を向けると気持ちよさそうな表情をしている。
「……ちょっとぐらいならバチは当たらないよな?」
魔が刺した僕はラスクの頭に手を当ててそっと撫でていく。
さらさらとした髪の質感が手から伝わり改めて触ってみるとふわふわな髪質でなんというか幸せな気分になる。
「起きたら間違いなく変質者扱いだな……」
それでもなんというか……こんなにかわいい子が無防備に隣で寝ているのを目の当たりにして、何もしないというのも男としてどうなの?って感じで。
いや、それでやっていることが頭を撫でるっていう微妙にヘタレというか、かえって変態的な気がしなくもないのがなんともなのだが……。
「ふふ、そんなことしませんよ?」
「…………」
頬を赤らめながらぱっちりと開いたラスクの瞳がこちらを見ていて目が合い滝のように汗が出てくる。
クッソ! シチュエーション的には激萌えだってのに、積み重ねてきたヘタレ魂からの拒絶反応で目線が泳いで小刻みに体が震えてしまうッ!
「こ、これが
「ちちちち、違うわ! 断じて違う! ただ頭を撫でてただけだっての!」
上ずった声で弁解していく、それもそれでどうよと自分でツッコミたくなるけど変な誤解を受けるよりかはマシだ!
とりあえずまずは手を離して落ち着こう。うん、落ち着け僕。
「で、でも、一つ屋根の下で男と女が一緒で何も起こるはずがないってネットで見たことがあります」
「どこでそんなもん見た! 腐るからそんなこと忘れなさい!」
余計な知識をッ! でもこれでわかったぞ。この子の変な知識の出どころはネットってことか!
「まったく、ネットの情報なんて一部の知識以外はほとんどデタラメだって思えよ。それが通るんだったら、泊まり込みとか毎日えらいことになるだろうが」
「それもそうですね」
よーし、ひとまずは納得させられたか。しかしこの調子ではではいつか僕の理性が暴走しかねんし、どうかすればこっちが襲われかねないのでは……。
いや、ラスクはかわいいしとてもいい子でものすごく魅力的でさ、本人に言うとややこしくなりそうだから言わないけどむしろ好きなほうなのよ。
ただ僕はボーイミーツガールで粛々と関係を築き上げるのが好きな面倒くさい男で、急転直下レベルでの関係性も別に嫌いではないけど趣味じゃないし、それどころか襲ったり襲われたりなんかは論外ってもんだよ、これが。
まあ、僕も男だから? 時にはあやかってしまうこともあるかもしれないけど、それそれこれはこれ。
「ふふ、クロマメさんって思ったよりも顔に出るんですね? なんだかクロマメさんって、本当にクロマメさんって感じですよね」
「なんだそりゃ? 俺は俺に決まってるだろ。それよりかさ、散歩に行こうと思うんだけど一緒に来るか?
ラスクが起き上がっていくのを横目にポンチョを羽織って後ろ髪を結っていく。
「うん、もちろん行きます」
うきうきとした様子でラスクがテキパキと身支度をすませ、僕たちは馬小屋の扉を開けて日差しの満ちる村へと出かけていった。
「うぉー……空気が澄んでいるっていうのかなー、なんかめちゃくちゃ気分がよくて気持ちいいわ」
「森の空気もよかったですけど、村は村でまた違った空気なんですね。なんていうか木の暖かい匂いがします」
おそらく木屑や建物に使われた材木の匂いなのだろう、大きく伸びをしながら深呼吸をすれば木の匂いに混じった綺麗な空気が体中を駆け巡って喜んでいるような気分になる。
体自体の調子がいいのもあるんだろうけど、こんなに清々しい気分で朝を迎えたのは初めてかもしれないな。
「そういえば昨夜言ってましたけど、今日はクライスさんと剣の稽古をするんでしたっけ?」
「ああ、とはいえさすがに稽古まではまだ時間はあるだろうし、少し村の中を見て回ろうぜ」
日差しの向きからしてまだ朝の7時ごろと予想。具体的な時間は決めていないけど、朝食やらをすませて少し時間をおいてから稽古とかは始めるはず。
なら少し時間を潰してから馬小屋に戻ればちょうどいい感じになるかもしれない。
「ですね。せっかくですし、私も稽古してもらおうかなー」
「いいじゃないか、クライスに頼んでみようぜ」
ラスクも一緒に強くなれるなら願ったり叶ったりだ。
「おっ? あの子は確か……」
少し村の中を見て回っていると、ベンチや台が置かれた広場のようなところで数人の少年少女の子供たちが集まっているのを見つけ、昨日ゲーム機を持っていたクソガキそうな子供もいる。
「よっ! なにしてんだ?」
気さくな兄ちゃん風に装いながらさわやかな挨拶をする僕、うん、流れは完璧だな。
「なんだよ、おっさん。昨日のよそ者じゃんか」
「お、おっさん……」
「言われちゃいましたね、クロマメさん」
おっさん……おっさんかぁ……。
確かに29だけど……ていうか昨日は兄ちゃんって言ってくれてなかったか? はぁ……。
色んな意味で気にしてないのかラスクはむしろ笑顔で僕の様子を楽しんでいるようだ。
「ルドル、よそ見してると!」
「あっ!」
クソガキのほうはというと、どうやら昨日と同じくゲームをしていたようでミスをしてゲームオーバーにでもなったってところか。
「もう! おっさんが急に話しかけてくるからやられちゃったじゃないか!」
「ああ、いや、悪い悪い。だけどできればおっさんじゃなくて、お兄さんって呼んで欲しいんだけど?」
「えー……そっちの姉ちゃんはいいけど、おっさんはなー」
そこまで面倒くさそうに反応しなくていいだろうに、ったく。
「ところでそのゲームさ、ちょっと俺にもやらせてくれないか? これでも俺、結構な腕前があるんだぜ?」
「ホントかよ? でもゲームって子供がやるものだって父ちゃん言ってたぞ?」
「うぐっ!」
くっ、ぐさっとくることを平然と……。
「そ、そんなことはないさ、美味しいものとか大人も子供も食べるだろう? それと同じで、遊びだって楽しければ子供でも大人でも関係ないのさ」
「そうですよ、わたしだってゲーム好きなんですから」
「ふーん」
いいぞぉ、子供特有の気の無さそうで実は興味が出ている反応だ、これは。
「じゃ、いいよ。おっさんやってみなよ」
「お、サンキュ」
どれどれ……うん、カートリッジ式ではあるけど、見事に白黒濃淡でしか描画されていないレトロなゲーム機だ。
ただ白黒画面にしては妙にくっきりしているし画面自体が発光しているのかやたら見やすい気がする。
「それにしても古いゲーム機ですよね。私の子供の頃には無かった気がします」
「そりゃそうだ。下手したら俺が子供の頃にさえあったかどうかの代物だよ、こいつは」
だけどこのゲームには覚えがある。親が持ってたのを小さい頃にやって、最高難易度をノーミスノーダメージクリアするまでやり込んだゲームに間違いない。
「確かコマンドは……こうだったか?」
「えっ!」
よし記憶通り、これで最高難易度のエキストラモードになったはず……ていうか仕様までまったく一緒なのかよ。
「え、おっさん今なにしたの!」
「画面が変わった!」
「すげー!」
「ふふん」
子供たちのざわめきに気がよくなる。いやぁ、我ながらすげえドヤ顔して大人気ないなとは思うけど、こうやって注目を浴びるのはやはり気分がいいっていうか楽しい。
「もしかして隠しコマンドってやつですか?」
「ああ、久しぶりすぎてブランクはあるだろうけど、まあ見てろよ」
華麗……とは言わないまでも中々のプレイさばきを披露し、「すげー!」、「おー!」といった子供たちの感嘆の声を聞きながら、なんとかノーミスでクリアすることはできた。
「ま、まあ、ざっとこんなところかな」
「クロマメさんすごいです! こんな難しいのをいきなりクリアできるなんて」
「ふっ、まあな」
とはいえ面白かったな。たまにはこういうレトロなゲームも悪くない。
「兄ちゃん兄ちゃん!」
「ん? なんだ教えでも請いたいのか? だが残念だが、こういうのはひたすらプレイしまくって覚えるしかないもので――」
「違うって! ハイスコア取ったんだから名前入れろよ」
「あ、そうか。ハイスコアね、うん、えーっと、2位か」
昔のゲームよろしく3文字の英文字で羅列されていくスコア順を眺めていると、一番上の1位の文字列に目が止まる。
「S、G、R……」
「知ってるんですか?」
「あ、いや、ちょっとね」
その下に
「ほい、楽しかったぜ、あんがとな」
「ケイヤか?」
「あ、クライス?」
「おはようございます」
「あ、ああ、おはよう」
きょとんとした様子のクライスと隣にはアデリーが立っていた。
「馬小屋に誰もいなかったから探してたの」
「ちょっと散歩をしていてね。わざわざ呼びに来てくれたのか?」
「様子見もかねてのことだ、気にするな――」
「兄さん、朝からずっとそわそわしてたの。面白いでしょ?」
「ぬ……余計なことを言うな」
そっぽを向くクライスの様子にラスクもアデリーも笑みを浮かべる。
「とにかく約束通り稽古をつけてやる。ついて来い」
「ほいほい」
すたすたと早歩き気味に歩き始めるクライスの後に続く。
「あ、おっさん! 名前教えろよ」
まーだおっさんと呼んでくるクソガキの声に振り向いてから答える。
「おっさんじゃない、ケイヤだ。どうした?」
少し照れくさそうにしている様子を見守っているとクソガキが口を開いていく。
「……また遊ばせてやるから、次も来てくれよな、ケイヤ兄ちゃん!」
「お? うい、あんがとよ!」
子供たちに手を振ると子供たちもそれに応えてくれて、なんだかとても悪くない気分になりながら引き続きクライスと稽古の場へと向かっていった。
「ここは?」
広場から少し数分ほど歩いたところで足を止める。
丸太を藁で包んだ傷だらけのカカシや鉈や手斧が積まれた山があり、中々に物々しい。
「鍛冶場の裏庭だ。完成品の試し切りをしたり、失敗品を保管しておくのに使っている」
「兄さんはここで剣の訓練をしたり、アタシも弓の練習に使ったりしてるの」
「へー」
なるほど、確かにここならすぐに武器の調達もできるし稽古にはうってつけってわけか。
「あ、あの……!」
「なんだ?」
裏庭の様子を見ているとラスクが突然大きな声を上げた。どうやらクライスに向けたもののようだ。
「わ、わたしにも剣を教えてください!」
「いいだろう」
「即答!」
僕のときはあーだこーだとあったのにそりゃないんじゃないかクライス。
「ただし、ケイヤが先だ。ケイヤと私の稽古を見て、それでも習いたいのだというのなら教えてやる」
「うん、わかりました!」
ああ、そういう……まあ、ここで色々と言っても仕方ないからいいけど、なんだか釈然としないなぁ。
「クロマメさん、稽古がんばってください!」
「うい、気張らない程度に頑張るよ」
っと、その前に……。
「ところでクライス、なんか食い物持ってない? 実はまだ何も食べてなくてさ」
「お前というやつは……」
「いやぁ、めんごめんご」
おどけた調子に頭を抑えて呆れているクライスが懐から何か袋のようなものを取り出し、こちらへと放ってくる。
「これは……木の実?」
「それは〝ワクの実〟といってな。栄養価がとても高く、軽く煎ることで貴重な保存食になる。5つほど食べれば数時間はもつ」
楕円形でしわしわの皮が付いた見た目は、イメージとしては小さめのアーモンドって感じだ。
「本来は冬の時期や長期の狩りなどで口にするものだが、今回は特別だ」
「サンキュ、さっそくいただくぜ」
どれどれまずは一粒。
「お、軽く煎ってるからか結構香ばしいな。ボリボリとした食感もなんかクセになる」
「食べたらカヤにも渡せ。あの子も食事はまだなのだろう?」
「え? えへへ」
照れて恥ずかしそうにしているラスクに袋を渡し、クライスの前に立つ。
おっ? 満腹感とは違うけど空腹感は無くなった気がする。
「よし! いつでもいけるぜ」
「ならばこれを使え」
こちらの返事に応えるようにクライスがなにかを投げ渡してきた。
「おっととっ……! これは、剣?」
クライスから投げ渡されたのは鞘付きの剣。
「村では基本的に鉈を使うのだが、鍛治の者に頼んで剣も作ってもらっている」
長さは僕の身長の半分より少し長い程度で刃渡りの部分だけで見れば60センチぐらいか、持ち手は短く両手で持つには適してなさそうに見える。
「失敗品の刃を潰したなまくらだが、腐っても鉄製だ。当たっても死にはしないだろうが、それ以外は保証できん」
要はめちゃくちゃ痛いってことね。やだなー、痛いのは……でもこれぐらいの緊迫感を乗り越えられないようじゃ、おっちゃんを超えるなんて夢のまた夢。
「怪我してもアタシが魔法で治してあげるから、遠慮なくやられても大丈夫だからねぇー」
なにが大丈夫なのかさっぱりわからないし、痛いの自体はごめんなんで遠慮なくやられてたまるか。
「と、ところで、怪我って言ったけど、どれぐらいの怪我までなら治せるんだ?」
「そうだねぇ、肉体が残っているならバラバラになってもなんとか……即死も数十秒以内で原型が残っているなら大丈夫」
ああもうグロいグロい! 聞かなきゃよかった。
「そういうわけだ。私も手を抜く気はない、殺すつもりでかかってこい」
「へへっ、意外と俺が強いかもしれなくてびびんじゃねぇぞ!」
鞘から剣を抜き構える。お、おおっ! いい! いいぞこの感覚!
正直剣より魔法派だしシチュエーションも少し微妙だけど、それでも剣だ! 僕は今、剣を握っているんだ!
「クロマメさんがんばって! 怪我したらわたしがつきっきりで看病してあげますから!」
「がんばれケイヤー、兄さんをけちょんけちょんにしちゃえー」
なんとも言えないギャラリーの声援になんとなくクライスが不満そうに顔をしかめたように見えた。
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