8話 村と自販機
まず感じた第一印象は牧歌的。アスファルトの道路なんてものはなく、土をそのまま綺麗に舗装しただけの道が家屋の間を通るように伸びている。
「ここが、アデリーの村」
村の人たちはアデリーと同じく金の髪で耳が尖っており麻や布で編まれた衣服を着用し、中にはケープのようなものを羽織っている人も見える。
そうして比べてみるとアデリーの格好は周りに対して若干浮いているな、もしかしたら村のデザインじゃないのかもしれない。
建物はどれも木造りでやはり森の木材を使っているのだろうか? 大木を支柱にしたツリーハウスのようなものまであるぞ。
丸太が大量に並べられた製材所のようなものもあり、水車の回転を利用したノコギリで割っていくのが見えて面白そう。
「のどかでいいところですね」
「だな」
自然的でゆったりとした時間の流れを感じさせる空気に、経験も記憶にもないはずの懐かしさのようなものを覚えるほど。
肉を捌く人、皮をなめしている人、藁を編んでいる人、炉で熱して鍛治をしている人、家畜の面倒を見る人、田畑を耕している人、鬼ごっこをして遊んでいる子供など様々。
自分たちのペースで必要だからやっているという風に感じ、義務感や押し付けられる責任感のようなものを感じられない。
人によってはやりがいのない退屈な生活に見えるかもしれないが、ぱっと見た今の僕の心境的にはかなり〝あり〟寄りの生活に映った。
「それじゃぁ、どこから案内しよっか?」
「クロマメさんにおまかせします」
「そうか? そうだなぁ」
こういうときってまずはどう動くのがベターなんだ?
とりあえず服だけでも整える? いや、その前に村の代表に挨拶だろうか? いやいや、別に僕らはただの来訪者で有力者ってわけじゃないんだ、そこまでする必要はないのでは?
「うーん……」
「うふふ、ゆっくり考えていいからねぇ」
個人的には製材所も気になる。水車を利用しているとは思うけど本当にそうだろうか? 武器が欲しい僕としては鍛治も気になるところだが田畑でどんな作物を育てているのかも気になるし、ちょっと怖いけどツリーハウスも見てみたいし鶏のような家畜とも戯れてみたいわけで、実に悩む……。
「ク、クロマメさん、クロマメさん」
「ん?」
裾をくいくいと引っ張られたかと思うと、ラスクがなにかを指差している。
「あ、あれ……」
「は……? なんであんなもんが」
「あれって、やっぱりあれですよね?」
あまりにもこの牧歌的な村に不釣り合いすぎるものが鎮座していた。
無機質な長方形の金属の塊、上半分にはケース越しに缶に入った飲み物が陳列されており、下半分には商品を取り出すための口がある。
要は自販機。自販機のくせに村の一部として生意気にも溶け込んでいるのだ。
「ていうか動いてんのかこれ? ただの置き物だったりして」
「なんだか意外と年季が入ってる気がしますね」
近づいて観察してみると設置面の苔の生え具合からしてそれなりに年月が経っているのがわかる。明滅している様子から動いてはいるようだけど……。
「あ、出てきた……」
「ちょっとクロマメさん、なんでもかんでもほいほい触っちゃダメですって!」
「いや、何も入れずに出てくるとは思わなくてさ」
出てきた赤いラベルが特徴の缶のつまみを引っ張ると、プシュッという音が鳴りそのまま口にする。
くぅーッ! たまらん! この炭酸の刺激と甘み! よく冷えてて喉が渇いていたから潤う潤う。
「えー……飲んで大丈夫なんですか?」
「村のみんなも飲んでるんだろ? だったら平気だろ」
「あ、それもそうですね」
しかしまさか異世界でジュースを飲めるとは。
そういえばおっちゃんは醤油を持ってたっけ……ということは全部――。
「お、おいおい、マジかよ!」
ふと近くの岩に腰掛けて夢中になっている子供たちを見てぎょっとした。
自販機だけじゃない、持っている筆箱ぐらいの大きさの物体にも見覚えがあり近づいてから横目で見て確信する。
「ゲームじゃねえか!」
白黒の濃淡のみで表現されたキャラや文字が映し出された画面。相当昔のレトロだが親が持っていて子供の頃に遊んだことがあるゲーム機に間違いない。
「なんだよ、兄ちゃん! 今はオレがやってるんだから順番守れよ」
「ああ、悪い悪い」
僕の挙動不審な態度に怪訝な表情を向けてくる少年。まだ12歳前後ぐらいの怖いもの知らずのザ・クソガキって感じだが、個人的にはこういうヤンチャな子は嫌いじゃなく、得てしてこういう子が人を引っ張ったりリーダーシップに向いていたりするんだよな。
順番を守ればいいらしいし後でやらせてもらおっと。
「あらあら、やっぱりゲームってあれのことだったの?」
「ん? ああ、俺たちのとは違うけど、一応ああいうののことだな」
「でも、どうしてあんなものがここに?」
それだ。文明人気取りになりそうであまり好きじゃないが、どう考えてもゲームや自販機がこの村に似つかわしいものとは思えねえ。
まあ、メイドインジャパンや某ゲームメーカーのロゴが入っている時点で察しはつくけど。
「あれはねぇ、〝転移人〟が村に置いていったものなの、自販機っていうのもそうなんだってぇ」
「やっぱりか、それにしてもレトロな……」
「電気とかはどうなってるんですか?」
「原理はアタシもわからないかなぁ、ただ日が経てば中の飲み物もゲームの充電も補充されてるの」
多分、そういう能力をおっさんからもらって自販機やゲーム機のコピーでも作ったんだろうな。
へへっ、異世界に来てまでゲームがしたいだなんていい趣味してんじゃねえか。
「戻ったか、アデリー」
「あ、兄さん」
「兄さん?」
若い声だが厳格さと強い意志をかもし出す声が聞こえ、視線を向ければ声の主と思われる男が立っていた。
目線の高さ的に僕よりも一回りぐらいは背が高く、自然の中で鍛え上げられたと思われる体躯は均整の取れたしなやかな体つきをしている。
兄というだけあってアデリーと同じ金の髪だがウェーブがかって肩まで伸ばしており額にはバンドをはめてやはり耳は尖っていて長い。
わずかに装飾のある服装から村の有力者なのだろうか。
「……この者たちは?」
耽美だが鋭い目つきをしておりかすかに眉根を寄せているように見える。
「森で出会ったの。村を探してたみたいだから連れてきちゃった」
「ども」
「アデリーさんにはお世話になりました」
「そうか……お前たち、〝転移人〟だな?」
うっ……やっぱり微妙に歓迎されてない感じか?
いっそしらばっくれる? いやいや、ここは正直に言わないとますます面倒なことになるだけだ。
「あ、ああ、そうだけど?」
「やっぱりまずかったでしょうか……?」
「そんなことないよぉ、ほら兄さんってしかめっ面で怖いでしょ? だからそう見えるだけ、ね? 兄さん」
「う、うぬ……」
うーん、この兄妹の力関係がなんとなく接せたぞ。
まあ、男がむやみやたらに威張り散らかされているよりかは、少し尻に敷かれているぐらいが好感が持てるな。
「まあいい、アデリーが認めたぐらいだ。それにお前たちのマナスから大きな力は感じられない」
「そのマナスっていうのはそもそもなんなんだ?」
「道すがら説明をしてやる。ついてこい〝転移人〟」
「敬哉だよ、俺の名前は」
何かにつけてまとめてかかる物言いにちょっとだけむかっとするな。
「あ、わたしはカヤです。よろしく、です……」
「兄さん」
アデリーの視線に観念したような様子を男が見せてきた。
「……私はこの村の次期長、クライス。先の態度は申し訳ない、次期長としても1人のスピ・ラ・カーナとしても不適切だった、すまない、ケイヤ、カヤ」
「あ、いや、そりゃ少しはムッとはしたけど、そこまで気にしてないって!」
「そ、そうですよ、そんな頭下げないでください……!」
突然の謝罪の言葉と頭を下げてくるクライスの姿に、僕もラスクもどう対応していいのか困惑する。
「えっと……そうだ! スピ・ラ・カーナって?」
「む? そうだな……それも含めて村の案内がてら話そう。その様子では、お前たちの寝床も必要になるだろうしな」
「あ、ああ、そうしてくれると助かるよ」
なんだか急に親切になるもんだから調子狂う……まあ、おっちゃんの言っていた通りちゃんと話せばいい人たちなんだろうな。
「兄さんって、こう見えて村一番の剣士でもあるの」
「へー」
「こう見えては余計だ。それにもう30年近くはまともに剣を振るっていない」
クライスに村の案内をしてもらいながら話をする。
剣士か……機会があったら剣の稽古をお願いしてみようかな……ていうか30年? えっ、こいつ歳いくつよ。
「つかぬことを聞くけど、クライスっていくつなんだ?」
「歳のことを聞いているのなら、先月で98になる」
「98! お、おじいちゃんじゃん……」
「とてもそうは見えません。まだ20代ぐらいに見えます」
耽美な外見ではあるがかもし出す雰囲気から若くても20代前半ぐらいだと思ってたけど、まさかの98とは……。
「アタシたちスピ・ラ・カーナは精霊の民と言われる種族で、帝都とかに住んでるヒトと比べてとても長命でマナスの扱いに優れてるの」
「〝転移人〟……私たちは〝エイオス〟と呼ぶお前たちは〝エルフ〟と呼ぶこともあったな」
「はは……やっぱそういう反応する人もいるよね」
イメージしやすいからついつい言いそうになってしまうけど、ちゃんと名前があるんだったらそっちで呼ばないとな。
「でも不思議だよね。アタシたちに似た種族が他の世界にもあるなんて」
言われてみればそうだ、なんでだろ?
いや……いまさらだけどなんで言葉も通じてるんだ?
それにおっちゃんだってそう、なんで僕たちとほぼ変わらない人間の姿をしているんだ?
なんか当たり前に当たり前すぎて今まで気にも留めてなかったけど、よくよく考えたらこれっておかしいことなんじゃないのか……?
でもそんなことを言ったらそもそも異世界に僕らが転移したこと自体がありえないわけで、そんなことを考えること自体が無粋で野暮ってものなのかも……。
「うふふ、ケイヤってよく考えるよね」
「え?」
いかんいかん、案内してもらっているのについ考えに耽ってしまっていた。
「でしょ? だから頼もしいんですよ、色んなことを考えていつも助けてくれるんです」
「さすがに買い被りすぎだって」
考え事をするのはただの悪癖、おかげで行動を移すことが遅れることもしばしば。
「むふ、だったら買い被らせてもらいます」
「そ、そっかい……そういえばマナスってのはなんなんだい?」
ごまかし気味にマナスの話題を振る。
「マナスは肉体を包み込むエネルギーのようなものでねぇ、魂から放出されているの」
「ふむ……〝気〟や〝オーラ〟みたいなもの?」
「学者の中にはそう呼称するものもいる。イメージしやすいほうで考えればいい」
呼称自体はそこまで大事じゃないってことね。
「マナスは魂から肉体、そして肉体からまた魂へと循環してるの」
「その一連の動作も含めてマナスと呼び、マナスにはその人間の魂の性質や気質が乗る」
「つまり……マナスがわかればその人の性格がわかるってことですか?」
「そういうことだ」
なるほど。
「さらにマナスには〝濃さ〟や〝圧力〟のようなものがある。濃ければ濃いほどマナスの最大量が多いことを表し、圧力が強ければマナスの循環が早まりマナスの出力が高まるのだ」
「……濃さがガソリンを入れられる量で、圧力がいわゆる馬力の強さってことか」
「あ、なんとなくわかった気がします。車に置き換えるなら、濃ければガソリンがたくさん入れられて長く走れて、圧力が強いとエンジンが良くなって早く走れるってことですね」
自分たちの解釈で理解していくやり方に、クライスは背中越しに小さく頷いて肯定の意を見せてくれた。
「そのマナスを直接使えるようにしたのが魔法というものだ」
「アデリーに見せてもらったけど、彼女の魔法は俺たちには使えないみたいだな」
「私たちスピ・ラ・カーナの使う魔法は精霊魔法と言い、精霊から直接力を借りて行使する魔法ゆえ、精霊と密接な繋がりのある私たちにしか使えないのだ」
「ふむふむ、つまりマナスにも才能というか種族特有のものがあって、マナスなら全部一緒ってわけじゃないわけか」
「そういうことだ」
マナスを使いこなせるからといってなんでもかんでもできるわけじゃないってことね。
「無論、それはお前たち〝エイオス〟にも言えることだ。〝エイオス〟には〝エイオス〟特有のマナスがある」
「ああ、それでアデリーもクライスも、俺たちが〝転移人〟ってわかったわけか」
「そうだが、そもそもお前たちの場合は格好自体がおかしいからな」
苦笑混じりにクライスが続ける。
「私たちスピ・ラ・カーナはそれに加えて、他者のマナスを〝視る〟ことにも長けている。お前たちのマナスからは強い敵意や攻撃性のようなものは視えなかった。それに……」
「それに?」
なんだ? 僕たちのマナスからなんか異様なものでもあったのか?
「いや、なんでもない。それより着いたぞ」
「おっ?」
うーん、なんだかもやっとするけどわざわざ言いよどんだくらいだし、気にするだけ仕方ないかって……。
「おい待て、ここって……」
「わぁ……ここが私たちが泊まるところ?」
「生憎と空き家はなくてな、藁を被れば暖は取れるし寝心地も悪くないとは聞いている」
両開きの大きな扉が備え付けられた小屋、中には大人しく藁を食べている馬が数頭……つまりここは……。
「う、馬小屋かよぉ!」
かくして村に着いた僕たちは馬小屋で生活することになったのであった。
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