7話 アデリー、魔法
「……なんですかね、この状況は」
目を覚ますと妙な浮遊感を覚え下を向くと体中を蔓だか縄だかのようなもので縛り上げられて、まるでミノムシのように木からぶら下げられていた。
マズったな……いくら見惚れていたとはいえこれはちょっと笑えないぞ。
ラスクは……そうだ! ラスクは無事だろうか?
「あら、目が覚めた?」
おっとりとした調子の透き通るような声がしたほうへと視線を向けると、シャツとショートパンツ、そこにハーフベストにサンダルという装いの少女が立っていた。
服を着ているがさっきまで僕が覗きをしていた子に間違いなさそうだ……自分で確認してて情けなくなるが。
「あ、あんたは?」
「アタシ? アタシはねぇ――」
自分を指差してからゆっくりと口を開く少女の姿を見つめていると。
「あっ! ようやく起きたんですね、クロマメさん」
「ら、ラスク?」
聞き慣れた声に驚きと安堵を覚え視線を向けると、少女の後方からラスクがぱたぱたと駆け寄ってくるのが見える。
よかった無事なようで……何かあったらと考えてしまうと、僕は……。
元気な彼女の姿にほっと安心はしたのだが、それはそれでなんだかおかしなことになってないか?
「な、なあラスク」
「なんですか?」
あ、やばい、この不自然なぐらいにこやかな笑顔はあれだ、怒っているな、うん。
「えっと、な、なんでそっち側にいるんだ?」
「なんでだと思いますー? 頭のいいクロマメさんなら、もちろんすぐに分かりますよね?」
あかん、めちゃくちゃ怒ってる!
なんだ? 何が原因だ? 気絶してすぐに起きなかったから? いやいや、この子がそれでここまで怒るとも思えない。
となるとそもそも気絶したこと自体? ありえる……あれだけ念を押しておきながら自分がこの様になったんだ。怒られても仕方がないというもの。
でも、そういう怒りって感じに見えない……なんかこうもっと別の、例えるなら浮気現場を目撃されたみたいなそういう剣幕っていうか――。
「あっ……」
「んぅ?」
先ほどから僕とラスクのやり取りを楽しそうに眺めている少女と目が合った。
あ、ああ、なるほど、そういうことね……。
「どうやらわかったみたいですね。さすがクロマメさん」
これほど〝さすが〟と言われて嬉しくないこともない。
「わたしがいるのに覗きをするだなんて! クロマメさんのケダモノーッ!」
「誤解だっての!」
ぷりぷりとした様子でラスクがどかどかと詰め寄ってくる。
ていうかわたしがいるのにってどういう理屈だよ!
「聞きましたよ? ぐへへって笑いながら舌舐めずりするような視線で体中をじろじろ見られたって! なんてうらやま……じゃなくてハレンチです!」
「お、おおい、なに言ってんだ! いくら俺がむっつりだからってそんな目で見るわけないだろう! 大体、覗きになったのは不可抗力のようなものでだな」
待て待て待て! 僕はオークかトロールかなにかか?
スケベだと自覚はしているけど逆にそこまで欲望に忠実にはなれないっての!
「クロマメさん、むっつりだったんですか? それならそうと言ってくれればわたしがいくらでも……」
「もじもじするんじゃない! そういうのは段階を踏んでいくってもんでだな?」
し、しまった……うっかり余計なことを言ってしまってラスクの妄想に火を点けてしまった。
とにかくなんとか話を平常運転に戻さないとこの子の妄想が暴走してしまう。
「そ、それって告白ですか? 告白なんですね? キャッ!」
「キャッじゃねぇし、ちっがう! とりあえずまずは落ち着け!」
だ、ダメだ! 妄想に飛び火を繰り返して話がややこしい方向に拡散してしまう。誰かなんとか止めてくれ!
「あらあら、ケンカはめっ、よ? うふふ、面白いね、キミたち」
我慢の限界とばかりに少女が含み気味に笑い声を上げた。
結果的にそれが場の空気を変えることになり、ひとまずは僕もラスクも落ち着きの色を取り戻す。
「ごめんねぇ、カヤちゃんがあまりにキミを助けるために必死だったから、ちょっとからかっちゃったの」
子供のいたずらがバレたみたいに小さく舌を出しながら悪びれる少女。
なかなかに曲者だなと僕の直感が告げる。
「でも、覗かれたのは本当だから、これでおあいこさま。もうしたらダメだぞ?」
「うっ……はい……」
それを言われたらぐうの音も出ない。
「うんうん、いい子でよろしい」
僕の様子に満足したのか少女が小さく指を鳴らすと、縄がばらばらと崩れるように解けていった。
「おっ……」
思わず呆気に取られてしまう。どういう仕掛けなんだ?
「ほらクロマメさん、まずはちゃんと謝りましょう?」
「あ、ああ、えっと……すんません」
保護者のように振る舞うラスクの勢いに負けて、とりあえずの形で謝罪をしてしまう。
「もうクロマメさんったら、そんな謝り方じゃ誤解を受けますよ? わたしにならぞくぞくしちゃいますからいいですけど」
「そんなこと言ってもな……って待てやこら」
無論あやまる気がないわけではないし、ラスクもそれは理解してくれている……んでいいんだよな一応?
しかし性分を改善するのはなかなか大変というもので、短い間にたくさんの経験をしたが素直に言葉にするのはやはり苦手だ。
「うふ、悪気はなかったみたいだし、カヤちゃんの愛情に免じて許してあげる」
「そ、そんな愛だなんて……」
「なんだかなぁ……」
あんな妄想を爆発させておいてなんでいまさら恥ずかしがるのかこれがわからない。そういうもんなんだろうか?
「……って、名前」
「あ、うん、クロマメさんが気絶しているときに、アデリーさんと少しだけお話をしていたんです」
「改めて、アタシはアデリーゼ、アデリーって呼んで」
アデリーと名乗った少女の屈託のない笑みに胸が高鳴り。
「クロマメさん?」
……そうになったがラスクの黒いオーラの気配を感じてすぐさま落ち着かせる。
並んでいる姿を見て気づいたがアデリーの身長は小柄なラスクと比較しても女性にしては高く、170近くはありそうで今の僕よりも気持ち低い程度に見える。
「キミは、ケイヤちゃんでいいのかな?」
「あ、ああ、俺は敬哉。できればちゃん付けはやめてほしいけど……なんていうか、よろしく?」
友好的に接してくれているのは理解できるがいまいちどう反応していいか悩む。
「よろしくねぇ、スケベなケイヤ」
「うぐっ!」
冗談で言っているんだろうけど、スケベという単語にボディブローを食らったようなじわじわとくるものがあるな。
「それじゃ、行こっか」
「行くって?」
行く? この流れで行くってなると1つしか思い浮かばないけど……。
良くも悪くもマイペースな様子に聞き返してしまう。
「アタシの村、ついておいで」
軽快な身のこなしで僕らの間をするりとステップで横切っていき、体を小さく横に屈めながらアデリーが無邪気な笑みを浮かべてきた。
「行きましょう、クロマメさん」
「ああ」
木漏れ日に照らされるアデリーに導かれ、僕らは彼女の背を追いながら森の奥へと歩き出していく――。
ものすごく軽装な格好なんか関係ないとばかりに、アデリーは葉枝や木々にまったくといいほど触れずに進んでいる。
まるでアデリーの周りの草や木々が彼女を
「それじゃ、カヤちゃんとケイヤは〝転移人〟なんだ?」
こちらのペースに合わせて案内してくれるアデリーについていきながら、軽く事情を説明したところで彼女の口から〝転移人〟という単語が出てきた。
「〝転移人〟?」
首をかしげるラスクの様子を見て、おっちゃんから聞いたことを思い出し無難に答えてみる。
「俺たちみたいに別の世界からやって来た人をこの世界の人はそう呼ぶんだってさ」
「そ、詳しくてえらいねぇ」
「クロマメさんすごい! いつの間に知ったんですか?」
「ちょっとね」
受け売りではあるがやっぱりこうやって一目置かれたように見てもらえるのは気分がいい。
「だったらアタシに会えてよかったね。村のみんな、〝転移人〟にあまりいい気持ち持ってないの」
「そ、そうなんだ」
うーん、おっちゃんも気難しいとは言っていたけど、〝転移人〟自体にあまりいい感情を持ってないとは。
「アデリーさんもですか?」
おうふ、意外と真っ直ぐに聞いてくんだなこの子、薄々とは感じていたけど僕なんかよりもよっぽど肝が据わってるよ、トホホ……。
「アタシ? うーん、アタシは特にないかなぁ、村のみんなは30年前に起きた〝エイオスの悲劇〟で〝転移人〟を嫌がるようになったみたいだけど、アタシはまだ生まれてなかったから」
「〝エイオスの悲劇〟……」
悲劇という単語が入っているだけで僕たち〝転移人〟がなにかやらかしたと想像するのは難しくない。
「〝エイオス〟っていうのは、村の名前ですか?」
「ううん、村の名前は特にないの。〝エイオス〟っていうのは〝転移人〟のことを指すアタシたちの言葉で、混沌の使徒って意味なの」
「混沌の使徒、ねぇ」
あんまりいい意味には聞こえないけど、どこから来たか得体の知れない僕らのことを形容するには合っているように思える。
「でも本当にいいんですか? その……わたしたちが村に来たら迷惑なんじゃ?」
ラスクの不安はもっともだ。
話を聞けばあまり歓迎されるとは思えないし、下手に不和を村に持ち込むぐらいならと考えてしまう。
「アタシが居るから大丈夫だよぉ、そんなの気にしないで村においで。キミたちのマナスはとても純粋だから、村のみんなもすぐに受け入れてくれると思うよ」
「純粋、ね」
変わらぬ明るい調子で不安が少し薄らいでいくと耳にした単語に興味がわく。
「そのマナスっていうの……」
またもや聞きなれない単語だけどなんとなく連想できる気がする。
マナス……名前の響き的にマナっぽい? マナといえばファンタジーではだいたい魔力、魔力といえば魔法……魔法!
「も、もしかして魔法に関係しているんじゃ!」
「あらあら、すごいご明察。わかっちゃうのね」
まさかの正解! ならば、ならというとことは、ひょっとしてひょっとするのか!
「ふふ、クロマメさん、ゲームではいつも魔法職を選んでましたもんね」
「ま、まあな」
僕の抑えきれない興奮を察したのか、どことなく得意げな様子を見せるラスク。
だって魔法だぜ魔法! 魔法っていったらある意味ファンタジーのロマンの象徴といっても過言じゃない!
それをもしかしたらと思うと興奮するなってほうが無理な話だ!
「ゲーム?」
「あ、いや、こっちのこと」
思い出すなぁ……ラスクが前衛で僕が後衛の魔法職。
意表をつくために魔法職なのに前に出たりとかもしてたな、おかげでセオリーのへったくれもないってよくぼやかれたりもしたっけ。
それで最上位とまではいかないまでも上位勢に入るぐらいにはなってたりもしたか。
「あー……コホン、それでだな」
「んぅ? なあにかな?
それはそれとして話の流れを切り出すためにわざとらしい咳払いをする。
「特に深い意味はないんだけど、その口ぶりからすると魔法が使えるとお見受けした。よかったらなにか見せてくれないかな?」
先走る興奮のあまり不自然な言葉づかいになっているのは自覚するが、そんなことはどうでもいい。
今の僕には魔法を見たいという考えしか浮かんでこない!
「あらあら、うふふ、いいよ」
「ホント!」
アデリーの返事に思わずガッツポーズを作る。
「ふふ、クロマメさんってお子ちゃまなんですね」
「おうよ、ロマンはいくつになっても抱き続けたいもんなんでな」
半ば開き直りに近い言い分のように聞こえるが、やはり好きなものは好きだしロマンを感じるものは感じるのだから仕方がない。
「それじゃ、アタシの魔法を見せてあげるね……」
「…………」
思わず固唾を飲む……。
本物の魔法を目にできる。僕にとっては世紀の瞬間に匹敵するレベルでわくわくが止まらん!
そんな興奮をなんとか抑え込んで見守っていく、すると――。
「風……?」
「本当、急に強くなりました」
まさか――ッ?
風がアデリーの周りで彼女を包み込んでいくのが見える。
「あれは……」
「もしかしてこの風、アデリーさんが?」
間違いない。これが魔法の発動前の兆候だとしたら。
「風よ――」
その声と共にアデリーの体が浮き上がり、そして――。
「と、飛んだ!」
上方へと勢いよく飛び立ち、途中で身をひるがえして樹木の枝に飛び移るのが見えた。
「す、すごい……」
ぽかんと見上げるラスクにつられて見上げる。
一瞬のことで理解が追いついていないが確かにアデリーの体が瞬時に浮き上がったと思えば飛び上がり、現在は三階の屋根ぐらいはありそうな高さからこちらを見下ろしているじゃないか。
「これが、魔法……」
夢中になっているこちらへ笑みを見せてから再びアデリーは魔法を発動したようで、風のクッションのようなものを作ってからそのまま飛び降りてくる。
「はぁい、着地。どうだったぁ、アタシの魔法?」
「す……」
こ、これが魔法……。
「すげぇ! すげえよ! 人があんな風に飛べてしかも軽々と降りてくるなんて!」
すごいすごいすごい! 魔法が本当にある世界だったなんて! 興奮が収まらない!
「そこまで言われると、なんだかすごい照れちゃうな」
「ぶー」
照れるアデリーとは対照的にラスクが不服そうにほっぺを膨らませている。
ふ、悪いなラスク、いくら君でも今回は譲れない。今の僕の高揚感を止めることは誰にもできないのだ。
「感動だぜ、俺も練習すればこんな風に魔法が使えるように――」
「うーん、それは無理だと思うなぁ?」
「……え?」
いい感じに火照った体に冷水をぶっかけられたかのように高揚感が一気に冷める。
「使えないの?」
「うん」
「練習しても?」
「ごめんねぇ」
「そ、そっか……」
しょ、ショック……期待して損した……。
いやまあ、魔法を見れただけでもよかったけどさ、やーっぱり使ってみたかったかな、これが。
「クロマメさん、元気出して」
がっくしと肩を落とす僕を見かねたのかラスクが頭を撫でてきた。よっぽどひどいショックを受けたように見えたんだろう……実際ショックだが。
「でもアタシの魔法は無理だけどぉ、別の魔法なら覚えられると思うの」
ま、ダメなものはダメなんだろうから、気を取り直して……。
「今、なんて?」
「うふふ、別の魔法なら覚えられると思うよって」
お、おお……マジか? マジなのか! 使える、魔法が!
おっと落ち着け落ち着け、こういうときはあまり期待しすぎると痛い目に合うっていうのが相場なんだ。
「確か魔法を教えてくれる学校が、帝都にあるって聞いたことがあるの」
「帝都……」
確かおっちゃんの家族が住んでいるって言っていた場所だったっけ……なるほど悪くない。
自分の中で増えていく目標に充実感のような喜びを感じる。
「それはそれとして、ほら見えてきたよ」
「おっ」
「あれがアデリーさんの」
樹林をようやく抜けていくと開けた場所が見え、複数の家屋が立ち並ぶ集落が視界に入ってきた。
「うふ、アタシたちの村へようこそ、ケイヤ、カヤちゃん」
「あ、待ってくださいアデリーさん」
アデリーが先んじて村へと入っていくのを見て後を追ってラスクがぱたぱたと走っていく。
「さて、どうなるかな」
不安がないわけじゃない、だけどやりようはきっとあるはずだ。そう自分に言い聞かせてから、僕も2人の後を追って村へと向かっていった。
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