内見に行こう

奈那美(=^x^=)猫部

第一話

 転勤が決まった。

今まで自宅から通ってたけれど、これで晴れて一人暮らしができる。

まあ、家にいると母ちゃんがごはんも作ってくれるし洗濯もしてくれるからラクなんだけど。

それでも……やっぱり憧れるだろ?一人暮らし。

大学に行くのも自宅からだったから、コンパで遅くなると色々干渉してきてうるさかったんだ。

カノジョできても連れて帰ること、できなかったし。

 

 それが、先日の人事異動で隣県に転勤になったんだ。

母ちゃんは『家から通えないの?』って言ってたけれど、会社が住まいも準備してくれるからって押し通した。

自慢じゃないけどウチの会社、結構業績よくて福利厚生とかすごいんだ。

寮とか社宅を建てるほどではないけれど、便利がいい場所の賃貸を借りてくれる。

賃料は会社と折半だけどね。

転勤が決まった時に部長に言われたんだ『住まいは会社が準備したもので大丈夫か?』ってね。

もちろんそのつもりだったから『よろしくお願いします』と答えた。

 

 それに対して部長が『内見もするかね?』と聞いてきた。

行こうと思ったんだ。

でも業務の引き継ぎが忙しすぎて……直接行く代わりに写真かビデオで部屋と周辺の情報を送ってもらって内見の代わりにすることにした。

──今思えば、無理してでも行っておけばよかったと後悔している。

部長を通して先方の管理人に名前をメールで伝えてもらい、入居予定となっている部屋の情報を送ってもらった。

 

 届いたデータファイルを開いて、びっくりした。

良いんだ、すごく。

まず三階建てのアパートの二階で見晴らしがいい。

キッチンがあってバストイレは別で。

フローリングにロフトがついている。

そして……wifiも完備だって言うんだ。

駅からもほどほど近くて、コンビニとコインランドリーも近辺にある。

転勤の日が楽しみになった。

 

 転勤の前日。

引越しの荷物(最低必要なものだけ前もって送ってあった)を片づけるために最寄り駅につくと、管理人さんが駅に出迎えにきてくれた。

気のせいか、顔色が悪い。

「あの……お世話になります。野田かおるです」

「よ、よろしくお願いします。では、ご案内します」

顔色も悪いし、キョドってる気がするけど……大丈夫か?

目的地に走る車の中でも、管理人さんは黙ったままだった。

 

 「こちらになります」

停まった車の窓から見えたものは……送ってもらったデータにあった建物と違うものだった。

建物自体は三階建てで同じなんだけど、周囲がビルだらけで見晴らしがイマイチ。

「あの……送ってもらったデータと違うと思うんですが?」

「……申し訳ございません。間違ったデータを野田さんに送ったとわかったのがつい先日でして」

なんのことかわからない。

 

 「野田さんにお送りしたデータは、同じく転勤してこられる野口かおるさん用のお部屋のデータだったんです」

はい?一文字ちがいの別人に送るデータを間違えて俺に?

「申し訳ございません。野田さんが男性で野口さんが女性と会社の方から承って、それぞれのお部屋をご準備したのですが。部長からのメールに書いてあった『野田』を『野口』と勘違いしてしまいまして……野口さまが直接内見に来られたので送り間違いに気づいた次第で。野田様にお送りしたデータは、野口様用の“女性専用”の物件でして……」

 

 用意してもらった部屋は、結論からいえば悪くはなかった。

ロフトがないだけで,部屋のグレードは変わらなかったから……見晴らしも想像よりは良かったし。

ただデータを見て浮き立っていた心が落ちこんだのは否めない。

俺は心に決めた。

次回の転勤の時は、這ってでも絶対転勤先の住宅の内見に行くことを。

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内見に行こう 奈那美(=^x^=)猫部 @mike7691

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