3-2



*****



 なんて楽しい二日間!

 可能ならもう一日……と、言いたいところだが、折角仲良くなれたのにごういんさそい過ぎるのも良くないのではと自重し、幸せな夕食を終える。

 こんやくを断られても、めげずにデートに誘って良かった。

 本当は全然興味が無かったけど、がんって紅茶の勉強をして良かった。

 スイーツのお店も大成功だったし、芝居も夕食も楽しんでもらえたみたいだ。

 まぁ芝居については、王立劇場のボックス席……二日可能なチケットなどある訳が無いのだが、そこは二日間だけの話。

 無理なら新しく、席を作ってもいい。


「今日はとても楽しかったです」


 その言葉だけで、すいみん時間をけずって頑張ったがあったというもの。

 さらにはホロ酔いで頰が色付くミリエッタに名前で呼ぶ許可までもらい、嬉しくて可愛くて、あふれるおもいをそのままにしょうどう的に抱き上げると、その軽さと柔らかさに驚き、まんまるな目で見下ろす小動物のように愛らしい姿に、酒の勢いもあって自制が利かなくなってしまう。

 無理だ、もう我慢ならんとギュッと抱きしめると、多幸感で脳がショートしはじけそうになる。

 どんな可愛いれいじょうれられた時も、こんな幸せな気持ちになる事など一度も無く、わずらわしいばかりだったというのに。

 ああ、もう好きだ、大好きだとばかりに抱きしめて、勢いのまま連れて帰りたいと宣言すると、ミリエッタに落ち着いてとたしなめられてしまった。

 夜会の翌日にきゅうこんした時の、げんそうな──あからさまにけいかいしたまなし。

 ずっと君を見てきたからこそ、すぐに信じてもらえないのは仕方ないと分かっている。

 自分の想いが届かないもどかしさと、どうか信じて欲しいと願う切なさで胸がいっぱいになり、馬車に乗り込んでもはなす気になれず、ずっとこのままでいたいと欲望のまま抱きしめるうちに、連日の疲れがたたって眠りに落ちてしまった。

 ゴードン伯爵邸に着くまでの約二時間弱。

 本当は途中で目が覚めたのだが、触れる肌のぬくもりがいとしくて、眠ったふりをしていたのは秘密である。



*****



 ──王宮内で開かれた夜会での一幕。

 ミリエッタがジェイドにハンカチをわたし、その場を後にした直後のこと。

 デズモンドこうしゃくの発案により、王宮のとある一角に四大公爵が集まり、きんきゅう会議が開かれた。


「さて本会は、公正つ公平にが為されるよう、共通理解を得るためのものであったとおくしているが」


 筆頭公爵家、バイス・デズモンドが重々しく口を開くと、座していた国のじゅうちん達から殺気が放たれる。


「先の夜会での、トゥーリオ公による発言の数々に、大いなる疑義を持ったのは私だけではないはずだ」

「そうだそうだ! 同会の会員にあたいするか、その適格性をしんすべきだ!」

「いや、審査会での決議などとは生ぬるい! 持ち得るすべての役職をめんじ、国外追放にすべきではないか!」


 デズモンド公爵の言葉に、次々と野次が飛ぶ。


「そもそも、ハンカチのじょう先について助言を求められた場合、公平な条件を提示するはずではなかったか? さすがにアレはないだろう」


 声をあららげたのは、ラーゲル公爵。

 トゥーリオ公爵をして、『少し気難しいが、真面目で勤勉』と評された男の父である。


「提示されたせんたくは、大いに問題がある。そもそも『気難しい』という表現自体が適切ではない!」


 ラーゲル公爵家、こんの次男イグナスは十六歳。

 ちゃくなんすでに婚約者を得ていたため、ゆいいつの年下わくかくとくしたダークホースである。


ためしに、『やすきに流れず、知性溢れる勤勉な男』とでも聞いてみるがいい。絶対に我がむすを選ぶはずだ!」


 鼻息荒く反論するラーゲル公爵を手で制し、続けてオラロフ公爵が立ち上がった。


「それなら、私も同様だ! 『しんちょうで多少決断力に欠ける』とは、はなはだ心外である!」


 こぶしにぎり締め、声高らかに異議を唱える。


「そもそも、『決断力に欠ける』とは何事だ! そんなたよりがいのない男を選ぶ令嬢など、いるわけがないだろう。試しに、『りょぶかく、思いやりに溢れづかいの出来る男』と、聞いてみるがいい。選ばれるのは我が息子のほうだ!」


 オラロフ公爵家、期待の嫡男キールは二十三歳。

 ジェイド、ミリエッタの兄アレクとは同級生にあたる。

 さいしょう補佐の座を最後までアレクと争った、将来をしょくぼうされる若手の一人である。


「待て待て、それならばまだ情状しゃくりょうの余地がある。我が息子の選択肢に至っては、ひつぜつくしがたい」


 いかりに震え、ドン! と机をたたったのは、代々国防をになってきたきっすいの軍人、バイス・デズモンド。


「あろうことか『もくおもしろがない』だと!? としごろむすめが、だんまりで面白味のない男など、選ぶわけがないだろう。お前の次男を引き合いに出されたら、だれしもそうなるわ!」


 ちゅうのトゥーリオ公爵をりつける。


「さらに言うと、『王国最強の騎士』という一番のアピールポイントまでけている。正しくは、『たのもしく、包容力がある王国最強の騎士』ではないのか」


 デズモンド公爵家、まんの嫡男ルークは二十五歳。

 最年少で騎士団長にのぼめた、自他共に認める我が国最強の騎士。

 仕事人間でなかなか身を固める気配が無く、婚約話を断り続けているのが難点だが、将来はちがいなく国防の要となるであろう人物の一人である。

 鼻息荒く、異議を申し立てる三人に視線を向け、ジェイドの父であるトゥーリオ公爵は、「ふむ」と一言つぶやいた。


「……確かに改めて聞くと、適切でない表現もあったかもしれないな」


 とぼけた様子で、のらりくらりとかわすと、「さて、どうしたものか」と思案する。


「だが今回はあくまでぜんしょうせんに過ぎない。ミリエッタ嬢が行動を起こしてからが勝負、という話ではなかったかな?」


 トゥーリオ公爵の言葉に、三人の公爵はその通りだと頷いた。


「ミリエッタ嬢の父であるゴードンはくしゃくとの取り決めにもあった通り、十九歳の誕生日を期限とし、必ず本人の意志を尊重することが条件だ」


 ミリエッタももうすぐ十九歳。

 誕生日までに自分の意志で婚約者を選ばなかった場合、この取り決めは無効となる。


「各公爵家から候補者を一人ずつ選定する。がいとう者がいない場合は辞退も可能だ。今回前哨戦で優先権を得たからと言って、優位とは限らないぞ?」


 トゥーリオ公爵の言葉に、それもそうだなと三人の公爵はおのおの頷く。


「それでは、かねてより計画していたフェーズに移るとしよう。ミリエッタ嬢は動いた……各々明日よりせっしょくを可とする」


 かくして、四大公爵家の緊急会議は終結し、無事散会となったのである。



*****



 手短に会議を終えたものの、トゥーリオ公爵が帰宅する頃には夜も更け、みは明日にするかと疲れた身体で馬車から降りる。

 むかえたしつねぎらうと、二階からドタドタと音を立て、トゥーリオ公爵けてもうぜんとジェイドがけてきた。


「ま、待て! どうした落ち着け! 頼むから止まれ!!」


 わきらず、一心不乱にもうスピードで駆け寄るきょひるみ、げの態勢に入るが、如何いかんせん相手はにくだん戦にけた騎士。

 逃げる間もなく、ましてや逃げおおせる訳もなく、目の前に来たと思った瞬間脇に手を差し込まれ、視界が一気に高くなる。


「ちょ、待っ、う、うわあぁぁああッ!? アガガガガガ」


 百八十センチをえるきょたいに、赤子のように高い高いをされ、上下にガクガク揺さぶられるトゥーリオ公爵。

 標準的な身長であり、適度に筋肉も付いているため、そこそこの重さがあるはずなのだが、それを物ともせず今度は高く持ち上げたままグルグルと回り始める、公爵家次男。

 さわぎを聞きつけ、夫人と長男が呆れ顔で二人を見つめている。


「待てッ……酔う、酔う、くから止まってくれ!!」


 たまらず叫ぶと、ようやく父の異変に気付いたのか、ジェイドはそっと、トゥーリオ公爵をゆかに降ろした。

 ガシリとりょうかたを摑み、「ありがとうございます!」と、かんきわまったように礼を言う。

 吐き気を堪えながら、「そうか、それなら良かった」と弱々しく微笑むと、勢いよく頷くジェイドの太い指がかたにめり込み、大層痛い。


「分かったから、いったん落ち着け! 折れる! 折れるから!!」


 本人はさして力を入れているつもりは無いのだが、メリメリと肩に食い込む指に思わず叫ぶと、今後はぎゅむっと抱きしめられた。


「ありがとうございます!!」

「聞いた聞いた、さっきそれは聞いたから。そもそも勝機を得たのは、お前がミリエッタ嬢を助けたからだ。暑苦しいから離せ!」


 騒ぐトゥーリオ公爵をろっこつが折れそうなほど強く抱きしめた後、再度礼を言い、ジェイドは自室へと帰って行った。


あらしのような男だ……」


 ドッと疲れてうなれるトゥーリオ公爵に夫人が寄りい、背をさすりながらやさしく微笑んでくれる。


さきほど、観劇のチケットをゆずってくれと無理矢……頼まれたのですが、いちまつの不安が残りますね」


 長男のアランが「芝居なんてたこともないくせに」と呟き、三人は不安そうに顔を見合わせたのである。



*****



 平民同様、貴族社会のばんこん化をゆうりょし、数ヶ月に一度開かれる王家しゅさいの夜会。

 王家主催と言っても厳格なものではなく、今時の若者世代に配慮したフレキシブルなもので好評を博しており、四大公爵家もこれにならい、定期的にガーデンパーティーや夜会をもよおしている。

 問題など起ころうはずもないその夜会の後、四大公爵が集まり緊急会議を開いたとの報告があり、すわ一大事かと護衛をともない、あわてて会議室へと向かった国王は、とびらすきからそっと様子をうかがった。

 途中、デズモンド公爵が拳で机を叩き割る場面はあったものの、トゥーリオ公爵は終始おだやかで、話し合いは無事に終わり、みながおで散会する。

 実にくだらない議題だったが、丸く収まって本当に良かった。

 国境付近でたまに他国との交戦があるものの、デズモンド公爵のおかげで大事に至ることもなく、外交についてはトゥーリオ公爵が一手に担い、同盟国とも良い関係を築けている。

 資源も豊かで、領内に港を持つオラロフ公爵が、貿易により多額の収益を上げてくれるおかげで国庫はうるおい、家門から学者を多数はいしゅつしているラーゲル公爵が各領地の営農指導にじんりょくしているため、しょくりょうは国民がおなかいっぱい、二年は食べられる程に満ちている。

 我が国は本当に平和だな……。

 良かった良かったと、国王はあんためいきき、自室へと戻って行った。

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