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 たま輿こしねられいじょう達にせまられる事も多い、トゥーリオこうしゃく家次男、ジェイド。

 何事も経験だと友人達にさとされ、告白されるがまま何度か付き合ってはみたものの、手をつないでも何の感動も無く、一緒に居ても何が楽しいのかよく分からず、特に話す事も無いので時折相手の話にあいづちだけ打ち、その場をやり過ごすばかりであった。

 その無関心ぶりに相手がげきし、いつもすぐに振られてしまい、段々いやが差して女性をけるようになった学生時代。

 だが今回は──今回ばかりは、失敗する訳にはいかないのである。

 ミリエッタへのおもいは、言わばおそはつこい

 これまで女性に対して何の興味もかず、触れられてもむしろざわりでしかなかったのだが、あのころが噓のように今は触れたくて仕方がない。

 そういえば以前騎士仲間が、「イケそうだと思ったら、一気に行った方がいい」と飲みの席で話していた。

 イケそうかどうかは不明だが、押すなら今しかない、という確信はある。

 婚約の申し込みが保留となったため、今回のデートをあしかりに是非とも次に繫がる約束を取り付けたいのだが、まずは楽しんでもらえないと話にならない。

 帰宅後すぐ公爵夫人である母に相談し、観劇はどうかと提案されたため、しば好きで王立劇場によく足を運ぶ兄からプレミア付きの人気チケットを無理矢理うば……ゆずける。

 早めに到着出来れば観劇後の夕食だけでなく、観劇前に女性が好みそうなスイーツをそう出来る機会があるかもしれない。

 一緒に過ごす時間は、長ければ長い程いに決まっている。

 善は急げと、王立劇場近くで飲食可能なスイーツ専門店を物色しに行ったが、ミリエッタの好みに合いそうな店が見つからない。

 早々に予約をあきらめ、それでは思い通りに改装してやろうと調で判明していた情報を元に、これまで使つかみちの無かった私財で人気のスイーツ店を丸ごと買い上げた。

 さらにドラグム商会を呼び出し、ミリエッタが好きそうな珍しい紅茶を数点提案させるが、如何せん値段が高い。

 それなら差額をはらうからと、半分の金額で提示するようらいし、ゴードン伯爵領へと向かわせたのが四日前。

 おもわく通り、気に入った紅茶をミリエッタが購入し、同じものを店用に仕入れたのが三日前だ。

 加えてスイーツ店の改装も必要なため、トゥーリオ公爵家ようたしの職人を急ぎ手配する。

 一階は現在営業中、しかも間に合わないので二階のみを改装し、かんりょうしたのが二日前。

 同時進行で、スイーツが得意な公爵家の料理人に声を掛け、オーナーパティシエとしてやとれようと画策する。

 どんなに腕が良くても、男はダメだ。

 あまりの美味しさに、ミリエッタが話し掛けてしまうかもしれない。

 運が良ければ女性ならではの目線でアドバイスがもらえるかもしれないと、かねてより自分の店を持ちたいと語っていた女料理人のマーリンに白羽の矢を立てた。

 なお、本件についてはから事前にりょうしょうを得ているため、何ら問題はない。

 ごれいじょうの興味を引くには、やはりライブ感があったほうが良いとの事で、改装されたスイーツ店二階のキッチンで、スイーツ作りの特訓を開始したまでは良かったが。

 ……料理人は騎士同様、序列の厳しい体育会系。

 特訓は深夜にまでおよび、段々と熱を帯びてくる。


「全然だ、お前の本気を見せてみろ!」

「ハイッ!」

「成功ほうしゅうも出してやる! 王都で夢だったスイーツの店が持てる、これはすごいチャンスだ!」

「ハイィッ!」

「いいぞ! これだ、この味だ!」

「ぅおお、ありがとうございます! ジェイド様、私ついに夢がかなうのですね!」


 さりげなく同じ動作をすると、相手に親近感をあたえる事が出来るという素敵な情報まで入手し、あとは決戦の時を待つだけと、満足感に満たされながらこうしゃくていへと帰宅したのが、前日の夕刻。

 マーリンとの激しい特訓でほとんどすいみんを取っていなかったため、食事もそこそこにみをし、さあねむろうと横になるが、緊張とこうよう感でえ、全く眠くならない。

 さてどうするかと思い悩み、から入手した定期連絡の後段……『先の御予定に係る留意こうについて申し添えます』以降を読み返す事にした。

 知識欲おうせいなミリエッタが興味のあるものをげ、会話を広げる事は大前提。

 内向的で遠慮がち、自信がない彼女は要望があっても言葉に出すのを控えるだろう。

 少なくとも二人の距離が縮まるまでは、わずかな反応もらさず注視し、気付いた事があれば積極的に話し掛けてあげて欲しい。

 また男性に慣れておらず恥ずかしがり遠慮をすると思うので、小さなときめきを大事にしながら嫌がられない程度に触れ合う場を演出することで、婚約への動機づけに繫がるのではないか、と記されている。

 参考資料としてどうこんされていた愛読書……れんあい小説を二日前にすべて読み終え、使えそうなシーンをじょうきにして復習し、ミリエッタの好きな紅茶について学ぶ。

 もちろん、これまでの調査で判明しているしゅこうかんがみた上で、デートプランも組み立て済である。

 騎士としての経験上、理論は実地により初めて生きたものとなるため、額に入れて飾っていたくだんのハンカチを相手に、ロールプレイング学習にも余念無く取り組んだ。

 入念な準備とシミュレーションも終え、満を持して準備をしたはいいが、このまま夜々中に眠りに落ちぼうでもしたら一大事である。

 ジェイドはしんだいから起き上がると、徐に準備し部屋を出た。

 その足でていたく外れの使用人宿舎に向かうと御者をたたこし、事前に手配をしていた巨大な花束をかかえ、そのままゴードン伯爵邸へと馬車を向かわせ、無事デートへ出発する。

 ちゅう馬車内で怯えている様子が垣間見られ、もしかして身体の大きいジェイドと距離が近く怖いのかと思い至り、少しでもリラックスしてくれればと、圧迫感を感じさせないよう身体を少しななめに向けて話し続けていると、やっと微笑んでくれた。

 緊張が解けてきたのが嬉しくて、夜会で目が合った話をすると、ジェイドに嫌われ睨まれている気がして怖かったと告げられる。

 あまりのことに驚いてつい素に戻ってしまったが、この誤解は何を以てしても解かねばと、ミリエッタの手を取りそっと口付けした。

 手の甲へのキスは『尊敬』や『敬意』を示すためのもの。

 本当はミリエッタへ気持ちをその場で伝えたかったのだが、しんらいを得ていない今の時点でジェイドの本気を見せられても、重荷になるだけだろう。

 思い通りに伝えられず、白く細い指先をそっと離した時はもどかしく切なくて、でも何かしらの方法でそうじゃなかったんだと伝えたくて、つい冗談めかしてしまい揶揄っているのではと疑われてしまったが、彼女が微笑んでくれるのなら今はそれでも構わない。

 腕を組み、手を繫げたのは嬉しい誤算だったが、そこからは計画通り。

 店の雰囲気や内装に目を留め、『本日のおすすめ』にしたつづみを打ち、美味しい紅茶に顔を綻ばせるミリエッタを、思う存分目に収める。

 店も料理も、気に入って当然。

 なぜならミリエッタのに、準備をしたのだから。

 の紅茶雑学もろうし、よしよしとほくそんでいたジェイドだが、ミリエッタの次の言葉にピシリと固まった。


「とてもお詳しいのですね! こちらは恐らく標高二千メートル帯で摘まれた物かしら」

「はい、仰る通りです(標高二千メートル帯?)」

「お薦めいただいたスイーツとの相性も素晴らしいです」

「……そうですね(スイーツとの相性? この流れは計算外……これはまずい)」

「ああでも、渋みが強いから、ミルクティーのほうが良いかもしれないわ。ジェイド様はいかがですか?」

「……(…………知ったふりをしてごめんなさい)」


 ワクワクと期待に満ちた眼差しを向けられるのは非常に嬉しいが、これ以上は厳しい。


「もし宜しければ、先程のオーナーパティシエをお呼びしましょう。彼女であれば、きっと満足のいく提案をしてくれるはずです」

 ジェイドはついに観念し、テーブル上の呼び鈴を軽やかに鳴らした。

 ちりん!

 すわきんきゅう事態かと、あわててマーリンがけつける。

 タスケテ!

 必死の目で訴えるジェイドのきゅうえん信号を受け取ったマーリンが、ちゃっかり成功報酬アップをしつつ、ミリエッタの会話をすかさず拾う。

 バトンは無事、きっすいの料理人であるマーリンへとがれた。

 緊急事態発生時の合図を決めておいて良かった。

 折角のデートなのに三人で過ごすのは想定外だが、ミリエッタが楽しんでくれるならほんもうである。

 仲良く紅茶談議をする女性二人に合いの手を入れながら、微笑むミリエッタを嬉しそうに見つめ、ジェイドは口元を綻ばせた。



*****



「あら? 予定よりも随分と早いわね?」


 観劇したにしては早い帰りに、むかえてくれた母が首をひねる。

 それもそのはず、実はあの後、紅茶談議に花を咲かせ三人で時間を忘れてだんしょうし、気付けば芝居の開演時間をとうに過ぎてしまっていた。

 どうしましょうと慌てるミリエッタに、か嬉しそうなジェイド。


「実はこのチケット、明日も利用可能なのですが、いかがでしょう? もし差し支えなければ明日改めてお迎えに上がります」


 ぐいぐい来られ、わきからマーリンが「これをのがしたら二度とられないかもしれません! 絶対に、絶対に行った方がいいですよ!」と、必死に説得するものだから、言われるがまま頷いてしまったミリエッタ。


「うわぁぁぁあああ……!!」


 明日に備えて早くようと自室のベッドに横になったたん、馬車で手の甲に口付けしたジェイドを思い出してしまい、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆いながら、ベッドの上を右へ左へゴロゴロと転がりまわる。


「もう……もうもう、反則だわぁぁ」


 あんなに素敵に騎士の口付けをした上、貴女を恋い慕うなどと言われたら、ときめかない女の子などいる訳が無い。

 ひとしきりもんぜつして転げまわり、体力を使い果たしてぐったりと横たわったミリエッタは、真っ赤な顔であらくなった呼吸を整えながら、ゆっくりとてんじょうに両手をかざした。

 腕に手を添え褒めたたえると、全身を真っ赤に染めたジェイド。

 実は緊張していたのだろうか、ミリエッタの手を握り締める手は少しあせばんでいた。


「歩き疲れたら、抱き上げてくれるって」


 片腕は、さすがに無理だわと可笑おかしくなって、ふふふと思わず笑いがこぼれる。

 緊張してろくに話せず、ジェイドにあきれられるのではと心配していたけれど全くそんな事はなく、終始とても楽しそうに話し掛けてきてくれた。

 まさか明日もデートをする事になるとは思わなかったけれど、仕方なく、といった様子には見えなかったし、おもしろはんぶんで揶揄っている雰囲気でもない。

 あとは婚約者探しに難航しているミリエッタに同情して、とも思ったが、そんな感じにも見えなかった。

 凄く緊張したけれど、なんだかとっても楽しかったわ……。

 先日のゆううつな気持ちが噓のように、少し楽しみになった明日を想いながら、ミリエッタは重いまぶたを閉じたのであった。

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