2 多忙を極めた五日間
2-1
観劇は夕刻からだが、ゴードン
早めの昼食を済ませ
「ねぇミリエッタ、……お約束は確かお昼過ぎだったかしら?」
そこには、少し困り顔の伯爵夫人。
どうしたのだろう?
やはり
「いえ、実はね……ああ、ちょうどこの窓から見えるわ。こちらに、いらっしゃい」
手招きされて、窓から外を
「お時間まで、まだ一時間以上ありますが……予定より早く、
ミリエッタの問いに、
「んー、それがね……あの馬車、実は朝の七時
「え? し、七時ですか!?」
それならばジェイドではないだろう。
いくらなんでも早すぎる。
「でもトゥーリオ公爵家の紋が
早朝に現れたトゥーリオ公爵家の馬車は、一定の
「もしかしたら、ジェイド様がお時間を
なにか良からぬ者だと危ないので、念のため護衛
*****
「少し早めに到着したのですが、失礼かと思い、お声がけ出来ずにおりました」
『少し早め』の定義が不明だが、
身に
「お待たせして申し訳ございませんでした。本日はお
歩み寄るその姿に、ジェイドの目がビー玉のように丸くなる。
ミリエッタに目が
と
「――あの、ジェイド様?」
それきり動かなくなったジェイドに
ミリエッタを見つめたまま
「ジェイド様、どうかされましたか?」
「あ、いえ、申し訳ありません。あまりの美しさに言葉を失ってしまいました」
声
「そ、そんな、美しいだなんて……あの、男性とのデートが初めてだったので、何を着て行こうか迷ったのですが、お気に
「……え? その
再び動きを止め思わずといった様子で口元を手で
「つまり、
思考が飛びがちなジェイドに、ミリエッタが左右にブンブンと勢いよく首を
いた。
「とても! とてもよくお似合いです。
「えええ!? あああ、あり、ありがとうございますっ!」
こんな
「……これはダメだ、他の男には見せられない。個室を取って正解だな」
頰をほんのり紅く染め、訳の分からない事を呟き出したジェイドと、チラチラと視線で助けを求めるミリエッタのやり取りについに
「さぁさぁ、いつまでも立ち話をしていると日が暮れてしまいます! 準備が出来たのだから、楽しんでいらっしゃい!」
ミリエッタに
すっかり忘れられ床に置き去りにされた
「トゥーリオ
二人が去った後、伯爵夫人はポツリと呟き、ミリエッタの部屋へ花を
*****
さすがは公爵家の馬車。
王都中心部まで道が
「少しお時間も早いようなので、
「あ、はい……」
ゆうに百八十センチを
身を乗り出すように話し
「最近出来たのですが、とても
「そうなんですね……」
だめだ、全然
少し
程なくしてジェイドは身を乗り出すのを
「どんな花がお好きか分からなかったので、全種類の花を包んでもらいました」
「まぁ、それであんなに大きな花束に!」
床に落とした大きな花束を思い出し、ミリエッタがクスリと笑うと、ジェイドが嬉しそに口元を
「ああ、やっと笑ってくれた」
「も、申し訳ございません」
「いえ、そういう意味ではなく、実は自分から女性をデートに
「えっ? 私も……、私もです! 男性に誘われるのは初めてで緊張してしまい、折角話し掛けてくださったのに、
ジェイドも実は同じように緊張していたのだと分かり、ミリエッタがほっとして思わず胸の内を伝えると、「では同じですね」とにこやかに返してくれる。
夜会では騎士服だったこともあり、無骨な印象を持っていたが、翌日に
夜会の度に
「失礼がないか心配しなければならないのは、ミリエッタ嬢ではなく、むしろ私のほうです。
その後も終始
「本日はこうやって
「はい、存じております。ジェイド様にはその……あの、睨まれている気がして少し怖かったのですが」
「えっ!?
「
改まってミリエッタが礼を述べると、驚きすぎて声も出ないのか
何か失礼なことを言ってしまったのだろうか。
ゴクリとミリエッタが息を
「ミリエッタ嬢、手をお借りしても?」
そっと引き寄せ、目を伏せるとそのまま
「~~!?」
じっと見つめられドキドキと早まる
てしまうのではないかと頰を上気させながら心配していると、触れていた手を
「嫌うなどとは心外です。
「まぁ! ジェイド様ったら、
「あははは! いや、揶揄ったつもりはありません。そもそも睨んでなどいないし、ましてや嫌うなど
恥ずかしさのあまり上気した頰を
「怖い思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
夜会で睨みつけられた時が
こんなに優しくミリエッタの気持ちに
その後も
《遣づか》うように話し掛けてくれるその気持ちが嬉しくて、言葉を返すうちに少しずつ緊張がほぐれていった。
程なくして目的地に到着し
「少しだけ歩きますが宜しいですか? 歩き
茶目っ気たっぷりの表情を見せるジェイドにつられて笑顔になり、コクリと小さく頷いた。
「遠慮は無用です。柔な鍛え方はしておりませんので、
「ふふ、そんなことをしたら、ジェイド様が疲れてしまいます」
後で
思わず吹き出したミリエッタは馬車に乗った時の緊張が噓のように消え、自然とその腕に手を添えることが出来た。
「ジェイド様は、すごいわ」
慣れないデートに
「実を申しますと私は背も低く、すぐ道に迷ってしまうため、人混みがあまり得意ではないのです」
努力して出来るようになる事もあるが、
「……ですが、ジェイド様がエスコートしてくださるなら、安心ですね」
ジェイドの身体がビクッと硬くなり、次の
具合でも悪いのだろうかと心配になって腕に触れる手に力を
自分の発言で気分を害し
「いつでも……お望みならば、いつでもエスコートします」
「 !? あ、ありがとうございます」
一瞬抱きしめられるのかと
恥ずかしさで
ミリエッタの手を握り締め、目的の店へと
「え、ちょ、ジェイド様!」
「ご安心ください、目的地まであと数分程度です。十メートル先に見える看板を曲がった場所にありますので、私が責任を持ってご案内します」
「いえ、その
彼の
まるで任務にあたるように目を配りながら、優しくミリエッタの手を引くジェイドの耳に、もはや周囲の雑音は届いていないらしい。
かくして二人は無事、スイーツの店へと
店の一階には人が溢れ、席待ちの行列が出来ている。
二人が店に近付くとオーナーだろうか、奥から三十前後の女性が走り寄り、ジェイドと言葉を
一階席は多くの客で
「落ち着いた雰囲気の
「喜んでいただけて何よりです。実はここ、うちが出資をしているお店なんです。二階は予約席となっていまして個室が四つあるのですが、本日は予約客がいなかったため、二階を丸ごと貸し切りにしてもらいました」
ミリエッタから感謝の言葉を
「美味しそう……」
こんなに
「ようこそお
もし宜しければ、本日のおすすめ『クレープ・シュゼット』は
マーリンの言葉を受け、ジェイドも続けて口を開く。
「この店は『クレープ・シュゼット』が絶品です。目の前で焼いてくれるので、苦手でなければ
二人に
仕上げにとフランベした瞬間、ボッと音を立てて片手鍋から
取り分けられ、フルーツを添えた皿が目の前に運ばれると、それまでマーリンの手元を楽し気に見つめていたミリエッタが、思わず「わぁっ」と小さく
タイミングを同じくしてティーカップに紅茶が
ソースをたっぷり付けて
焼き立てのもちもちした生地の美味しさに、ミリエッタは
「美味しい! こんなに美味しい『クレープ・シュゼット』は初めてです。素敵なお店に連れて来てくださり、ありがとうございます!」
頰に手を当て喜ぶ姿に、ジェイドも嬉しそうに相好を
少し
「……ッ! こちらのお店は、
爽やかな香りの中に、ほんのりとした甘み。
わずかな
「つい先日、ドラグム商会が珍しくゴードン伯爵領を訪れまして」
四大公爵家の一つ、オラロフ公爵家が運営するドラグム商会。
大陸を
ところがつい先日、珍しい茶葉が手に入ったから是非にと訪れ、ミリエッタも同席し、いくつか試飲をさせてもらった。
その中で数点、気に入ったものを
「品質も良く、お値段も
「それは、
ジェイドが解説をすると、ミリエッタがキラキラと目を
「とてもお
「はい、仰る通りです」
気のせいだろうか、心なしかジェイドの頰が少し強張った。
「お薦めいただいたスイーツとの
「……そうですね」
ああ、他にはどんなスイーツが合うかしら。
その場合は、あれとこれと……。
スイーツと紅茶のマリアージュを、夢中で語り始めたミリエッタだったが、ふと顔を上げ、ジェイドを真正面から見つめた。
「一番摘みですと、どのスイーツが合うと思われますか?」
ワゴンに並べられたスイーツを、ミリエッタはうっとりと思い出す。
「ああでも、渋みが強いから、ミルクティーのほうが良いかもしれないわ。ジェイド様はいかがですか?」
まさか紅茶談議に花を
予想外に博学なジェイドに嬉しくなったミリエッタは、次から次へと
もはやデートであることをすっかり忘れ、仲のよい友人とお茶をしているような心持ちのミリエッタ。
「もし宜しければ、先程のオーナーパティシエをお呼びしましょう。彼女であれば、きっと満足のいく提案をしてくれるはずです」
ミリエッタの楽し気な姿を嬉しそうに見つめながら、ジェイドはテーブル上の
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