第43話 獣の晩餐

「裕太!?」

「社長?」


 前線で対峙する二人の間を駆け抜けて、真っすぐにミノタウロスへと向かう。


 まさに、ミノタウロスにしか見えない。

 角が生えた雄牛の頭部。

 3メートルはあろうかという、筋骨隆々とした肉体。

 手足は剛毛に覆われて、両手は人、足は蹄。


 イメージ的には、斧を持っていそうだが……こいつは素手だ。

 まぁ、得物を持っていないというのは、都合がいい。


「ブオオッ!」


 振り下ろされる拳をギリギリで避けて、跳ぶ。

 正雀が言っていた通り、異形な見た目でも人の形をしているのだ。

 つまり、殺せば死ぬ。


 無言で毛皮に覆われた首にマチェットを薙ぐ。

 毛皮と、筋肉。それが黒鉄鋼ブラックメタル製の殺傷力を鈍らせた。

 斬るのが無理なら、刺すしかない。


「……ッ!」


 素早く逆手に持ち替えたマチェットを、ミノタウロスの左耳に刺してねじ込む。

 軟骨と肉を裂く複雑な手ごたえと同時に、ミノタウロスが痛みに身をよじった。


「ブオオオオン!」

「うるさいな。舌を引っこ抜いてやろうか」


 絶叫じみたミノタウロスの鳴き声に、ため息を吐きながら地面に着地した俺は……マチェットを忘れてきたことを思い出した。

 まぁ、あんな鋭利なブツが耳から脳に刺さっていれば、痛みもするか。

 たたらを踏むミノタウロスの背後から、駆けてきた亜希が渾身の力でバトルアクスを穿つ。

 それと同時に、頭上から降ってきた正雀が勢いそのままに刀を振り下ろした。


「裕太、大丈夫なの──って、あー……入ってるのね」

「入ってるッスか?」

「たまにこうなるのよ。すごく強くて、すごく凶暴になっちゃう。暴走よ、暴走」

「失礼な。俺は、俺だ。それより離れててくれ」


 体の奥からじわじわと溢れ出す『渇望』が、『飢餓』の意志が……目の前の命を欲している。

 ヘタをすると、二人を巻き込みかねない。


「わかった。邪魔しない」


 バトルアクスを俺に投げ渡して、亜希が一歩下がる。

 それを見た正雀が、少しの逡巡の後に同じく下がった。


「大丈夫なんスよね?」

「ダメだったら、後を頼んだ」


 それだけ告げて、俺はミノタウロスに対峙する。

 痛みを怒りに変えて、殺気に満ちた目を血走らせる牛頭。

 なかなか仕上がってきたじゃないか。

 実に、美味そうだ。


「ブゥオオオオッ!」

「おおおおおおッ!」


 突進してくるミノタウロスに、バトルアクスを叩きこむ。

 亜希のパワーに負けないように調整された特別製。

 頑丈さも切れ味も、規格外。

 これ以上の、武器カトラリーはそうない。


 それを、何度も振るう。

 ミノタウロスの攻撃を避けながら、時に受けながら。

 何度も、何度も、何度も何度も何度も……武器を振り下ろす。

 決着は、すぐについた。


「グォオ……オ……」


 四肢を欠けさせ、角を失い、その身を血で染めた獣が俺の前にうずくまっていた。

 息も絶え絶えで、もはや扉を破った瞬間のあの威風堂々たる姿は、もうない。


「──死ね」


 バトルアクスを片手で勢いよく振り下ろす。

 ミノタウロスにとっては、それが最後の光景になっただろう。

 首が壁際まで跳んで、傷口からは派手に血が舞った。

 降り注ぐ返り血を浴びながら、俺は身体に染み込んでいく『命』に歓喜する。


 何たる充足感。何たる満足感。

 『飢餓』に焦らされていた『渇望』が、ゆっくりと満たされていくのは、この上ない喜びと快感だ。


 命を奪う瞬間、最高に生きるということを実感する。

 生きることは殺すことなのだと、否応なしに理解させられてしまった。


「はぁー……」


 息を吐きだして、心を落ち着ける。

 戦いは終わった。獣の晩餐は、終ったのだ。

 人に戻らなくては。


「裕太!」

「亜希、斧……ありがとう」

「それはいいけど、どろどろよ?」


 そう言われて、我が身を見ればひどい有様だった。

 体の痛みはない。たぶん、全部返り血だろう。


「いやー……映像で見るよりやばいっスね、社長の暴走」

「化物じみてるだろ? あんまりいいモンじゃない」


 そう答えながら、冷静さを引き出そうとする。

 今回は、バカみたいに好き放題『力』を揮ったせいで……全然、『人』が戻ってこない。

 このまま魔物モンスター狩りをしてもいいくらいに。


 だが、そういう訳にはいかないだろう。

 脅威が去ったことを折り返し野営地リターンキャンプの面々に伝えないといけないし、仲間達には休息が必要だ。


「正雀、魔石の回収を。亜希、悪いんだけどミノタウロスをキャンプまで引き摺って行ってくれ。ジェニファーと十撫は〝プロフェッサー〟達に伝達を頼む」

「裕太は?」

「俺は──少し、一人にさせてくれ」


 亜希にそう言い含めて、すっかりひしゃげた封鎖ゲートの前に座り込む。


 仲間への指示はできた。

 まだ、『まとも』な状態。

 深呼吸して、迷宮ダンジョン適応の反動を静かに抑え込む。

 前回、前々回は、迷宮ダンジョンの外にすぐに出られた。


 だが、今回はそうもいかない。

 迷宮ダンジョンの外であれば、まだ我慢できそうな衝動が俺を支配しようと蠢く。

 『人』と『獣』の間を行ったり来たりして、ひどく不安定だ。


 ……さて、どうしたものか。


「お疲れ、さま」

「ああ、お疲れ様」


 水にぬれたタオルを俺に差し出して、十撫がちょこんと隣に座る。

 それだけで、彼女からいい匂いがして俺の理性を揺らした。


「十撫、みんなのところに」

「どうして?」

「俺が普通じゃないから。反動の話、亜希から聞いてるんだろ?」

「うん。聞いた、よ?」


 十撫が、にこりと笑う。


「落ち着くまでは、こうしてる。だから、できるだけ近寄らないでくれ。いいな?」

「わざと、です」

「おい、十撫……!」


 諫めようとするが、その前に十撫が俺の手を取った。


「なんとか、なる。任せて。だから、行こ?」

「……わかった」


 十撫がそのように言うのだから、何か策があるのだろう。

 この娘は、その特別な感知能力で俺のことについていろいろ掴んでいるようだし。


 ……そう思っていた時期が、俺にもありました。















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