第44話 折り返し、地上へ
「今回は助かったよ、相沢君」
〝プロフェッサー〟が湯気の立つカップを俺の前に置きながら、小さく笑う。
恋人と拠点の無事が確認されて余裕ができたのか、その表情は柔らかい。
「まさか、あっさりと倒してしまうなんてね」
「防衛部隊が無駄になったと小言を言われたよ」
「急かしたのは私だ。あとで謝っておくよ」
ミノタウロスの
ようやく到着した自衛官と武装
まぁ、魔石払いで相当な収益になったけど。
「しかし、君も難儀だね。
「能力についてもよくわかってないですけどね」
「飢餓感とそれに伴う捕食的戦意向上、それを可能とする身体能力の増加に生存本能に任せた倫理観の欠如。捕食体験による身体再生……と。聞いてる限りは、こんな所か」
〝プロフェッサー〟が、目の前の紙に俺の『力』について書き出す。
発動回数は、丸樹でのことを加えると三回。
まだ、試行回数はまるで足りていないが……どの場面でも、〝プロフェッサー〟の指摘した力が発動している。
「それで、反動が……性欲の増加と睡眠欲の増加。ヤるだけヤリまくって、あとはぐっすりだったものな、君」
「……」
これについては、黙り込むしかない。
どうせ理性が蒸発するなら記憶も一緒に吹っ飛んでくれればいいものを。
「いやー、すごかったよねぇ。あんな何時間もさ」
「その節は、ご迷惑を……」
「古川君もあのくらい頑張ってくれないかな? いや、ダメだな。あんなにされたら、私の大切な頭脳がパーになってしまう」
〝プロフェッサー〟のジョークに半笑いで返す。
ていうか、口ぶりからして覗いていたんじゃないか?
まったく、趣味の悪い。
「だが、まあ。データを積み重ねていくしかないだろうね。毎回こうなのか、パワーを小出しにできるようになるのか、反動を抑えるコツがあるのか……」
「ようやく発現した
お茶を一口飲んで、軽くため息を吐く。
発動がまばらでよくわからないからこそ、何とかなっているとも言えるのだ。
これがもし
むしろ、
「獣のようだな、君の能力は」
「……そのものですよ」
三大欲求に忠実。
まさに、獣そのものだ。
あんまり、人を捨てたくはないのだが。
「自分の
「そうするといい。困ったら、またここを尋ねて来ればいいさ。君なら大歓迎だよ。なにせ、このキャンプの英雄だからね」
「大袈裟ですよ、〝プロフェッサー〟。俺はいくつかの借りを返したにすぎません」
俺の言葉に、〝プロフェッサー〟が笑いながら首を傾げる。
「ここの連中も、みんなそんな風に言うんだよね。私は、そんな善人じゃないってのにさ」
「あなたや、あなたの作ったここに助けられた人は、いくらでもいます。今後も増えますよ」
「実験データを取る人数が増えるのはいいことだけどね」
照れているのか、白衣をパタパタとさせる〝プロフェッサー〟。
彼女が善人でなければ、何だというのか……というのが、俺の感想。
この稀代の変人がいなければ、この世界に存在しなかったものがたくさんある。
それに助けられた人はもっとたくさんいて、中には彼女の研究がなければ生きていなかった人もいるはずだ。
「でも、もう少しゆっくりしていけばいいのに。〝アウターグリッチ〟を見に行くつもりだったんだろう?」
「そりゃそうなんですけど、
あえてここでは口には出さなかったが、丸樹の件もある。
一度それらをしっかりと報告し終えてからの方がいいだろうと、仲間たちと話し合って決めた。
ギアもいくつか破損したし、仕切り直した方がより安全だと俺も思う。
「それじゃあ、〝プロフェッサー〟。そろそろ」
「ああ。次の
「ここに潜る時は、必ず」
カップの中身を飲み干して、俺は立ち上がる。
地上に戻る防衛隊に紛れて戻る予定なので、少し急がなくては。
「またね、相沢君」
手を振る〝プロフェッサー〟にお辞儀をして、俺は研究所を後にした。
◆
自衛隊員や他の
……が、そこで目にしたのは
今回の件は、
「ボク、車を回してくるっス」
「悪い、頼むよ」
人ごみに紛れて声だけの正雀に、頷いてお願いする。
良くも悪くも注目を浴びている俺達『ピルグリム』にマイクが突きつけられるのは、時間の問題だ。
となれば、歩く距離は短い方がいい。
「なんだか芸能人になった気分ね!」
「俺は犯罪者になった気分だよ」
俺という人間は、あまりマスコミを好いていない。
今は少し是正されたと聞いたが、一昔前は切り抜きに捏造、誤認というものをエンターテイメントのように発信するきらいがあった。
俺が「猫が好きです」なんてコメントしたら、報道にのるのは『ピルグリム社長、犬嫌い!』であるとか、『大学生社長探索者は猫系女子が好き!』になる可能性がある。
なので、できるだけこういう場面では関わり合いになりたくない。
「大丈夫? 裕太、さん」
「早く家に帰りたい。風呂に入って眠りたい」
「あんなに、たくさん、寝たのに?」
「能力反動の睡眠と、普通にベッドに入りたいのとは別なんだよ……」
自衛隊に紛れて、駐車場までの道をじわじわと進む。
一応、報道避けにテープが貼ってあるが、マスコミの勢いはお構いなしだ。
大声を張り上げるレポーターもいる。
「見えた、走るぞ!」
俺の掛け声と同時に『ピルグリム』全員が駆け出して社用車へと向かう。
ギリギリまで寄せて止めてくれた正雀に感謝しつつ、車に駆け込んだ俺達は……報道陣を置き去りに、西陶大学を後にするのだった。
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