第42話 小悪魔は囁く
そして、俺達が準備を終えた頃。
……封鎖ゲートが鈍い音とともに、破られた。
「くる、よ!」
十撫がスリングショットを構えながら、短く警告を発する。
その言葉に応じたわけではないだろうが、封鎖ゲートをヘシ曲げながらのしりと……
「ホントに、ミノタウロスなんスねぇ……」
「気を付けろ、神話系の
「見たらわかるわよ! あの図体だもの!」
この見覚えというのは、見たこともない
過去に出現した
さすがにドラゴンの出現報告は聞いたことはないが、世界各地でこうした『神話系
「ジェニー、やっていいぞ!」
「OK! BOSS!」
返事と同時に、ジェニファーの指先から特大の光弾が放たれる。
高純度の魔石を丸ごと消費して最大火力の初手を切る、というのが今回の『プランその1』だ。
マナ研究者が目を剥きそうな貴重品、値段も当然張るが……命には代えられまい。
俺達の目的は、
最初からフル火力で行く必要がある。
「亜希、ぶっぱなせ!」
「ええ!」
【
痛み止めが効いてるとはいえ、右足のバランスが悪い俺が撃つよりいいだろうと思っていたが、あの武器はこのまま亜希に渡しておいていい気もするな。
「ブオオオオッ!」
胴に光弾、そして左腕に太矢を受けたミノタウロスが、悲鳴とも怒りともわからぬ鳴き声を上げる。
『プランその1』は効果ありだったが、仕留めるには至らなかったか。
この初手に期待していたのだが。
「くるぞ! 戦闘開始! 踏み込みすぎるなよ!」
俺自身もマチェットを抜きつつ、声を張り上げる。
戦闘に耐えられるかどうか、と問われれば「きっと無理」なのだろうが……無理を押し通す手段だって、ないことはない。
「一意専心──FIRE!」
こちらに向けて突進する仕草を見せたミノタウロスに、ジェニファーの二射目が放たれ、出鼻をくじかれた牛頭がたたらを踏む。
〝プロフェッサー〟は好きに使っていいと言ってくれたが、これで500万円近くの魔石が消費されたと思うと、少しばかり胃がきゅっとなる光景だ。
だが、その火力はこの戦闘において命綱とも言えるもの……ケチッてなどいられない。
「化物とはいえ人型。素っ首を叩き落とせば、問題なしッス」
ぞっとするような気配で、ぞっとするような言葉を口にした正雀が、音もなく空に跳ぶ。
右手に
現代の忍者というのは、なかなかロマンがある。
「あたしも行くわ」
「気を付けてくれよ、亜希」
うなずいた亜希が、猛スピードで駆けていく。
俺の
しかし、丸樹を叩いたときに不完全燃焼だった『渇望』が、少しばかり腹の底にくすぶっているのは感じている。
これを、どう惹起させるのかがわからない。
そもそも、発動してしまっていいのかもわからない。
少し、怖いのだ。
俺の中にあんな獣じみた本性が眠っていたことに。
「怖い?」
前線を睨む俺に、十撫がそっと囁く。
まるで、俺の心を読んだかのように。
「ごめん、びっくり、したよね。でも、そんな風に、見えたから」
「君にはかなわないな。まぁ、怖いよ。迷ってもいる」
「うん。裕太さんの、力、すごく強いもん、ね」
そう、あの力は強力だ。
しかし、抑えがきかないところもあるし、反動も強い。
「でも、使わないでいて、みんながケガするのも、ヤなんだ、よね?」
「まったくもって、その通りだ」
前線では、亜希と正雀が善戦している。
しかし、それはまさに『薄氷を履むが如し』といった様相で、何もできない自分が……ひどくもどかしい。
「大丈夫、だよ」
「え?」
「たくさん食べて、たくさん抱いて、たくさん寝ればいい、よ?」
十撫の声が、妙に心地よく染みわたっていく。
俺の望みを、知っているかのようだ。
「今は、食事の時間。闘争の時間。命の時間」
「十撫、君は……」
「生きることは、食べること。我慢、しなくていい」
肚の底が、じわりと熱くなる。
それは小さな種火のようであったが、燻っていた『渇望』を目覚めさせるには、十分な熱だった。
「……ふふ、うまくいった」
「小悪魔ってレベルじゃないな」
「む、ひどい。でも、うん……終わったら、わたしを
なんて餌を見せつけてくれる。
よしてくれ、『渇望』に支配された俺は、倫理観とかが薄っぺらくなるんだ。
ああ、でもデザートにその豊満を貪れると思えば……目の前の『闘争』たる『晩餐』が、
ならば、手早く終わらせよう。
すぐに終わらせよう。
あの美味そうな命を喰らって──この柔らかそうな女どもを
「ブオオオオン!」
ミノタウロスが怒りの声を上げている。
殺気に満ち溢れていて、実にいい。
きっと、あれの命は……とても美味い。
「行って、裕太」
十撫の声が、きっかけになったのか……俺は、獣の意思を宿してミノタウロスへと
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