第41話 聞き分けがない人々

「ゲートを閉めて! 特別通報トクツーの這い出しがあるかもしれない!」


 階段を駆け上がり、フロア5まで登ったところで付近にいた研究員に声をかける。

 少し驚いていたようだが、俺の言葉を聞いてた研究員はすぐに周囲の人間を呼び集め始めた。


「亜希、先行して古川さんを医務室へ」

「了解!」

「ジェニー、正雀。俺のことはもういいから、封鎖ゲートの閉鎖を手伝ってくれ」

「NO! 自分のキズ、ちゃんと理解してるでござるか?」

「死にやしない! 野営地に這い出した魔物モンスターが入り込む方が問題だ!」

「すぐに閉めて戻ってくるッス!」


 まだ納得いかなさそうなジェニーの腕を引いて、正雀が封鎖ゲートを押す研究員達の方に引っ張っていく。

 鋼鉄製の分厚い封鎖ゲートは、こういった場合に備えられたもので……深度5以上のグレムリン・エフェクトが発生しても影響を受けないように、滑車すら使われていない。

 つまり、力任せに開閉するしかないのだ。


「裕太、さん。大丈夫?」

「いまのところ、痛みが少し。……俺も医務室に向かうよ」


 左足で何とか立ち上がり、なんとか立ち上がる。

 瞬間……ぐらりときて、倒れてしまった。


「裕太さん!?」

「まずった。血を流しすぎたらしい……十撫、悪いんだけど、止血パッド張ってくれないか」

「うん。待ってね」


 十撫が腰のバッグから救急ファーストエイドキットを取り出して、俺の傷口を水で洗い流す。

 冷たくて気持ちいいと思った矢先、ずきりと痛んだ。


「どう、しよう。こんな」

「どうした?」

「傷、深い。説明、する?」


 十撫の確認に、俺は小さくうなずいて返す。


「右足は無理やり引きちぎったから、半分になりかけ。親指と中指の中足骨が、複雑骨折。左側腹部の傷は、内臓もちょっとダメになってる、かも」

「重傷に聞こえるんだが?」

「重傷、です」


 小さな止血パッドを脇腹に重ねて張って貼って、十撫が小さくため息を吐く。


「無茶、しすぎ。死んだら、どうするの?」

「あの時は、いろいろと頭に血が上っててさ……」


 苦笑いする俺に、十撫も苦笑いを返す。


「悪いけど、亜希を呼び戻してきてくれ。俺を医務室に投げ込んでもらわないと」

「うん。むしろ、裕太さんのが、重傷かも」

「ここの医務室にはマナで動く治療用魔法道具アーティファクトもある。何とかなるさ」


 俺の言葉に頷いて、十撫が折り返し野営地リターンキャンプに走っていく。

 その後ろ姿を見送りつつ、俺は今後のプランについて思考を始めた。


 ◆


「ここを放棄するのは無理だよ、相沢君」


 フロア5に戻ってしばし。

 医務室で治療を受ける俺のところに来た〝プロフェッサー〟に、今後のことについて少し相談したのだが……やはり、返答は予想通りだった。


「でしょうね。ちょっとした避難もダメですか? 特別通報トクツーがあるんです、自衛隊が、防衛用の探索者ダイバーを寄越してくれるまででいいんですけど」

「古川君は重傷だ。ここから動かせない。だから私も動くわけにはいかない」


 愛が深い。

 こんな薄暗い迷宮ダンジョンからさっさと出て、早く結婚すればいいのに。


「例のミノタウロスがフロア5──ここに襲来したらどうするつもりです?」

「その時は古川君と一緒に死ぬ」


 筋金入りの愛情に、思わず苦笑が出てしまう。

 〝プロフェッサー〟の意外な乙女っぷりを知ってしまったが、状況はよくない。

 魔物モンスターというやつは人間を襲うが、人間の作ったものも壊そうとするので、封鎖扉が破られたら折り返し野営地ここに来るのは確実だ。


 貴重な研究資料、資材、実験道具に簡易家屋。

 動かすことができない怪我人。

 そして、動かないと駄々をこねる超重要人物プロフェッサー


 すでに地上への連絡に動けるものが向かったが、行って帰ってくるまでにざっと20時間はかかる。

 加えて、特別通報トクツー案件なので、学生探索者ダイバーを駆り出すわけにもいかないし、研究チームに属する探索者ダイバーが何人来てくれるかも不明。

 自衛隊も人員を動かしてくれるだろうが……それの編成を待っていれば、20時間なんてとてもじゃないが、間に合わない。

 すでに、封鎖扉は何者かの攻撃でたわみ始めている。


 と、なれば……ここにいる人間で防衛という話になるが、戦闘力のある探索者ダイバーは、連絡の確実性を持たせるために連絡要員としてしまった。

 防衛力はかなり低い。

 ここで下すべき判断は、少しばかりキツいものになるだろう。


「正雀、いるな?」

「はいッス」


 当たり前のように、扉の先から姿を現す正雀。

 どうせ、俺達の話をどこかで聞いてると思った。


「いまここにいる連中で、避難したいというのをまとめて地上まで護衛できるか?」

「できるできないで言ったら、できるっス」

「よし、じゃあ……なるはやで編成して地上まで護衛、脱出を手伝ってくれ」


 俺の言葉に、〝プロフェッサー〟が顔を上げる。


「私は行かないぞ! 古川君と一緒にいるんだ」

「わかってますって。帰りたい人だけお帰り頂くってことで」

「……社長はどうするッスか?」


 正雀の言葉に、俺は両手を広げてみせる。

 えぐれた腹部に、裂けた足。


「御覧の通り、居残り組だ。足手まといになる」

「じゃあ、自分も残るっス」

「おいおい、正雀……」


 我儘を諫めようと口を開こうとした瞬間、扉が勢いよく開いた。

 というか、根元からべきりと取れた。


「ダメよ! それなら担いでくからね!」

「ん。簀巻きにして、引き摺って、いく」

「市中引き回しでござる」


 どうやら聞かれていたらしい。


「社長命令だ」

「聞けないわ。社長はケガで休業中よ。副社長は……あたしでいっか」


 ビシっと俺を指さしながら、宣言する。


「断固、拠点防衛よ! 裕太も〝プロフェッサー〟も守り切るわ。副社長命令よ!」

「おいおい、亜希。聞け」

「何よ」

「残ると決めた者なら残るのはよしとするけど、ここには逃げたくても逃げられない研究者やスタッフがいる。フロア5は学生探索者ダイバーでも潜れるとはいえ、一般人にとっては危険だ。身を護るためのギアもない。そういう人達を、避難させないと」


 俺の言葉に、亜希がじわりと涙をにじませる。

 良心が少し痛むが、ここは何としても納得してもらわないと。


「それには及びません」


 突然の声に視線をやると、数人のスタッフが病室の入り口に立っていた。


「オレ達は、〝プロフェッサー〟の門下です」

「行き場のないところを、実験だなんて言って拾ってもらった身なんです」

「〝プロフェッサー〟が残るなら、我々も残ります」

「ここは、私たちの居場所ですから」

「君達、正気か?」


 スタッフの言葉に、〝プロフェッサー〟が驚きの声を上げる。


「総意ですよ、一人残らずのね。ですから、皆さんは、早く脱出なさってください」

「すまない、みんな」


 〝プロフェッサー〟の言葉に、住民たちが笑う。

 覚悟を決めた人間の決意が満ちた笑みだった。


「我々はどうするっスか? 社長担いで逃げるッスか?」

「んー、ダメかも」


 俺が言葉を口にする前に、亜希が俺の額にひとさし指を押し付ける。


「見てよ、この顔。次にはきっと『置いて逃げろ。社長命令だ』って言うわよ?」

「言いそうっスねぇ」

「絶対、言う」

「違いないにござる」


 読まれていたことに驚いて、俺は黙るしかない。


「それに、あたし達を帰らせた後、一人で戦うつもりよ。裕太ってそういう人だもの」

「ん。だから、残る」


 太刀守姉妹が、俺を挟み込むようにして抱擁する。


「この程度の修羅場、拙者は何度も経験してるでござるよ」

「ボクもっス。それよりも〝プロフェッサー〟を残して撤退なんてしたら、お爺様に折檻されちゃうっス」


 こうなると、もう何も言えない。

 だって、残ると決めたスタッフと同じ顔をしている。


「わかった、わかったよ。〝プロフェッサー〟。マナで精製した痛み止め、あっただろ? あれをありったけくれ」

「体に悪いよ? 副作用もあるし」

「何もできないで、ここで寝転がってるわけにはいかないからな」


 受け取った薬を注射器で流し込み、俺は立ち上がる。

 違和感は少しあるが、動ける程度には痛みが失せた。

 これなら、いける。


「総員戦闘準備! 何としてでも、救助隊が来るまで持ちこたえるぞ!」

「おお!」


 気合十分に返事をした仲間たちが、バディチェックを開始した。

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