第39話 醜悪の極み
「ぐ──ッ!?」
痛みに膝を折ってしまうが、古川さんを落とさないように何とかバランスをとる。
「裕太!?」
「裕太、さん?」
太刀守姉妹が俺に駆け寄ろうとするが、その足元にも何処からか飛んできた矢が刺さった。
それに、驚いて亜希と十撫が動きを止める。
「全員動くなよ。武器を捨てて、両手を頭の後ろで組め」
暗がりから見知った顔の男が姿を現す。
こんな所に、いるはずがない人間だ。
「丸樹……?」
「先輩を付けろよ、相沢ァ」
他にも、二人。覆面で顔を隠して、装備は最新式。
丸樹が持っているのと同じ大型のクロスボウを構えている。
「早くしろ。それとも相打ち覚悟で早撃ち勝負するか? 相沢か、そこの男は確実に死ぬがな?」
丸樹の言葉に、仲間たちが、武器を床に投げて……言われた通りに腕を頭の後ろに組む。
それを見た丸樹が、大型クロスボウの弦を踏み引き絞りながら満足げに笑った。
「それでいい。聞き分けがいいと、助かるぜ」
「丸樹、いったい何のつもりだ?」
「そりゃこっちのセリフだ。お前こそ、何のつもりでオレをハメやがった?」
丸樹の言っていることがまるで理解できなくて、小さく首を傾げる。
「ハメた? 俺が?」
「ああ、テメーだ」
準備を終えた大型クロスボウをこちらに向けながら、丸樹が大仰にため息を吐く。
どうして丸樹がここにいるのか、こんな凶行に及んだのか。
そして、後ろの二人は何者なのか。
なにもかもが、さっぱりわからない。
「わかんねーのか? お前が訴訟なんてケチくせぇマネをしてくれたおかげでよ、オレは困ってんだよ」
「あんたが俺にしたことと何が違うっていうんだ」
顔をしかめた丸樹が詰め寄ってきて、クロスボウで俺のこめかみを打ち据える。
衝撃で床に転がった拍子に、古川さんも床に倒れてしまった。
「ぐ……」
「オレが話してる途中だろうが! あ?」
俺を踏みつけて、丸樹が激昂する。
前々から短気な奴だとは思っていたが、今日は特別キレやすいようだ。
「自分がされて嫌だったことは、他人にしちゃダメだろうがよ!?」
言ってることが無茶苦茶だ。
何か、ヤバイ薬品でも入ってるんじゃないだろうな。
「あんた……こんなことをして、ただで済むと思ってるんスか?」
「そう、それなんだよなぁ」
正雀の言葉に大仰にうなずいた丸樹が、俺を再度踏む。
「ただで済むわけねーだろ? オレの人生、めっちゃくちゃだよ。潮音は犯る前に逃げるわ、退学にされるわ、訴訟されるわ……もう、踏んだり蹴ったりだよ。就職先だって、お前のせいで見つかんねーし」
「あんたの自業自得でしょ!」
亜希の声に、丸樹が舌なめずりするようにしてニヤリと笑う。
「動画で見るより、ずっといい女じゃねぇか」
クロスボウを亜希に向ける丸樹に、俺は声を上げる。
「丸樹、やめろ!」
「オレに指図すんじゃねぇ!」
踏みつける力が強くなり、息がしづらい。
そんな俺を見下ろして、丸樹が口を開いた。
「お前はここで死ぬ。事故に遭ってな!」
迷宮内の事故に見せかけて、俺を殺すつもりか。
そう言う輩がいるという話は、耳にしたことはあったが……まさか、丸樹がそんな考えに至ってるとは思いもしなかった。
そうなると、後の二人は……最近何かと噂になっている、『
「お前がいなくなれば、全部うやむやになんだろ? やってやるよ!」
俺にクロスボウの矢先を向ける丸樹。
ダメか、と思った瞬間……丸樹が、ふと空に浮いてる【ゴプロ君】に目をやった。
「いいことを思いついた」
「……?」
「せっかく配信用の撮影
粘着質な笑みを浮かべながら、俺の右足にクロスボウの太矢を発射する丸樹。
鋼鉄製の太矢が、足の甲を貫通して床に突き刺さる。
「あぐッぁ……!」
ずきりとした痛みと熱感に、くぐもった悲鳴が口から漏れてしまう。
転げまわりたいが、右足が床に縫い付けられてしまってそれもままならない。
「何をする気だ……ッ」
「……だから、ショーだよ。お前が潮音をかっさらってったもんだからよ、溜まってんだ。日本初、
にやにやと嗤ってそう囁きながら、俺から離れる丸樹。
何とか制止しようと腕を振り回すようにして丸樹のベルトを掴んだが……クロスボウで殴られて、腕が折れた。クソ怪力野郎。
「おい、そこのお前」
「……!」
「さっき、おれにナメた口きいたお前だよ」
丸樹の視線が、亜希に向けられる。
「何よ……!」
「脱げ」
「は?」
何を言っているのかわからない、という亜希の返答が気に入らなかったのだろうか。
丸樹は、俺に向かって太矢をもう一射した。
適当に狙ったらしいそれは、プロテクターを貫通して俺の脇腹を穿つ。
意識が、半分吹き飛びそうな痛みが、身体を駆け巡った。
「──……ッ」
「裕太! やめなさいよ! アンタ!」
「口の利き方と態度には気を付けろよ? 亜希チャン」
亜希の悲鳴に対して、丸樹がクロスボウの弦を踏み引き絞りながらケタケタと嗤う。
人間の醜悪さをかき集めたような、最悪の面構え。
それを目にした瞬間……文字通りに、身体の血が沸き立つのを感じた。
「あああああああッ」
足の甲を半ば引きちぎりながら、無理やりに立ち上がる。
痛い。体中が痛くて、馬鹿みたいに熱い。
「ふー……ッ ふううううッ」
息を吐きだしながら、丸樹を睨みつける。
何をビビった顔してるんだ。
「お、おい……! 動くな! こ、殺すぞ!?」
ここにきて、いまさら何の脅しだ?
そうとも、ここに至った。至ってしまった。
そうなったら、もう止められやしないというのに。
『渇望』が、『飢餓』が、俺の獣のごとき『生存本能』が──お前を、敵だと認めた。
殺せ、ぶちまけろ、と心の奥から衝動が湧き上がってくる。
だから、俺からお前に伝えるべき言葉はこれしかない。
……もう、これしかないんだ。
「死ね」
短く言葉を発した俺は、滾りのままに丸樹に拳を叩きこんだ。
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