第36話 なんでもする

「昨日なんだけど、調査のためにフロア7に下りた大学所属のパーティが、半壊して戻ってきた」


 〝プロフェッサー〟の研究室。

 資料が山と積まれた雑然とした応接室で、お茶を出しながらそう切り出す清松教授。


「曰く、これまで見なかった魔物モンスターが出現したらしい。かなり強力で、特別通報トクツーになったんだけど、まだどうするか方針がおりてきてない」

「俺達と同じパターンだな」

「どうも、日本各地で同様の現象が起きてるらしいね?」


 〝プロフェッサー〟がいくつかの資料をテーブルの上に示す。

 その中には、俺達が報告した『猩猩鹿』の報告書もあった。


「さて、どうしたもんかな。フロア6以降の進行許可を出すのは、私の仕事なんだけどね?」

「ちなみに、どんな魔物モンスターだったんです?」

「ミノタウロスだ」

「え?」

「だから、牛頭マッスルなミノタウロスだよ」


 俺だけでなく、仲間達も驚いた顔を見せる。

 というのも、迷宮ダンジョンに『人型』の魔物モンスターが出現するのはひどく珍しい。

 神話やゲームで見たような魔物も、見たことがないような魔物も迷宮には出没するが……人間型の魔物モンスターというのは、世界中でも数例しか発見報告がないのだ。


 しかも、そのどれもが凶暴で危険、かつ……積極的な這い出しオーバーフロウを目指す特性があると聞いている。

 準探索者ダイバー資格のペーパーテストにも、『人型の魔物モンスターとの接触は避ける』、『即、特別通報を入れる』という選択項目があるくらい、注意せねばならない。


「よし、潜行ダイブをここで折り返そう。異常事態が起きてる深部フロアに下りるわけにはいかない」


 俺の言葉に、仲間たちが頷く。

 そんな俺達を見て、〝プロフェッサー〟も小さくうなずいた。


「いい判断だね、相沢君。ただ、よかったら一つ頼まれてほしいことがあるんだ」

「なんです?」

「そのパーティに同行していた研究者が一人、行方不明のまま戻ってないんだ」

「場所は?」

「フロア6までは一緒だったと聞いている。おそらく、まだ生きてる」


 その言葉に頷いて、俺は仲間たちに視線を向ける。

 俺はリーダーであるが、一存で決めるつもりはない。

 特別通報トクツー対象である、危険な魔物モンスターがうろついているかもしれない深部へ突入するには、覚悟が必要だ。


「あたしは賛成。まだ、生きてるんでしょ? その人」

「わたし、も。放って、おけないよ」

「拙者は、リーダーの判断に任せるでござる!」

「いいっスよ。……ただ、報酬次第っス」


 やる気満々でうなずく仲間たちの中で、正雀だけが冷静だった。

 確かに、依頼であればリスクに見合った見返りが必要だ。


「なんでもする」

「はひ?」


 教授の返答に、正雀が唖然とした表情を見せる。

 あまりにも端的な上に、〝プロフェッサー〟の口から出る言葉とは思えなかった。


「なんでもって、どういうことっスか?」

「なんでもだよ。研究成果でも、資産でも、身体でもいい。命は残しておいてほしいが、どうしてもというなら、かまわないよ?」

「ま、まま……待ってくださいっス! 突飛すぎるッス!」


 報酬の重みにさすがの正雀が取り乱す。

 仲間たちにしても、唖然として固まってしまっていた。


「まさか……」

「行方不明者の名前は古川だ」


 〝プロフェッサー〟には複数の弟子がいる。

 その中でも、特にお気に入りなのが『古川 佐吉』だ。

 柔和で仕事熱心な彼は、……フィールドワークや書類整理、各種申請、加えてワーカホリックの変人である〝プロフェッサー〟の生活介助にいたるまで、なんでもこなす超人で、俺も何度か話したことがある。


「茶に誘って状況説明してる場合か! このバカフェッサー!」

「う、ぐ」


 おかしいと思ったんだ。

 引きこもりの〝プロフェッサー〟が野営地の出口付近にいるなんて。

 あの時、きっと一人でフロア6に向かおうとしていたに違いない。


 ああ、もう。

 なんて面倒くさい人だ。さっさとあの場で泣きついてくれればよかったものを。

 変に格好つけて義理堅いんだよな、清松静って人は!


「到着直後ですまないが、これよりフロア6への潜行ダイブ及び、要救助者の捜索に入る。各員、損耗チェックとバディチェックを開始」


 そう指示を出して、俺は〝プロフェッサー〟に向き直る。


「そのパーティの撤退ルートと、古川さんがいそうな場所の情報、よこしてくれ」

「行ってくれるのかい?」

「そう言っている! 俺と〝プロフェッサー〟の仲だろう?」


 まったく。

 一体、俺があんたと古川さんにどれだけ世話になったと思っているのだ。

 それこそ、命を救われたことだってあるというのに。


「バディチェック完了! 損耗はほぼなし! いつでもいけるわよ、裕太!」


 亜希の言葉に頷いて、俺は〝プロフェッサー〟の額を指ではじく。

 世界的権威になんてマネを、と思うかもしれないが……そんな肩書が彼女を〝プロフェッサー〟にしてしまったと思えば、このくらいでちょうどいい。


「あう」

「報酬については覚悟しとけよ、〝プロフェッサー〟。代わりに、成功報酬だ」

「……相沢君」

「絶対に古川さんを連れて戻ってくるから、医療班を待機させといてくれ」


 そう告げて、俺は仲間たちにハンドサインを送る。


「それじゃあ、みんな……いくぞ!」

「先行警戒、お任せくださいッス!」

「感知、目一杯で、やります」

「腕が鳴るわね……!」

「張り切って、参るござる!」


 気合十分な仲間達と共に、下り階段の前まで進む。

 これまでとは違う、どこか冷たい空気が漂う暗闇に向けて、俺は声を張り上げる。


「『ピルグリム』進行。フロア6に潜行ダイブ開始!」

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