第34話 両手に花とミーティング

「7時45分現着。バディチェック開始」


 俺の指示に従って、お互いの装備ギアを確認するジェニファーと正雀。

 ちなみに、俺がバディチェックをしているのは亜希である。


「潮音さんじゃなくてよかったの?」

「入社直後に高難易度潜らせるような鬼社長にはなりたくないな」

「あたしに気を遣わなくてもいいのよ?」


 亜希の言葉に少しばかり、苦笑してしまう。

 気を遣っているのは、亜希の方だろうに。


「いいんだよ。ほら、こっち向いて。亜希はフル装備なんだから入念にチェックしないとな」

「ヘンなところ触んないでよ?」

「そういうのは帰ってからにするよ」


 軽口を叩いて、白いプロテクターにがっちりと固められた亜希の装備ギアを一つ一つ確認していく。

 先日、3フロアまで潜ったときは特に問題はなかった。

 が、今日は迷宮ダンジョン内でキャンプも想定した、深層への潜行ダイブだ。

 しっかりと確認しておかなければ。


「よし、オーケー。じゃあ、十撫のバディチェックを頼むよ」

「了解。でも、本当によかったの? 潮音さん、一緒じゃなくて」

「こだわるな? ……もしかして、やきもちか?」


 これは、しくじった。

 どうやら、失言だったらしい。

 見る見るうちに亜希の眉が釣り上がっていく。


「そうよ! 悪い!?」

「……悪くない。ちょっと嬉しいくらいだ」


 俺の正直な返答に、今度は亜希の眉がへにゃりと下がる。


「そういうとこ、ずるい」

「素直なんだよ、俺は。今までそんな風に想ってくれる相手がいなかったからかな?」

「鈍い」

「え」

「絶対そんなことないと思うわよ? 心当たり、あるんじゃない?」


 必死に記憶をたどるが……やはり思い当たらない。

 唸っていると、俺の腕を誰かが絡めるようにして取った。


「どうしたんスか? 修羅場っスか? チャンス到来ッスかー?」

「ちょっと、しょーちゃん! 裕太にくっつくの禁止! あんた、肌見えてるんだから!」


 『ピルグリムB1』のしっとりした肌触りと人肌の感触が両方、右腕にある。

 ついでに、正雀の控えめなふくらみの柔らかさも。

 何とか引きはがそうとしてみるが、そこは忍者の体術か、まったくはがれそうにない。

 もういっそ、役得とわりきったほうがストレスにならなくていいかもしれない。


「正雀、『ピルグリムH2』の着心地はどうだ?」

「いい感じっスね」


 正雀が装備しているのは、全身ボディスーツの『B1』ではなく、『H2』。

 フィットネスブラとハーフスパッツのセットに見える新製品──というか、改造試作品である。


 以前、『ピルグリムB1』の試用レポートに「アンダーウェア的な使用も視野に」という意見を提出したのだが、それを元に試作されたもので……つまり、肌の露出が多い。

 〝肌感〟を大事にしたい正雀にピッタリではないかということで、急遽支給されたわけだが、正直目のやり場に困る。


「離れてくれないか、正雀」

「なんスか? ボリューム不足っスか?」

「からかうのはほどほどにしてく……れ?」


 言葉が終わる前に、左腕にボリューム感のある柔らかさ。

 ふと見れば、抱え込んでいるのは十撫だ。


「わたし、参戦」

「勘弁してくれ……!」


 これから高難易度深部に挑もうという時に、なんて軽い空気なんだ。

 もうちょっと、緊張感を持った方がよくないだろうか?


「アキ、拙者はどこに飛びつくのがよきでござるか?」

「ダメよ、ジェニー。これ以上くっついたら倒れるわよ、あの人」

「oh...」


 よくわかってるじゃないか。

 そろそろ解放してくれないと、迷宮どころじゃなくなるぞ!


「ほら、離れて離れて。ミーティングを開始するぞ」

「しょうがないッスねぇ」

「むー」


 渋々と言った様子で離れた二人に軽くため息をつきつつ、俺は迷宮ダンジョンの入り口を指さす。


「先日に潜行ダイブしたので、迷宮ダンジョン情報についてはスキップ。フロア3までは前回と同じに進む。フロア4、5に関しては比較的安全なサイドルートを進行。フロア6以降は俺も経験がないので、ここからが本番だ」

「遺物回収はどうするっスか?」

「進行ルート上にあるものだけチェックしよう。とにかく、消耗を抑えながら進みたい」


 『西陶地下道迷宮ダンジョン』はフロア5まで完全攻略済だ。

 遺物の発生場所や、迷宮ダンジョン産物の位置、魔物モンスターの種類まで把握されていて、それらの採取をアルバイトにしている学生やゼミもある。


 俺としても、会社の利益的にはそれらを回収しながら進みたいという欲はあるが……目標が最深部となると、それらを回収するリスクの方が高くなる。

 なにせ、学生は6階層以降進入禁止だったし、7階層以降は大学側すら満足な調査ができていない。

 だからこそ、今回の撮影に意義があるという訳だが。


「今日は、まずフロア5まで潜って『折り返し野営地リターンキャンプ』で一泊。まずそこで消耗チェックをしてから、フロア6以降に挑む。正雀、マップは頭に入ってるか?」

「任せてくださいっす。公開分は全部覚えてるっスよ!」

「よし。先行警戒は正雀に任せて、前衛は亜希とジェニー、中衛に十撫、殿しんがりは俺の隊列で行く。十撫は異常を感じたらすぐに教えてくれ」

「おっけ。でも、裕太さん、一番後ろで、いいの?」

「俺の得意分野はどっちかというとコイツでね」


 背負った大型クロスボウを軽く叩いて示す。

 ここのところ前に出ることが多かったが、本来の俺のポジションは中衛から後衛なのだ。

 それに、今回は日帰りという訳にはいかないのが、少しばかり問題ネックになっている。


 もし、俺が前衛に出張って迷宮ダンジョン適応──〝渇望〟を発動した場合、いろいろな冷静さを欠くことになる可能性がある。

 強力な力ではあるが、反動が大きすぎるのだ。

 迷宮ダンジョンを出た後でも、しばらく獣じみた状態になるというのに、迷宮ダンジョンの中に留まったまま、反動が上振れたらどうなるかわかったもんじゃない。


 なので、消極的なルート、消極的なポジションでリーダーとしての役割を全うするべきだと考えた。

 もちろん、必要とあらば〝渇望〟の力を使うことは躊躇いやしないけど……その時は、反動で大変なことになる前に引き返すか、ロープで俺を縛ってもらうしかないな。


「何か質問は?」

「hey」

「どうした、ジェニファー?」

「魔石、いかがいたす?」

「拾得したものは、消費してもいいよ。今回は、探索利益を狙ってないから」


 俺の言葉に、ジェニファーはニコリとしてうなずいた。

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