第33話 浅はかな妙案(丸樹視点)

(丸樹視点)


「は? 裁判? オレが?」


 予想外の言葉に唖然とするオレに、御手杵教授と学生課長が厳しい視線を向ける。

 なんだって、そんな話になってるんだ?


「大学サイドとしても、君に訴訟を提起することになっている。刑罰が確定次第、君は退学になるだろう」

「ちょ──ちょっと、待ってくれ。どうなってるのか説明してくださいよ」

「自分のしでかしたことが、わからないのかね?」


 御手杵教授が、冷たい視線をオレに向ける。


「君が私に提出した相沢君の書類だがね……全てが捏造だったそうじゃないか」

「……!?」

「おかげで、いい恥をかいたよ。君のせいで、私も第一線からお払い箱だ」


 御手杵教授の言葉に、冷たい汗が噴き出る。

 バレるはずない。書類上は正式なものだったはずだし、調査したってボロが出ないように工作だってしてあった。

 教授はそのまま大学に訴え出たし、大学はそれを受け取って相沢を処分したじゃないか。

 それをいまさら掘り返して、オレを裁判にかける?

 何を言ってるんだ? こいつら。


「おかしいでしょ? オレはたまたま報告があがったので、それを教授に渡しただけです。犯罪者扱いされるいわれはない!」

「それについても、ずいぶん詳細な調査報告があがっているけどね、丸樹君」


 軽く脅しつけてやろうと声を出したが、帰ってきたのは冷静で事務的な学生課長の声だった。


「君に脅されて書類を偽造していたって事務員から申し出があったよ。指示するメールもある。相沢君の件に関してはもっとたくさんの証言もね」

「オレを嵌めようとしてるだけだ!」

「潮音恵子さんの証言もある。君はどこまでも下衆だね」


 は?

 あの女……オレを裏切ったのか?


「どうしろって、いや、どうなるってんだ……!」

「少なくとも、懲役刑は免れないと思ったほうがいい。君は少し、悪質すぎた」

「うそだろ?」


 目の前が歪む。

 眩暈でも起こしたかのように、ぐらぐらと。

 たかだか、気に入らないヤツを一人追い出しただけではないか。


 たったそれだけで、どうしてこんな大事になる?

 おかしいだろ、どうかんがえても。

 いったい、なんの権利があってオレの人生を滅茶苦茶にしようっていうんだ!


「夏季休暇中ではあるが、君は停学処分。罪状が固まり次第、退学処分となる。もちろん、学生探索者資格も現時点を以て停止させてもらう」

「冗談じゃない!」

「そう言いたいのはこちらの方だよ。君のやらかしのせいで、どれだけの損害と信用棄損があったと思ってるのかね」


 御手杵教授が、立ち上がった俺をじろりと見上げる。

 お前が耄碌してるから、こんな大事になったんだろうが!

 教授なら……先生だというなら、ちゃんと見ておかないのが悪い。


「こんなこと、間違っている!」


 怒りのまま椅子を蹴り倒して、オレは学生課の面談室を後にした。

 背後で何かしら叫ぶ声が聞こえたが、関係ない。

 とにもかくにも、相沢のやつを見つけて……思い知らせなくてはならない。

 締め上げてでも、俺への嫌がらせを、やめさせなくては。


 ◆


「申し訳ありませんが、お取次ぎいたしかねます」


 笑みを張り付けた受付の女が、にべもない返答をする。

 まるで取り付く島がない。


「ちょっと連絡してくれるだけでいいんだよ。な? 頼むって」

「申し訳ありません。まずはアポイントメントをおとりになっていただけますか?」

「じゃあ、それを取るからよ! 連絡してくれよ! はやく! アイツに!」


 少しばかり苛ついたオレは、声を張り上げる。

 どいつもこいつもオレをバカにしやがって……!


 電話は着拒。

 相沢のアパートに行ったが、もぬけの殻。

 潮音のやつも連絡が取れない。

 仕方なしに『ゲートウォール社』まで来たってのに、取次の一つもしないってどういうことだ?


 相沢のやつ、社長だか何だか知らないが偉ぶりやがって。

 そういうところがいけ好かないんだ。


「確認いたしましたが、大変申し訳ありません。しばらく、お時間が取れないようです」

「どういうことだ!?」

「『ピルグリム』に確認いたしましたところ、相沢は多忙とのことでございまして。ご伝言等ございましたら、お預かりするとのことですが、いかがいたしましょう」

「伝言だぁ? もういい、オレが直に出向く! アイツがどこにいるか教えろ!」

「お答えできかねます」


 受付のふざけた態度に、苛つきが増す。

 何としてでも相沢の野郎につなぐのがお前の仕事だろうが!

 役立たずめ。


「……くそが」


 そう吐き捨てて、『ゲートウォール社』を後にする。

 しかし、どうすればアイツと話をすることができるか考えなくてはならない。

 このまま、本当に訴えられでもしたら厄介なことになる。


 今なら、まだ間に合うはずだ。


「……そうだ」


 車に乗り込みながら、ふと数日前のことを思い出す。

 『ピルグリム』がうちの大学の迷宮ダンジョン潜行ダイブするって話を、ゼミ生から聞いた。

 ならば、駐車場か迷宮ダンジョン前で待っていれば姿を現すはずだ。

 そこを捕まえれば、アポイントメントを取るなんてまどろっこしいこともなく、直接話すことができる。


 いいや、いっそ迷宮ダンジョンの中の方が都合がいい。

 【ゴプロ君】は何とかする必要があるが……迷宮ダンジョンの中なら、オレの方がだ。


 そうだ。

 オレに勝てないから、訴訟なんて姑息な手段をとったに違いない。

 迷宮ダンジョンの中で、いつも二番煎じ以下だったアイツのことだ。

 少しばかり締め上げて、思い知らせてやれば訴訟しようなんて考えを改めるだろう。


 Aランクの魔物モンスターをソロ討伐……なんて噂もあるが、オレが見た限りあんなものは動画編集ソフトで作った捏造だ。

 同じパーティで迷宮ダンジョンに潜っていたオレの目は誤魔化せないぞ。


 そうしよう。そうすれば、全部解決だ。

 なんなら、迷宮の中で殺してしまったっていいのだ。

 これは妙案だぞ……。事故にあってもらえば、訴訟自体がなくなるだろう。


 取り巻きの女どもは、もったいないが……十分に楽しんでから、殺してしまおう。

 なに、迷宮に事故はつきものだし、これまでも何度かあったことだ。


「くくッ」


 こらえきれない笑いを口の端から漏らしつつ、オレは大学へ向かって車を発進させた。

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