第18話 神域のお作法

 鳥居に向かって、整備された敷地内を歩いていく。

 廃墟群だった『放出工場跡迷宮』の景色とは打って変わって、こちらは人の手が入った庭園のような風景が広がり、少しばかり風光明媚ですらある。


「きれいなところねー……」

「年に数回は一般開放もされる場所だからな」

「え? そうなの?」

「ああ。ここ『飯森神宮迷宮ダンジョン』はかなり有名な観光名所でもあったんだ」


 二人にいま話すべきことではないので黙っているが、観光名所であるとともに奇怪な事件が起きる心霊スポットでもあった。

 その正体が、迷宮ダンジョン化による影響だとわかったのは、かなりの人数が行方不明になった後だったが。


「それじゃ、【ゴプロ君】、ごー」


 自衛隊の封鎖門扉から少し離れたところで立ち止まった十撫が、【ゴプロ君】を起動する。

 ふわりと浮かび上がったゴプロ君が、そのレンズで俺達を捉えた。


「皆さん、こんにちは。『ピルグリム』の相沢です」

「亜希です!」

「十撫、です」


 ……これは、もう定番の挨拶になるのだろうか。

 まぁ、いいや。


「今日は、飯森市郊外にある迷宮、『飯森神宮迷宮ダンジョン』へと来ています」

「見て、すごくきれい、なの」


 十撫の動きと言葉に合わせて、【ゴプロ君】がゆっくりと回転し、周囲の景観を記録する。

 こんな動きをするなんて、少しばかり驚いた。

 『浮遊型自動撮影魔法道具アーティファクト』の設定や撮影プログラムはかなり難しいと聞いていたのに、もうこんなに使いこなせるようになっているのか。

 さすが元配信者ライバーは、適応力が違う。


「あの鳥居の向こうが迷宮ダンジョンの入り口です」


 俺が指さすと、【ゴプロ君】がレンズを朱色の鳥居に向ける。

 動画を見る人は、庭園の様子も相まって、一枚の絵を見ているような感覚になるはずだ。

 そのくらい、この場所は現実離れした雰囲気があった。


「本日使用するギアとツールに関しては、概要欄をチェックしてください。またそれらのお問い合わせは『ゲートウォール社』へお願いしますね!」


 くるりと回りながら亜希が説明を入れる。

 スレンダーですらりとした彼女だけど……今日はプロテクター多めの構成だ。

 付随兵装も両手両足にあるし、武器も大型のものを携行している。


「それでは、進行」

「いこー」

「今日も頑張っていくわよ!」


 俺を先頭にして、鳥居へ向かう。

 純近接ファイターであろう亜希がすぐに動ける方がいいとも思うのだが、まだ『ピルグリム』には斥候に長けたメンバーがいない。

 しばらくは俺が経験則で補う方が安全だろう。

 それに、十撫の高い感知能力が発揮されれば、不意打ちをもらうこともそうそうあるまい。


「まず、ここだけど……」


 鳥居が近くに見えてきた辺りで、二人を止める。


「鳥居の先、通路が広くなってるのが見えるか?」

「うん。あれが、言ってた参道なワケ?」

「そうだ」


 二人には事前にこの迷宮ダンジョンの特異性についてある程度の説明をした。

 ぶっつけ本番より、事前知識ありで学ぶ方が身になる。


「端っこ、歩かなきゃ、だね?」

「ああ。気を付けてくれ。それと……」

「鳥居の前で、一礼、だね?」

「あ、ああ。そうだ」


 にこりと柔和に笑う十撫に、少しどきりとしてしまう。

 先ほどの小悪魔っぷりは身を潜めたようだが、少し思い出してしまって気恥ずかしい。


「行こう」


 そんな浮ついた気持ちを振り払うために少し気合を込めて言葉を発した俺は、一礼して鳥居をくぐる。

 瞬間、体にまとわりつく空気が変化し……馴染んでいくのがわかった。

 やはり、迷宮ダンジョン適応したせいだろうか、普段よりずっと強くそれを感じる。


「うぇ、なんか『ずむ』ってきた」

「わたしは、かるめ、かも」


 俺に続いた姉妹が、それぞれ感想を漏らす。

 なるほど、『ずむ』か……言い得て妙な表現だな。

 亜希はなかなか表現豊からしい。


「このまま参道を進んで、手水舎を目指すぞ」

「ん。ついて、いきます」

「同じく!」


 参道の端を慎重に歩いて手水舎へと向かう。

 名前の通り、ここは迷宮ダンジョンと化してなお……神域なのだ。

 いや、迷宮ダンジョンとなったからこそ、その神域としての性質が高まっているというべきか。


 それ故に、ここは『神域等封鎖区域特殊進入資格』を所持している人間がいなければ、潜行ダイブできないことになっている。

 ある程度の知識を持っていないと、探索中に行方不明になる確率が上がるからだ。


「なんだか、のどかねー……」

迷宮ダンジョンの中とは、思えない、かも?」

「特にここはオープンフィールド型の迷宮ダンジョンだからな」


 開放的だし、風光明媚だしでそう感じるのも無理はないだろう。

 かと言って、二人を見るに気を抜いている様子も特に見られない。

 いい緊張が保てているようだ。


「まず一つ目のチェックポイント、『手水舎』だ」


 手水舎についた俺は、二人を軽く振り返る。

 石造りの水盤にはなみなみと水があふれ、手酌が整然と並べられている。

 誰も管理など、していないというのに。


「ここで手と口を清めるんだ。やり方はわかる?」

「う、ちょっと自信ないかも」

「お姉ちゃんは、ちょっと、がさつ」

「あによー! いいじゃないの、これがあたしの魅力なの!」


 姉妹のやり取りに少し笑って、俺は柄杓を右手に取る。


「まずは右手で柄杓を取って、水を掬う。その一杯で全部の所作をするから、気を付けて」


 水で左手を清め、今度は柄杓を左に持ち替えて右手を清める。

 俺に倣って、姉妹が同じ動作で清める。


「で、もう一回柄杓を右手に持ち替えて、左の手のひらに水を溜める。それをこうして口に含む」


 音をたてないように口腔内に流し入れ、静かにゆすいでそっと吐き出す。

 俺の様子を見ながら姉妹が口をゆすぐ姿は、なんだか双子って感じがして少し可愛い。


「で、また左手に持ち替えて……もう一度、右手を清める。あとは、こうして傾けて……柄を水で流したら、完了」


 説明しながら、静かに柄杓を元の位置へと戻す。

 なお、これは『神域等封鎖区域特殊進入資格』の取得試験にもでるので、覚えておいて損はないだろう。


「意外と複雑なのね……」


 手と口元を水で濡らした亜希が、げんなりした顔を見せる。

 そんな姉にハンカチを差し出しながら、十撫が小さく噴き出した。


「お姉ちゃんの、苦手分野、だね」

「言わないでよー……こういうの、なんだか、イーッってしちゃうの、知ってるでしょ?」


 濡れた手を拭きながら、亜希が肩を落とす。

 まぁ、向き不向きは誰にでもある。確かに、亜希は何だかこういうの苦手そうだなと予想はしてたけど。


「よし、それじゃあ……本殿にいこうか。そこでようやく一段落なんだ、この迷宮ダンジョンはね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る