第19話 参拝ルートの怪

 再び参道の端を三人歩くことしばし、奥に見えていた本殿がゆっくりと近づいてきた。


「近くで見ると、すごく、大きい」

「ああ。迷宮ダンジョン化してから、巨大化したって言ってたな」

「それにしても、立派ね。普通にお参りしたいかも」


 亜希の言葉に、俺は軽く振り返って笑って返す。


「そう、お参りするんだよ。拝殿はすぐそこだ」


 巨大な本殿の手前に、それに比べると随分小ぶりな拝殿が見える。

 おそらく、拝殿のサイズは変わっていないのだろう。


「えっと、『二拝二拍手一拝』だっけ?」

「お、よく知ってるじゃないか、亜希」

「裕太ったら、あたしの事ちょっとお馬鹿だと思ってるでしょ」

「そんなことないさ。俺なんかはこういうことに疎かったから、資格試験まで知らなかったんだよな」


 拝殿の正面に立ち、小さく息を整える。

 俺の少し緊張した面持ちに釣られたのか、亜希と十撫も少し表情を硬くした。


「なんかあるわけ?」

「ここからが本番だ。気を抜かないでくれ」

迷宮ダンジョンに入るんだっけ?」

「そう、ここでお参りして初めて正式な進入になる。……いくぞ」


 二拝、二拍手、そして一拝。

 その瞬間──周囲の空気が、がらりと変わった。


「なに、これ……さっきと、全然、違う」


 気配に鋭敏な十撫が周囲を見回す。

 そして、亜希は少し鋭い目つきで身構えた。


「特定の手順を踏むと、この迷宮ダンジョンの正しい姿が見えるようになる。【ゴプロ君】には映ってるかわからないが」

「たぶん、大丈夫。認識同調は、機能してる、はず」


 十撫の解説に頷いて、俺は拝殿に向って右を示す。


「これから、本殿の周囲を反時計回りに行く。普通の参拝コースの逆だ」

「何で逆なの?」

「それが安全だから、かな。どちらのルートに進むかで、危険さが変わるんだ。時計回りのコースは殿に行くルートなので、今日は回避する」


 言うなれば、上級者コースと、初心者コースみたいなものだ。

 もちろん、上級者コースのほうが危険度に見合った報酬が見込めるが、三人……しかも、まだ新人ニュービーがいる状態で挑むような場所ではない。


「中も見てみたい気がするけど、その内ってことね!」

「そういうこと。先頭は俺が行くから、十撫は何か気が付いたら教えてくれ。亜希は戦闘に備えて気を抜かないでいてくれればいい」

「ん。おけー」

「了解よ! 今日のあたしは、ちょっと凶暴なんだから!」


 力こぶを作る仕草を見せた亜希の装備ギアは、『ゲートウォール社』が想定する、最大の重装備だ。

 白色のプロテクターに全身覆われていて、ボディスーツ部分はほとんど見えない。

 それに加え、バトルアクスにハンドアクスを二つ、メイスを携帯している。

 それを装備したまま軽々と動き回ることができるのだから、亜希の迷宮ダンジョン適応がかなり強力であることは明白だ。


「装備は固めたけど、無茶はしないでくれよ?」

「わかってるわよ!」


 元気よく返事する亜希。

 本当に大丈夫だろうかと少し心配になるが、そこは俺がフォローすればいいだけの話だ。

 それに、彼女の活躍は……きっと、視聴数を大きく上げる。

 亜希の明るく快活な様子は、結構人気なのだ。


「よし、それじゃ行くぞ。……進行!」



 ◆


 特入資格が必要だったり、迷宮ダンジョンの認知化に多少の手順が必要だったりするものの、『飯森神宮迷宮ダンジョン』はは比較的安全にパフォーマンスよく稼げる迷宮ダンジョンではある。


 本殿の外周には七つの社殿があり、遺物や魔石がスポットになっている。

 反時計回りのルートであれば、危険な魔物モンスターも少ない。


 例えば、目の前にいる狛犬型の魔物モンスターは、亜希にとって手ごろな相手と言えるだろう。


「てぇいっ!」


 バトルアクスを両手で持った亜希が、渾身の一撃を『白髭狛犬』に放つ。

 『肉玉ミートボール』を回し蹴り一つで吹き飛ばす亜希の膂力で武器が振るわれれば、どうなるか。つまり、ああなる。


 真っ二つに裂かれた『白髭狛犬』を前に、亜希がピースサインを【ゴプロ君】に見せる。

 ファンサービスは大事だが、先に終了報告をしてくれないだろうか。


「やったわ!」

「お疲れ様。倦怠感や頭痛は? 不調はないか?」

「んー、今のところ大丈夫ね」


 強力な『迷宮ダンジョン適応能力』には、反動があるものだが……これも個人差の範囲でもある。

 現状問題ないのなら、反動の精査は後回しでもいいだろう。


「裕太さん、は?」

「うーむ、わからん……」


 残念と言うかなんというか、『白髭狛犬』を目にしてもあの飢餓じみた感覚を覚えることはなかった。

 能力を発揮するのに条件があるのか、それとも俺がまだ『迷宮ダンジョン適応能力』に順応していないのか。

 いずれにせよ、今のところ『渇望』はない。


「アレがなくても裕太は充分強いじゃない」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、君を見てると少し焦るところもあるさ」


 同じ前衛ポジションで、こうも殲滅力の差を見せつけられると、さすがに俺も落ち込むところはある。

 『御手杵ゼミ』の頃も、そうだった。

 例えば、丸樹などは身体能力強化がかなり強くて、いつも先頭に立って魔物モンスターを蹴散らしていた。

 俺は中衛位置で撃ち漏らした魔物モンスターを各個撃破する役目をしていたけど、やはり忸怩たる思いがそこにはあったのだ。


「裕太のは、そういう強さじゃないのよ」

「ん。そう。裕太さんは、潤滑油? 的な?」


 なんだか、就職面接時の人気ワードみたいなのが飛び出したぞ。


迷宮ダンジョン知識でしょ? 資格でしょ? 進行でしょ? 戦闘時の的確なフォローもそうだし、魔物モンスターの知識だって深い。それでいて、戦闘力だって低いわけじゃないし……オールマイティって感じ」

「世間ではそれを器用貧乏って言うんだよ」


 俺の言葉に、姉妹が似た顔で苦笑する。


「ネガティブすぎ! とにかく、あたしは裕太が一緒じゃなきゃ頑張れないの!」

「うん。裕太さんがいるから、安心できる。とても、重要」

「それならいいんだが。さぁ、魔石も魔物素材も回収した。そろそろルートも半分だ、気を付けて進もう」


 そう告げて、一歩踏み出した瞬間……十撫が俺の手を取った。


「待って、裕太さん」

「何か感じたか?」

「うん。すごく、こわい。どこか、隠れる所、ある?」


 顔色を悪くした十撫に頷いて、俺は亜希に目配せする。


「こっちだ、行こう」


 通路をはずれて、そばにある社殿の裏へと向かう。

 隠れる所と言ったら、ここくらいしかない。


「──……くる」


 十撫が、俺の手をぎゅうっと握って身を固くした。

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