第15話 気付いてしまったこと。

 ──その夜。


 藤一郎に雇用関係を丸投げした俺は、太刀守姉妹を3階のミーティングルームへと呼び出した。

 机の上に仕出しケータリングで届けてもらった料理をずらりと並べて、俺は二人にグラスを差し出す。


「二人はまだ酒が飲めないから、これにしてみた」


 そう言いつつ、二人のグラスにノンアルコールシャンパンを注ぐ。

 それなりに奮発したので、味はいいはず。

 それに、重要なのはアルコールじゃない。雰囲気だ。


「どう、したの? 裕太さん」

「いきなりだからびっくりしたよー」


 自分のグラスにシャンパンを注ぎつつ、俺は席に腰を下ろす。


「いやさ、打ち上げをしてなかったと思って」

「打ち上げ? なんか……ちょっとオヤジ臭いかも?」

「ぐっ……」


 心無い亜希の言葉に心を抉られながら、俺は続ける。


「二人のおかげで、一番最初の仕事をつつがなく完了することができた。労いの意味も込めて、軽く打ち上げをと思ってな」

「あはは! 飲み会の強要とか、パワハラー!」

「ぐぬッ」


 亜希のツッコミが再び胸に刺さる。

 そうか、そうだよな……普段意識しないけど、俺って社長だもん。

 上役が『打ち上げ』と称して食事をセッティングするのは、パワハラだよなぁ……。


「ちょっと、お姉ちゃん。裕太さんを、イジメない、で?」

「冗談よ、冗談。ありがと、裕太! 嬉しい!」


 満面の笑みを浮かべる亜希だが、実は内心嫌がってやしないだろうかと、俺は顔色を窺う視線を向ける。

 そんな俺に不思議そうな顔をして首を傾げた亜希が、グラスを差し出した。


「じゃ、乾杯しましょ!」

「あ、ああ」

「乾、杯」


 十撫の合図でグラスを軽くあてる。

 涼やかな音が、ミーティングルームに響いた。


「あ、そういえば……もう一つお礼を言わないと。昨日、俺が検査入院してる間に書類仕事を片付けてくれたんだろ? 助かったよ」

「あたしが書類して、十撫が動画編集したのよ! ふふん、秘書っぽい? 秘書っぽいでしょ?」


 何やら得意げにする亜希に、俺は深くうなずく。

 それに気を良くしたのか、グラスを振りながら亜希がにこりと笑った。


「収支報告書は後で確認しておいてね。いちおう、明智おじさんと洋子さんのチェックはしてもらったけど」

「ああ、さっき確認させてもらった。完璧だったよ」

「えへへ」


 ご機嫌そうな亜紀の隣で、少し不安げに十撫が口を開く。


「わたしの、動画は、どう、だった?」


 日本初の公式配信動画となれば、不安もあったのだろう。

 藤一郎は『迷宮ダンジョン配信事業』はスピードが命だと言っていた。

 だが、十撫は見事に今回の配信を編集してアップしたのだ。


「すごくよかった。あれは、誰かに教えてもらったのか?」

「ううん。わたしは元配信者ライバー、だから」

「え、そうなの!?」


 控えめな十撫が配信者ライバーをやっていたなんて、想像もつかない。

 だが、あの動画を見る限り……彼女の編集能力は相当なものだ。


「言ったでしょ? あたし達、秘書なのよ? どんどん頼ってよね、社長!」

「ん。編集と、配信のことは、まかせて」


 笑顔でうなずく二人を見て、ようやく俺は、この可愛らしい二人の準探索者ダイバーがただの縁故入社ではないことを理解した。

 俺同様に『信頼のおける人材』でかつ、『会社の運営に必要な人材』をチョイスしたのだろう。


 まったく、明智藤一郎たぬきおやじめ……!

 これじゃあ、何時まで経っても追いつけやしないじゃないか。

 やれやれ、まだ手の平の上ってことだな。俺も。


「あ、これ美味しい!」

「お寿司、いっぱい」


 俺の自嘲を置き去りに、姉妹がぱくぱくと『ごちそう』を平らげていく。

 そう、『ごちそう』だ。


 俺はあの時、ザルナグがとてもに見えてしまった。

 あれは空腹感というよりも渇望というべきかもしれない。

 まるで飢餓に陥ったかのように、あの凶悪な魔物の命を〝喰らわねばならない〟という強迫観念にとらわれて、俺は……襲い掛かったのだ。ザルナグに。

 今までこんなことは、一度もなかったのに。


 体に高密度で詰め込まれていた何かが凝縮して、それが弾ける様にして体中を巡る感覚。

 あれは、もしかして迷宮ダンジョン適応の発露なのだろうか?


「裕太さん? どうかした?」

「怖い顔してるわよ?」

「ああ、いやさ……何でもないんだ」


 祝いの席でいう事でもないだろう。

 あれが何であれ、おかげで俺は生き残ったのだから。

 だが、そんな俺の手を亜希がぎゅっと握った。


「ダメ、ちゃんと話して。あたしにできることなら、何でもするから」

「なんだってそんなに……」

「あたし、二回も命を救われてるのよ? 普通、そういうのって好きになっちゃうじゃない」


 あまりにもあっけらかんという亜希に驚いていると、みるみるうちの彼女の顔が真っ赤になっていった。

 ああ、しまった。どうやら俺は、亜希に無理をさせてしまったらしい。


「仲間として当然のことをしたまでさ」

「そ・れ・で・も! 裕太が何か無理して隠してるのはイヤ!」


 握った手にぎゅうっと力こもる。

 その温かさに、温もりに……俺はじわりときてしまった。


「わたしも、同じ、気持ち。裕太さん、お願い」


 逆の手を取って包み込む十撫。

 両手に花、なんて冗談を言う余裕もない。

 これは、話しておくべきだろうな。


「実は、『ぎゅーっとして、パン』が俺にも起こった」

「え? でもそれって……」

「ああ。迷宮ダンジョン適応の感覚だって、亜希が言ってたよな?」


 うんうんと亜希が頷く。


「後は、動画の通りさ。自分で言うのもなんだけど、あんな真似……信じられない」

「それが、裕太さんの、迷宮ダンジョン適応、なの?」


 十撫の質問に、俺は首を横に振る。


「いや、俺の迷宮ダンジョン適応は軽度の『身体強化』のはずなんだ。二年もたって、適正が発露するなんて、聞いたこともないよ」

「じゃあ、二つ目って事じゃないの? お得ね?」

「二つ目の能力が発現した例もないんだよ」


 こうやって二人に話していると、少しずつ頭の中が整理されてきた。

 『特殊な能力』『はじける感覚』『二つ目の能力はあり得ない』……選択肢を順に削って、最後に残ったのは、俺にとっては結構ショックな現実だった。


「もしかして、俺……迷宮ダンジョン適応してなかったのかも」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る