第14話 よん?

「朗報ですぞ!」


 初めての潜行ダイブから二日。

 ビルの地下にある訓練室で、軽く汗を流していたら親会社の社長殿が喜色満面に跳び込んできた。

 藤一郎がこうもはしゃぐなんて、なかなか見れるものではない。

 何か相当いいことでもあったのだろう。


「どうした、藤一郎? 馬券でもあたったか?」

「馬券どころではないですぞ!」


 ランニングマシーンで走る俺の元に、タブレットを持ったままにじり寄ってくる藤一郎。

 なんだか、勢いが怖い。


「えーっと、なになに……?」


 表示されているのは、配信サイト……の、コメント欄。

 俺が見ている間にも、どんどん増えていく。


『このギア、どこのやつ?』

『第二禁止区域の内部なんて初めて見た』

『この娘たち、可愛くない? 可愛いよね? アイドル? どこで会えるの?』

『でかいクロスボウ! ロマンだよなぁ』

『「ピルグリム」? 初めて聞く会社だけど……男はかなり探索慣れしてるな』

『これが噂に聞く肉玉ミートボールか。思ったより生々しい』

『安全地帯とかあるんだな。キャンプとかもするのか?』

『すげ、お宝ってこうやって手に入るんだ? 灰色のキューブはなんだろ?』

『え、何だこの化物!? これがザルナグ? ヤベーヤツじゃん』

『逃げてー! って叫びたくなる緊迫感』

『お、結構やるけど危なっかしいな……なんだ、あのカード!?』

『死んだ? 相沢君、死んだのか?』

『いや、生きてる? え、ちょ……何が起こった?』

『やばいやばい、こいつヤベー! あのバケモン相手になんつー動きだよ!?』

『グロいけど、強ぇぇーー!』

『うお、狩っちまいやがった。マジか、ザルナグって確か危険度A'だろ?』

『ソロでやれる相手じゃないんよ。これが最新ギアの性能か……』


 延々と流れていくコメント。

 回転を続ける閲覧カウンター。


「どうなってんだ、これ……」

「大成功ですぞーーー!」

「はしゃぎ過ぎだ、藤一郎。それにしても、もう公開したのか」

「日本における公認迷宮ダンジョン配信、最速はわが社──いやさ、御社『ピルグリム』ですぞ!」


 そんな風に言われると、確かに悪い気はしない。

 しかし、えらく早かったな。

 俺が検査入院している間に編集と認可までこなして一気か。

 

 自分が関わっていないことなので、どうにも実感がわかない。

 社長としては、初手の大成功を喜ぶところなのだろうが……俺はどうも根っからの探索者ダイバーであるらしい。

 配信の成功よりも、今回の潜行ダイブで姉妹を危機に晒したことの方が気になってしまう。


「浮かない顔ですな?」

「まあな。初手の潜行ダイブ特別通報トクツー事案に当たっちまうなんて、幸先が悪いと思っちまうんだよ」


 俺の正直な弱音に、藤一郎が目を細めて笑う。

 これはロクでもないことを考えてる顔だ。


「まだまだですな? 相沢社長。考え方を変えてみたらどうですかな?」

「どういう意味だ?」

「今回の潜行ダイブ、裕太にとっては忸怩たる思いがあるのでしょうが、少し客観的な視点で見たらどうですかな?」


 そう言われて、未だコメントの止まぬタブレットに目を向ける。

 客観的視点と言われてもな……と思いつつも、藤一郎の言いたいことはわかった。

 つまり、この配信動画そのものは紛れもない成果なのだ。


 ──『ピルグリム』という、俺の会社の。


「収益はどうなってる?」

「社長たるもの、まずはそこに目を向けるモノですぞ?」


 含み笑いをしつつ、タブレットを操作して俺に差し出す藤一郎。

 そこには『迷宮等探索収支報告書』が表示されており、一部の項目には昨日時点の配信収益も記載されていた。


「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……じゅうまん、ひゃくまん──せんまん!?」

「内、配信収益は300万ほどですな。まだまだ伸びますぞ」

「見たこともない金額だ。眩暈がする」

「まだまだですぞ? 裕太。純利益で億を目指してもらいますのでな」


 眩暈がすると言っているのに、追い打ちをかけてどうする。

 しかし、それがあながち無理筋な話でないというのも、理解できてしまう。


「反省点は反省点、成果は成果としっかり分けて考えるのがコツですぞ」

「そううまくやれるかよ。俺は一般大学生男子なんだ」

「そこを上手くやるのが、今後の課題ですな!」


 からからと笑いながら、藤一郎が俺の肩をポンポンと叩く。

 課題と言われればクリアするしかない。

 それに、藤一郎はできないことを俺にやれという人間でもないのだ。

 そう考えれば、俺はもっと前向きな努力しなくてはならないのだろう。


「はー……わかった。やるさ」

「やらないと言っても拒否権はないのですぞー!」

「ブラック企業め!」


 軽口を応酬しつつ、俺は立ち上がる。

 とりあえずは、成功ということに安堵したのかもしれない。

 ひとまず、今回の反省点を洗い出して……それを次に生かすことを考えよう。


「そう言えば、亜希と十撫はどうしたのですかな?」

迷宮ダンジョン探索の後は二日間休暇が社内の方針なんでな。休んでもらってるが?」

「せっかく我が家の可愛い妹分を二人もつけたんですぞ!? 何をしておるのです? こんなところで寂しく筋トレしていないで、デートに出かけるとか、いろいろあるでしょう?」


 藤一郎は何を言ってるんだ。

 亜希と十撫は探索者ダイバー仲間で、部下だろう。

 ……本人たちは、秘書だとか言っていたが。


 いずれにせよ、二人をそういう目で見るのは問題がある。

 確かに二人とも美人で可愛い女性だとは思うが、曲がりなりにも俺は社長なんていう椅子に座らされている人間だ。

 うっかりと色気でも出せば、パワハラやセクハラになりかねない。

 コンプライアンスはしっかりと守るのがうちの社訓だ。


「……そういうの、よくないぞ?」

「昔から探索者ダイバーヲタクで、勉強と筋トレしかしない裕太を心配しておるのです。大学でも付き合っている女性はいなかったと聞いてますぞ?」


 そう言われて、ふと大学でのバディであった潮音さんの事を思い出す。

 親密ステディな仲という訳ではなかったが、ときおり見せる柔らかな笑顔に惹かれていたのは、確かだったと思う。


「む、これは亜希たちにライバル出現ですかな?」

「そんなんじゃないさ。それよりさ、藤一郎。求人を出したいんだが」

「ふむ?」


 首を傾げる藤一郎に、俺は考えを整理しながら話す。

 説明することしばし、藤一郎が大きくうなずいた。


「了解ですぞ! こちらの人事部を貸しますので、やってみるとよろしい」

「悪いな、藤一郎」

「なんの、甘い汁を吸うための援助は惜しみませんぞ!」


 藤一郎の言葉に、思わず笑ってしまう。

 何だってこの頼れる兄貴分はこうも明け透けなことを言うのだろう、と。










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