第13話 罠なる言葉(丸樹サイド)


「我々では力不足だとおっしゃりたいんですか?」

「そのようなことは一言も言っておりませんぞ?」


 目の前の男が茶をすすりながら、のらりくらりとした様子でオレに答える。

 それに少しばかり苛ついたが、オレの言葉を継いで隣に座る御手杵教授が口を開いた。


「本学は政府が認可した迷宮ダンジョン研究のための大学です。御社とはお互いに協力が可能と思いますが?」

「協力することはやぶさかではありませんがな、提携タイアップについては慎重に社内協議を進めた上でのお返事となりますぞ」

「本学と連携するつもりはない、ということですかな?」

「弊社はあくまで利益を追求する一企業ですからな」


 まるで、埒が明かない。

 なんなんだ、この『ゲートウォール社』なる会社は。


「本学の探索者ダイバーを受け入れることは、難しいと?」

「いやいや、それが一番難しいと最初にお伝えしたはずですぞ? それに、迷宮ダンジョン探索事業に関しては新会社に任せておりますゆえ」

「たしか『ピルグリム』でしたか? そちらをご紹介いただくこともできませんか?」


 食い下がる御手杵教授の隣で、俺は小さくため息を吐く。

 ことの発端は、政府から大学に宛てて送られてきた『ある通知』だ。

 これまで禁じられていた迷宮内の撮影および配信について、試験的・段階的に開放を行うとそこには記されており、参入する企業についても一覧が記載されていた。


 そのうちの一社が、『ゲートウォール社』だ。

 西陶大学の近郊に本社がある、新進気鋭の大企業。

 新会社を設立し、海外企業とも提携して『迷宮ダンジョン探索・配信事業』に名乗りを上げたのは、ネットニュースでも話題になっていた。


 御手杵教授としては、この新会社にオレ達ゼミ生を送り込んで実績を作りたいのだろう。

 オレとしても、大企業のバックアップによる最新装備に最新設備、それに日本でまだ希少な配信者となれるなら……と、考えていたのだが、どうも雲行きが怪しい。


「『ピルグリム』の運営その他に関しては、弊社で口出しをしないことになっておりましてな」

「そこをなんとか、なりませんか」

「なりませんな。もし、社員の募集が始まれば貴学にもお知らせをいたしますので、今日のところはお引き取りを」


 腕時計をちらりと見た明智社長が、会釈して立ち上がった。

 オレとそう年齢としも変わらないのに、いい時計をしてやがる。


「お忙しい中、お時間をいただきありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそご希望に沿えず申し訳なく」


 決まり文句を口にして、明智社長が先に部屋を出て行く。

 それに従う美人秘書の尻を目で追いながら、オレはため息と一緒に立ち上がった。


「どうします? 教授」

「今日のところは帰るとしよう。定期レポートのために、週末の潜行計画アタックプランも作らなければならないからな」


 肩を落とす御手杵教授と二人、やたらと大きな『ゲートウォール社』の社屋を出る。

 夏の日差しが熱気と共に押し寄せてきてげんなりとする中、ふとスマートウォッチに目を向けると、いくつかの通知が届いていた。

 隣を見ると、御手杵教授もスマートフォンを取り出している。


「丸樹くん、大学に戻ろう」

「どうなってんだ……?」


 首をひねりながらタクシーを捕まえ、オレと教授は急いで大学のゼミ室へとい急いだのだった。


 ◆


「おい、どういうことだ? 江口!」


 オレと教授が『ゲートウォール社』に行っている間、残ったゼミ生は『定期実績レポート』のために『飯森神宮迷宮ダンジョン』に潜行する予定だった。

 そこまで難易度の高い迷宮ダンジョンでもなく、程々に戦利品も期待できる場所のはずだが……あろうことか、突入すらしないまま帰ってきたらしい。


「わかんないっすよ! なんか、進入資格がないとかで……」

「あん? あそこの特入資格、誰か持ってただろうが?」

「僕ら、特入がいることすら知らなかったんですよ!?」


 江口の言葉に、オレは舌打ちする。

 どいつもこいつも使えねぇ。

 これじゃあ、資格持ちのオレがわざわざ出張らなきゃならないだろうが。


「今までどうしてたんだよ?」

「多分、相沢君が……」


 名前を聞いて、オレは再び舌打ちする。

 あのクソ生意気な相沢か。


 そういえば、あいつ……停学くらって大学に来てないんだっけか。

 ざまぁ見ろって感じだ。

 大した探索者ダイバーでもないのに、何かにつけて鬱陶しかったんだよな。


「いない奴の話をしても仕方がないだろう! とっとと明日のプラン作ってこい!」

「は、はい」


 走り去っていく江口に軽くため息を吐いて、椅子に座り直す。

 御手杵教授を騙すのは案外簡単だったし、目障りな相沢がいなくなって万々歳だ。

 ここは、オレの城なんだよ。勝手されちゃ困る。

 金も女も、全部オレのもんだ。

 そんな事を考えていると、一番手に入れたい女がこちらに書類を差し出して来た。


 ──潮音しおね 恵子けいこ


 以前は、相沢と同じパーティにいてバディを組んでいた女だ。

 オレが相沢を追い出した理由の一つ。


「丸樹先輩。来週の潜行計画アタックプランです。目を通しておいてください」

「はいはい」

「それと……相沢君を早期復学できるように、取り計らってください」


 潮音の言葉に、思わず「は?」と顔をしかめる。


「相沢君は、プラン立案から準備、取得資格や実績からして、このゼミに必要な人間です。不正も何かの間違いでしょう。しっかりと調査をして、彼に戻ってきてもらうべきです」

「何言ってんだ。御手杵教授もあいつの不正を認めてるんだぞ?」

「……では、教授に掛け合いますね」


 身を翻す潮音の手首をつかんで、留める。

 余計なことをされたら、さすがに耄碌した御手杵教授も訝しむかもしれない。

 せっかくうまくいっているのに、いまさら掘り返されては面倒だ。


「なんですか? 離してください」

「まぁ、聞け」


 内心、どうするべきかと考えながら向き直る潮音に目を向ける。

 長い黒髪ストレートが良く似合う、クールな印象の女。

 こいつをベッドで抑え込んではしたない悲鳴を上げさせたいと、心底思う。

 その為に相沢を追い出したと言っても過言ではない。


「あいつが不正に関与していた証拠は、すでに御手杵教授が学生課に提出した後だ。オレもおかしいとは思っているが、証拠がそろっている以上どうにもできん」

「ですから、わたくしが直談判に行くと言っております」

「無茶をすれば、あいつの立場が悪くなるぞ? 罪を認めて停学処分を受け入れたことで、訴訟や退学を免れたんだからな」


 オレの言葉に、潮音が少し目を伏せる。

 よし、うまくいった。これで迂闊な動きはできまい。


「それにこのゼミや潮音自身の評判を落としかねない」

「そう、かもしれませんね。しかし……」

「わかってる。冤罪だって言いたいんだろう? オレだって、疑ってはいる。そこで、だ」


 手招きして、潮音を呼んで……耳元で囁く。

 甘く、それでいて蜘蛛の糸のように絡みつく言葉を。


「場合によっては、手伝ってやってもいい」


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