第9話 放出工場跡迷宮

 廃工場じみた迷宮ダンジョンを注意深く歩きながら、俺はさて……と小さく気合を入れる。

 そう、ここからが本番なのだ。気を抜かないようにしないと。

 今日は太刀守姉妹に探索者ダイバー適正がどれほどあるか確認するための試験潜行テストダイブでもある。


 事故は絶対に避けたいところだ。


 装備は現行最新で、それなりに慣れた迷宮ダンジョン

 二人が完全な足手まといになったとしても、『第三倉庫もくてきち』からの帰還は、そう難しくはない……はず。


 とはいえ、そこまで心配もしていない。

 亜希はトレーニングでもかなり高い運動力を発揮していたし、十撫も筋は悪くなかった。

 迷宮ダンジョン適正が上手く発揮されれば、きっといい探索者ダイバーに成長するだろう。


「裕太、待って」


 廃工場の景色の中を歩くことしばし、十撫が先頭を歩く俺を小声で止めた。


「ん? どうした、十撫」

「この先、なんだか、少し……ヘン」


 少し不安げな様子で積み上がった廃材の先を指さす十撫。

 それに小さくうなずいて、俺は腰に吊ったマチェットを静かに引き抜いた。

 亜希の持っているハンドアクスと同じ黒鉄鋼ブラックメタル製でできており、鋭く研磨された刀身には切れ味を保持する特殊な油が引いてある。


「……いるな」


 がれきの影に蠢く『何か』。

 こちらから死角になっているアレを、十撫がどうやってあれを認識したのかわからないが、おかげで先制できる。


 脚に力を溜めて、思いっきり跳び込む。

 こう狭くては俺の大型弩弓クロスボウは使いづらい。

 勢いそのままに振り下ろしたマチェットの刃は、狙いたがわずがれきの影に隠れていた獲物の胴に食い込んだ。


「亜希! フォローアップ!」

「う、うん!」


 俺の声に、ハンドアクスを抜いた亜希が駆け込んでくる。

 それを確認してから、俺は獲物に蹴りを入れて一歩離れた。


「なに、これ……! 気持ち悪いわね!」

「それでなかなか素早い! 気を付けろ!」


 ──『肉玉ミートボール』。


 通称ではなく、正式名称。

 直径1メートルほどの肉の塊。

 およそ、どこの迷宮ダンジョンでも見ることができるヤツだが、できればあまり遭遇したくないヤツでもある。

 なにせ、こいつの身体は、犠牲者の遺体で作られているのだから。


 ぎゅうぎゅうに固められた肉の隙間からはみ出る衣服の残骸から、おそらくこの『肉玉ミートボール』は自衛官の遺体だろう。


「──ッ!!」


 一瞬怯みながらも、亜希が果敢にハンドアクスを振るう。

 だが、少しばかり踏み込みが浅かったようで、決定打にはならなかった。

 この奇妙でグロテスクなビジュアルの魔物モンスターに、腰が引けてしまったのかもしれない。


「亜希、退がれ!」

「わわっ」


肉玉ミートボール』が人間の口を彷彿とさせる亀裂をぱかりと開け、反撃とばかりに硬直した亜希に迫る。

 あれに噛みつかれては、さすがにまずい。


「亜希!」


 踏み込んで、亜希の腕を目いっぱいの力で引く。

 倒れ込むようになってしまったが、おかげで『肉玉ミートボール』の噛みつきはギリギリのところで空を切った。

 それが気に入らないのか、くるりと向きを変えて威嚇するように歯を打ち鳴らす『肉玉ミートボール』。


 体勢を早く立て直さねば、次が来る。

 そう身構えて、足に力を込めた瞬間……親指大の鉄礫が高速で飛来して『肉玉ミートボール』を穿った。

 視線をちらりと向けると、十撫が緊張した面持ちでスリングショットを構えて立っていた。


「お姉ちゃん!」

「わかってる……わよッ!」


 『肉玉ミートボール』が怯んだ一瞬の隙に、起き上がった亜希が回し蹴りを叩きこむ。

 プロテクター付きハードブーツのつま先がめり込み、湿った轟音と共に『肉玉ミートボール』を吹き飛ばした。


 比喩でもなんでもなく、文字通りに吹き飛んだ。

 まるで、ピンボールのように。

 がれきの壁にぶつかったそれは「べしゃり」と張り付くようにして潰れ、小粒な魔石をポロリと落として、動かなくなった。


「大丈夫か? 亜希」

「問題なしよ」


 息を吐きだしながら、亜希が小さく笑みを見せる。


「何はともあれ、無事でよかった」

「ごめん、ちょっと緊張しちゃったみたい」

「最初はみんなそんなもんさ。それより、さっきの蹴り……すごかったな」


 壁に張り付いて肉片と化した『肉玉ミートボール』を指して、亜希を見る。


「なんか、ぎゅーっとなって、パンって感じ」

「……さっぱりわからない」

「あたしもわかんないけど……多分、またできると思う」


 おそらく迷宮ダンジョン適正が発現したのだろう。

 身体強化系だろうか。すごいパワーだった。

 きっと、亜希には俺よりもずっと優れた才能が備わっていたに違いない。


「十撫もナイスアシストだった」

「ん。うまくいった」


 乱戦の最中に射撃、というのは些かハイリスク行動ではあるが、結果として全員無傷だったのだのだから、ここでお小言はこぼすまい。

 帰還後のミーティングで提示すればいい話だ。


「魔石も回収したし、先に進もう。十撫のカンの良さは、もしかすると迷宮ダンジョン適応によるものかもしれないから、また何かわかれば教えてくれ」

「ん。がんばる」


 亜希の『怪力』に、十撫の『鋭敏感覚』。

 十中八九、迷宮ダンジョン適応能力の発現に間違いないだろう。

 初日──しかもこんなに早い段階で能力が判明するなんてなかなか運がいいらしい。


 こうしてみると、この二人は俺よりも探索者ダイバーとしての素質があるのかもしれない。

 なにせ、俺の迷宮ダンジョン適応能力である『身体強化』は、効果があまりに地味すぎて、半年くらい適応が発現していないと思われていたくらいだからな。


「裕太? 難しい顔してどうしたワケ?」

「ああ、いや。二人とも初潜行なのに、よくやってるなと思っただけだよ」


 部下であり、後輩でもある準探索者ダイバーに嫉妬してるなんて情けないことを口

 にできるはずもなく、俺は軽く笑ってごまかす。

 だが、姉妹は二人そろって首を傾げたあと、くすりと笑い合って俺に真っすぐな視線を向けた。


「そりゃ、経験豊富な頼れる先輩探索者ダイバーがいるんだもの」

「ん。裕太がいるから、できる」


 二人の言葉に毒気を抜かれた俺は、救われた気持ちになって今度は心から笑う。


「ありがとう、二人とも。それじゃあ、進行再開だ」

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