第7話 第二種禁止区域へ

「9時32分、現着。バディチェック、よし」


 三人でお互いの装備品をチェックし合い、声だし確認する。

 こういう軍隊っぽいのが嫌と言う学生探索者ダイバーも『御手杵ゼミ』には多くいたが、向かう場所が死地にもなろうという危険な迷宮であれば、そういった確認はしっかりとするべきだというのが俺の持論だ。

 幸い、太刀守姉妹はそうした俺の意図を汲んでくれたのか、それとも教育に携わった教官が優秀だったのか、問題なくこれらをこなしてくれた。


「ちょっと、緊張、です」


 体の曲線を露にするボディスーツを着込んだ十撫が、深呼吸のように息を吐きだす。

 初の探索挑戦が第二種禁止区域の迷宮になってしまったことは、少しばかり申し訳なく思う。


「うー、動きやすいけどやっぱりこれ、デザイン何とかならなかったの~?」


 頬を膨らませながら、亜希がすらりとしたボディラインを晒す。

 俺にとっては目の毒だが……このボディスーツこそが、『ゲートウォール社』が満を持して発表する探索者ダイバー用の新ギアなのだ。


「クライアント殿の要望だ」

「おのれ、明智おじさん!」

「そう言うな。最新装備だぞ?」


 アメリカに本社がある探索者装備の大手『アーシーズ』。

 そんな老舗のギアメーカーとの技術提携によって生み出されたのが、いま俺達が着用している『ピルグリムB1』と命名されたプロテクトボディスーツだ。

 防刃、防弾、耐衝撃に加え、絶縁と耐熱機能を備えたこれに、各種の追加プロテクターや武器類をセットすることでどんな場面にも対応することができる。


 藤一郎は「アニメに着眼を得た、ハードポイントシステムですぞ!」なんて言っていたが、なるほど。

 これは、かなり有効だ。

 潜る迷宮ダンジョンによってギアやツールを変更するのは探索者ダイバーの常識だが、この装備なら使用感を変えることなく適応したギアを選択できる。


「亜希、十撫。二人はライトプロテクターでまずは後衛で観察を頼む」

「あたしもライトでいいの?」

「まずはね。迷宮ダンジョン適応がどんな感じで出るかわからないから」


 ──迷宮ダンジョン適応。


 迷宮ダンジョンという異常空間に飛び込んだ人間は、驚異的な環境適応能力を発現する。

 有体に言うと、人間離れした能力を発揮することができるようになるのだ。

 それは、怪力だったり、超能力だったり、あるいは鋭敏な感覚や、度を越した器用さだったりもする。


 俺の場合は、〈身体強化〉をベースにした何か。

 オールマイティと言えば聞こえもいいが、早い話が器用貧乏とも言える。

 およその場合、迷宮ダンジョン適応によって何かに突出した力が発現することがほとんどなため、多くの探索者ダイバーは数人のパーティを組んで迷宮ダンジョンに挑むことが多い。


「ちょっとわくわくするわね」

「俺はちょっと意外だよ。もう、適応検査は受けてるもんかと」

「明智社長にいきなりスカウトされたからねー。今日からあたしもスーパーマンの仲間入りね!」

「それは、無理じゃないかな……」


 迷宮ダンジョン適応は、その名の通り、文字通り迷宮ダンジョンに適応する力だ。

 残念ながら、迷宮ダンジョンの外では、ほとんど発揮されない。

 多少の変化はあるそうだが、少なくとも俺はそういったものを感じたことはなかった。


「お姉ちゃん、はしゃぎすぎ、だよ?」

「十撫は緊張し過ぎ! 裕太が一緒なんだから、大丈夫よ!」

「信頼はありがたいが、慎重にな。それじゃあ、行こうか」


 自衛隊が警戒線をひく監視哨まで、駐車場からは30メートルほど。

 『第二種禁止区域』では、迷宮ダンジョン内部だけでなく、入り口周辺でも魔物モンスターと遭遇する可能性があり、常時監視態勢が敷かれているのだ。


「ご苦労様です。『ピルグリム』代表、相沢です」

「ようこそ。入場許可、確認しました」


 公認探索者ダイバー資格証と、あらかじめ申請しておいた入場許可書を確認した自衛官が、会釈して手を上げる。

 その合図で、鋼鉄製の扉がゆっくりとスライドして開いた。

 もし、再びの溢れ出しオーバーフロウがあった場合は、ここが最終防衛線となるわけだ。


「配信用機材を展開しますが、撮影不許可な建物などがあれば教えてください。公開前にまたお伺いしますけど、念のため」

「特に問題ありません。初の公開実験、頑張ってくださいね」


 そう敬礼する若い自衛官に会釈を返し、俺と姉妹はゆっくりと『放出工場跡迷宮ダンジョン』の封鎖区域へと足を踏み入れる。

 元は、自動車部品を作る工場が立ち並んでいた場所であるが、さすがに荒れ果てている。


「【ゴプロ君】、オン。撮影開始」


 俺の手の平からふわりと『浮遊型自動撮影魔法道具アーティファクト』が飛び上がる。

 撮影に関しての動作プログラムは、海外企業から提供された最新のものをカスタムして使っている。

 起動させてしまえば、特にやることはない。


「こんにちは、株式会社『ピルグリム』代表、相沢裕太です」

「亜希だよ!」

「十撫、です」


 【ゴプロ君】がゆっくりと回転しながら、俺達をレンズに収める。


「日本での迷宮ダンジョン配信が試験的に開始されました。この迷宮ダンジョン配信は、おそらく日本最速かもしれませんね」


 崩れた工場群の中を歩きながら、俺は語る。


「そこで、記念すべき『ピルグリム』第一回目の配信は、ここ──『放出工場跡迷宮ダンジョン』からお送りしたいと思います。この『放出工場跡迷宮ダンジョン』は、二十年前、日本で最初期に発見された迷宮ダンジョンであり、迷宮ダンジョン災害の影響が大きかった地域です」


 【ゴプロ君】が俺の語りに合わせて高く飛び上がり、コンクリートの塀に囲まれた『放出工場跡迷宮ダンジョン』周辺を写す。

 ここでどんな悲劇が起きたかを見る人に理解してもらえるように。


「現在も『第二種禁止区域』として、一般人はもとより、通常探索者ダイバーの入場も許可されない危険な場所です。迷宮ダンジョン近郊は未だ深度Ⅲの〝グレムリン・エフェクト〟に汚染されており、懐中電灯すら使えません」


 〝グレムリン・エフェクト〟は全部で五段階。

 深度Ⅲは『電気を使用する類いの道具は何も使えない』レベルだ。

 当然ながら、銃火器の類も使えない。


「裕太! 何かいる!」


 亜希が背後から、鋭い声を上げる。

 指さす方向に目をやると……奇怪な生物が一匹、目のない頭をこちらに向けていた。


鱗頭犬スケイルヘッドドッグだ」


 俺達の視線に合わせるように、【ゴプロ君】が奇怪な姿の魔物モンスターにレンズを向ける。

 体の半分ほどある頭部はアリクイのように垂れ下がった形をしていて、玉粒状に隆起した鱗に覆われている。

 目も鼻もありはしないが口はあり、そこからは鋭い牙をのぞかせていた。


「グルルル、ガウ!」


 唸り声をあげながら、鱗頭犬スケイルヘッドドッグが頭と同じ大きさの口を、ぎぱりと開いて俺達を威嚇した。

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