第6話 社長は友達が少ない。

「1階は応接フロア、2階はオフィスフロア。3階は会議室と各種実験室。4階から上が社宅になってるわ」

「なるほど。しかし、すごいな……」


 さすが『ゲートウォール社』の社宅と言うべきか、どこもかしこも最新だ。

 まさか、遺物アーティファクトの調整ができる部屋まであるとは。


「あたしと十撫は6階に住む予定よ」

「そうなのか。あまり物音を発てないように気を付けるよ」

「気の使い方が、変……」


 くすくすと十撫さんが笑う。

 よく小説などで『花が咲いたよう』なんて表現が使われるが、彼女の笑顔はまさにそれだ。


「それにしても、二人はどうしてこの会社に?」

「明智社長と親戚筋なのよ、あたし達」

「俺もそうだけど、君達と面識がないってことは……美代子おばさんの親戚って事かな?」

「うん。わたし達は、美代子おばさんの姪っ子、です」


 美代子おばさんは、藤一郎の母親だ。

 現代社会の闇か、親戚筋ともそう密接なわけではないので、会ったことが無いのもうなずける。


「あたし達は準探索者ダイバー資格があるから、社長に随伴するからね」

「そうなのか。その辺りもまだ説明がないんだよな」

「まだ、初日。ゆっくり、いこ?」


 十撫さんの言葉に頷きつつも、何もかもが足りないと実感する。

 なにせ、先ほどまで俺はソロ探索の攻略計画について練っていたのだ。

 あまり先走らずにしっかりと状況を整理した方がいいかもしれない。


「パーティメンバーって何人になるんだろうか」


 思わず口から漏れた言葉に、亜希さんが答える。


「しばらくは五人体制って聞いたわよ。あたしたち以外はまだ到着してないみたいだけど」

「スカウトが終わってるのかどうかすらわからないな」

「交代メンバーがいたっていいし、社長の知り合いに声かけてもいいんじゃない?」


 亜希さんの言葉にふと思い出したのは、同じパーティでバディを組んでいた潮音さんだ。

 彼女だけは信用できるが、他の『御手杵ゼミ』の面々に関しては、どこまで教授と丸樹に囲われているかわからないので問題外だ。


 今回の冤罪事件に関して潮音さんからは「わたくしも不審に感じているので、名誉回復に協力します」と申し出があったが、彼女まで巻き込むわけにはいかないのでやんわりと固辞しておいた。

 俺の現状について伝えるべきかどうか迷ったが、政府の公式発表もまだなので事情について話すわけにもいかず、「とりあえず大丈夫」とだけ伝えてある。


 そう考えると……現状で声を掛けられそうな友人はいない。


「あいにく声を掛けられそうなヤツはいないな……」


 3階のミーティングルームに腰かけて、俺は深くため息を吐き出す。

 そんな俺を亜希さんが、指でつついて笑った。


「社長って友達少ないの?」

「……そうかも」


 実際のところ、あまり多いとは言い難い。

 探索者ダイバーになるために、いろいろなものを犠牲にしてきた自覚はある。

 そういった友人関係をしっかりと構築してこなかったために、あのような事態を招いたのかもしれないと思うと、気が重くなった。


「お姉ちゃん、ダメ、だよ?」

「え? ……えっ? ごめん、ごめんね?」


 うっかり黙り込んでうつむいてしまった俺の顔を、亜希さんが覗き込んでくる。


「ああ、いや。お気になさらず。……事実なので」

「ごめんって! 今はほら、あたし達がいるから! ね?」

「ん。仲間も友達も、これから、増える」


 二人に励まされて、思わず小さく噴き出してしまう。

 まったくもって、二人の言う通りだ。

 自覚があるのならば、正せばいい。


「ありがとう、二人とも」

「ううん、あたしこそゴメン!」


 拝むようなポーズで謝る亜希さんに、俺はまたもや吹きだす。

 謝る必要なんてないのに、律儀な人だ。


「気にしないで、太刀守さん。そういうところ、俺も直さなきゃとは思ってたんだ」

「む、ちょっと社長さん?」


 頬を小さくふくらませて、俺をジト目で見る亜希さん。


「な、なに?」

「『太刀守さん』じゃ、あたしか十撫かどっちかわからないじゃない? あたしのことは亜希って呼んで! 敬語もなし!」

「ん。わたしも十撫で、いいよ」

「ええと、じゃあ──『亜希さん』と『十撫さん』、改めてよろしくお願いします」


 そう会釈する俺に、二人が顔を見合わせ……半歩詰め寄る。


「亜希」

「十撫、です」

「……わかった、わかったから。じゃあ、二人も俺を『社長』じゃなくて名前で呼んでくれ」


 俺の言葉に、キョトンとする姉妹。

 何か変なことを言ってしまっただろうか。

 そう不安に、思っていると姉妹がふわりと笑って俺の両手をそれぞれ取った。


「うん、よろしくね裕太。あたしたち、いい友達になれるかも」

「よろしく、です。裕太さん」


 二人の笑顔に思わず魅せられつつ、俺はこくりとうなずく。

 なんだか、とても暖かいものが胸に宿ったような気持ちだった。

 だが、こういう時に雰囲気をぶち壊すヤツもいる。


「──おお、青春しておりますな!」


 そう、我らが兄貴分である明智藤一郎だ。


「紹介するまでもなく仲良くなってくれたようで何より何より。さて、丁度そろっておるので、軽く詰めておきますぞ!」

「ちょっと、明智のおじさん! 今いいところだったのよ?」

「これから一緒に生活するのです、後でいくらでもいい感じになるといいですぞ! では、仕事の話ですがな……」


 藤一郎が、ここぞとばかりに資料をミーティングルームのテーブルに広げる。

 その大半は契約書と仕様書だった。


「裕太はこちらの契約書にサインとハンコを。こちらは二人の雇用契約書と企業所属探索者ダイバーとしての登録申請書ですぞ」


 資料を次々と俺達の前に割り振っていく藤一郎。


「『ピルグリム』所属の探索者ダイバーなのですがな、現状この三人ということになりましたぞ」

「ん? 亜希からは五人だと聞いたけど?」

「一名は負傷、もう一人は迷宮内行方不明者となってしまいましてな」


 藤一郎が小さく目を伏せる。

 会社立ち上げ直後に、実働予定だった探索者ダイバーが二人も脱落というのはなかなか痛い。

 しかも、それが藤一郎の眼鏡にかなうような優秀な人材であったならなおさらのことだ。


「ま、それならそれでやれるように考えるさ」

「あたし達がいるんだもん、大船に乗ったつもりでいてよ! 明智のおじさん!」

「期待しておりますぞ!」


 雰囲気が少し明るくなったところで、俺は口を開く。


「それでさ、最初の仕事なんだけど──『放出工場跡迷宮ダンジョン』にしようと思う」

「ふむ。プランを聞かせていただきますぞ」


 身を乗り出すようにした三人に少し苦笑してから、俺は計画を話し始めた。

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