第5話 かわいい侵入者

 ――『迷宮ダンジョン』。


 二十年前、世界各地に出現した異常構造体。

 当初、それは遺跡か何かが地殻変動で姿を見せたものだと思われており、各国の政府筋もそれについて大きな関心を持っていなかった。

 ……出現からしばらくして、魔物モンスターが溢れ出すまでは。


 神話やビデオゲームに見られるような、異質な生物群──『魔物モンスター』は、周辺を無差別に襲撃し、相当な被害を出した。

『放出工場跡迷宮ダンジョン』も、大きな被害が出た初期迷宮ダンジョンの一つだ。


 もちろん、事件に対してすぐに治安部隊や軍事組織……日本では自衛隊が鎮圧に動いて事態の収拾に当たったのだが、初動の遅れもあいまって多大な犠牲を伴うことになった。


 何故か?

 相手が空想上の何某であっても、こちらには銃がある……と多くの人が考えていた。

 這いだした魔物が生物である以上、超高速の鉛玉を撃ち込めば容易に倒せるはずだ、と。


 しかし、その考えは間違っていた。

 銃器に通信機器、それに車両の全てが迷宮ダンジョン周辺で使用不能になるなど誰に予想できただろう?


 ──そう、迷宮ダンジョン魔物モンスターを前に、俺達人類は最大の武器である『文明の利器』を封じられてしまったのだ。

 後にこれは機械を狂わせる妖精の名を取って〝グレムリン・エフェクト〟と呼ばれるようになった。


 原因不明のこの現象は迷宮内部と、迷宮からあふれ出た魔物モンスターのいる周辺で起こることから、迷宮ダンジョンの出現による影響とされているが未だに機序はよくわかっていない。


 迷宮ダンジョン魔物モンスターの出現により、人類はいくつかの生存領域を奪われてしまった。

 この日本においても、いまだに奪還が叶っていない場所がある。

 迷宮ダンジョン出現は、人類史始まって以来の災害であることは間違いのない事実だろう。


 だが、悪いことばかりでもなかった。

 確かに迷宮の出現は未曽有の災害ではあったが、一方で豊かさをもたらす一面もあったのだ。


 調査のために踏み入って迷宮ダンジョンの内部にはレアアースや金属の鉱床、未知の宝物や動植物で溢れて返っていた。

 何より、魔物モンスターを討伐することによって得られる『魔石』から抽出される〝マナ〟と呼ばれる新物質は、多方面への応用に優れたクリーンな『夢のエネルギー源』だったのだ。


 これは、迷宮から発掘される様々な『遺物アーティファクト』と組み合わせることによって、医療や食糧問題、環境汚染にも対応することができ、研究途上ながらも人類をさらなるステージに引き上げる可能性があると目されている。


 さて、そんな迷宮ダンジョンだが……基本的には国の管理となっている。

 それが優れた資源拠点であるということも確かであるが、とにかく内部は危険なのだ。


 洞窟の様であったり、古城の様であったり、森の様であったりと深度によってころころとロケーションを変えるこの迷宮ダンジョンという場所には、危険生物──魔物モンスターがそこらかしこを闊歩している。

 それらに対応しつつ、調査や探索を行わねばならないので、内部に入る人間は厳しい審査によって資格を得なくてはならない。


 それが……『探索者ダイバー』だ。

 日本ではかなり早い段階で資格制となり、各地の迷宮はすぐさま入場制限と管理が行われるようになった。

 当時、一獲千金を夢見た者や、動画配信(映らないのに)をしようと近づいたものが事故に遭うことが多く、『探索者ダイバー』と『迷宮ダンジョンの』に関する法整備は、かなり急ピッチで進められた。


 そして、現在に至る……という訳である。


 ノートPCに軽くメモを残しながら、『迷宮ダンジョンが何たるか』を整理する。

 配信となれば、それを目にする多くの人は俺のような探索者や研究者とはならない。

 好奇心を持った一般の人々が、エンタメとしてそれを見る。


 つまり、初手における動画の配信は……こういった迷宮ダンジョンの成り立ちなどを解説しながらの、『観光動画』とするのがいいだろう。

 これまで、攻略情報の共有であったりだとか研究用のレポートであったりといったものをまとめてはきたが、それとはまったく違う難しさがある。


 しばらく唸っていると、扉の向こうから「チンッ」とエレベーターの到着音がした。

 仕事を終えた藤一郎が帰ってきたのだろうか?


「もどったのか? 藤一郎……って、え?」


 社長室を物珍し気に見回していたのは、藤一郎ではなく二人の女性であった。

 まだあどけなさを残していて、少女という方が的確かもしれない。


「あ、いた!」


 見知らぬ二人にまごつく俺を見つけた少女の一人が、俺を指さして駆け寄ってくる。

 人を指さしてはいけないと、誰か教育しなかったのだろうか。


「あんたがユウタね!」

「そちらはどなたでしょうか?」


 初対面にしては馴れ馴れしい少女に、俺は曖昧な笑顔で応対する。

 何と言っても、俺はこの会社の社長らしいからな。

 この二人が、クライアントだって可能性もあるのだから、そこは注意せねば。


「あたし、アキ! 太刀守たちもり亜希あき。こっちは、妹の十撫とも! よろしくね!」

「よろしく、です」

「あ、ああ……よろしく?」


 元気の良さに押し切られてしまったが、何者なのかはやはりわからない。

 二人が、かなり美人だということ以外は。


 亜希と名乗った目の前の少女は、スレンダーですらりとしている。

 長い栗色の毛はポニーテールにまとめられていて、口元に覗く八重歯がチャーミングだ。

 口調と態度の通り、活発で活動的な印象。


 その後ろに控えめに立つ十撫さんは、控えめながら……存在感がある。

 姉の亜希さんよりもずっとグラマラスなのに、ボブカットが可愛らしい頭の位置は随分と低い。

 そのアンバランスさは女慣れしていない俺を少しどぎまぎさせたが、その柔和な雰囲気は好ましく思った。


「おっと、えっちな目で見ないでよね!」

「ハハハ、まさかそんな」


 から笑いで指摘を躱し、俺は心の中で首を傾げる。

 なかなか対照的な二人だけど、結局何者なんだろう。

 そう考えていると、亜希さんがニカッと笑った。


「今日から『ピルグリム』の社員になったんで、鳴り物入りで抜擢された社長の顔見とこうと思って」

「社員? じゃあ、君達って……」

「はい。わたし達は今回のプロジェクトのために集められた、『ピルグリム』の立ち上げメンバーです」


 二人が揃ってぺこりと頭を下げる。


「よろしくね、社長!」

「よろしくお願いします」


 美人姉妹に釣られて、俺も慌てて会釈を返す。

 こういうのには、まだ慣れていない。


「俺は相沢 裕太。まだまださっぱりだけど、よろしくお願いします」


 俺のあいさつに、二人が小さく噴き出した。


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