第4話 俺は社長で大学生。

 目の前にあるのは、ふかふかの絨毯が敷き詰められた応接室のような場所。

 そこに置かれた、なんだか偉そうな両袖デスクに革張りの椅子。

 対面ソファとガラステーブルも置かれている。


「これは、社長室ですね?」

「ですぞ。インテリアのチョイスはこちらでさせていただきましたのでな」

「そうじゃない、藤一郎。話に全くついていけないんだが? 社長ってなんだ?」

「『ピルグリム』は裕太に任せる会社ですからな」


 からからと笑う藤一郎を前に、俺は背中に冷たい汗をかく。

 そりゃ、新会社のスタッフとして雇用してもらえるのはありがたいとは言った。

 言ったが……社長スタッフとは?


「そう不安になるものでもないですぞ。運営スタッフはこちらで優秀な人材を揃えましたからな」

「じゃあ、何で俺が社長なんだ?」

「まず理由の一つは現場決定権を持たせるためですぞ」


 藤一郎曰く。

 海外ではポピュラーな構図であるらしい。


 迷宮ダンジョンという危険な空間では様々な選択の場面があり、それに決定を下す必要がある。

 それは、俺も重々承知だ。

 パーティを組んで迷宮ダンジョンに入り、あらゆることに関してリーダーが様々な決定を下す。

 ……それが企業となると、もう少し複雑化するらしい。


 企業による迷宮ダンジョン探索ノウハウについて、日本は少しばかり諸外国に遅れている。

 進行や撤退、その他の様々な取捨選択に関して、探索事業を行う探索者は『企業としての決定』を逐次下す必要があるのだが、最もスムーズなのが現場に最高責任者が随行する事なのだ。

 故に、社長やそれに類する責任者が探索者の資格を得て、現地の指揮を執るのは理にかなっているらしい。


「二つ目に、企業運営に関して迷宮ダンジョンの現場知識が必要なこと。餅は餅屋と言うではないですか」

「だからって、何で俺に?」

「我輩が信用にたる相手と見込んでおるからですぞ」


 それはただの身内びいきというのではないだろうか。

 だが、そんな俺の心中を読み取ったかのように、藤一郎がにやりと笑う。


「これでも人を見る目は自信ありですぞ? 裕太にできぬとも思っておりませんしな」

「藤一郎にそう言われると、断りにくいな……」

「もちろん、断らせる気はさらさらないですぞ!」


 強制だった。

 だが、このできる兄貴分が俺をそう評価してくれているなら……きっと、できるんだろう。

 ここまでしてもらったのだから、できなくてはならないと思う。


「さっきも言いましたが、経営のあれこれに関してはスタッフに丸投げしてくれて構わんですぞ。ただ、『迷宮ダンジョン』に関しての攻略計画、実働、配信動画編集ヘのアドバイスなどは専門家である裕太に任せるという訳ですな」

「……なんだか、上げ膳据え膳というか、七光りというか。こんなにしてもらっていいのか? 俺は探索経験二年の元学生探索者ダイバーに過ぎないんだぞ?」


 俺の言葉に、藤一郎がくっく、と含んだような笑いをする。


「そこも、プロモーションの一環ですぞ」

「プロモーション?」

「大学生探索者ダイバーにして社長、かつ歴代最年少公認探索者ダイバーが、新進気鋭の『ゲートウォール社』新部門が送る最新迷宮装備ダンジョンギアで日本初認可の迷宮ダンジョン配信を行う──客観的に見て、どうですかな?」


 告げられた藤一郎の言葉に、思わず息を飲む。

 自分に訪れた幸運に、あまり周囲が見えていなかったが……言われてみれば、話題性のオンパレードだ。

 藤一郎は敏腕社長として、『俺』を上手く使おうとしている。



「金の匂いしかしない」

Exactlyそのとおりですぞ!」

「少し気が楽になったよ。それで、まずはどうしようかな」


 文字通りの『社長の椅子』に視線を向けて、俺は考える。

 何ができて、何ができないのか。何が必要で、何が足りないのか。

 『ゼミ』にいた時と同じだ。安全性と最大効果を考えたプランニングをすればいい。


「好きにするといいですぞ。……さりとて、まずは引っ越しを終わらせたらどうですかな?」

「そうだった」


 前向きが過ぎて、気が逸ってしまったようだ。

 そのくらい、興奮しているということだが。


「居住スペースはこちら。我輩も手伝うので、さっと終わらせましょう。その後、このオフィス兼社宅について軽く説明させてもらいますぞ! 」


 ご機嫌な様子の藤一郎に頷いて、応接室の一角にある扉へと足を向ける。

 そこで、はたと止まった俺は藤一郎に尋ねる。


「なぁ、藤一郎。仕事はいいのか?」


 ぎくりとした様子で、藤一郎の足が止まった。


 ◆


 結局、藤一郎は慌てた様子で駆け付けた秘書──洋子さんに引っ張られていった。

 新事業の立ち上げにかこつけて、いろいろと仕事をほっぽり出して来たらしい。

 藤一郎らしいと言えば、そうなのだが流石に社長がさぼるのはよくないだろう。


 ……俺も今後はその立場ってワケだが。


「よし、片付いたな」


 応接室にあったドア(生体認証付きだった)を抜けると、そこは広めのリビングダイニングを備えた2LDKの部屋であった。

 片方は私室、もう片方は寝室……と言った風情であろうか。

 アイランド式のキッチンは、個人的にうれしいところだ。


 届けられた荷物はリビングに積み置かれていたが、そもそもの量が少ない。

 今日のところは端に寄せておいて、家具などを揃えてから収納するとしよう。

 とりあえず、着替えとノートPC、それに探索者関係の書類さえあれば問題ない。


 なにせ、このマンションは以前に住んでいたアパートよりもずっと都市部に近い。

 周辺に飲食店も多いし、少し歩けばコンビニもある。

 歩いていける範囲には映画館が併設されたショッピングモールもあるしな。

 こんな場所の土地を押さえるだなんて、藤一郎はなかなか儲けているらしい。


「さて、どうしようかな……と」


 独り言を言いながら、ノートPCを開く。

 現在、この『西陶市』周辺には三つの『迷宮ダンジョン』が存在する。

 そのうちの一つは、『西陶大学』のキャンパス内にあり、立ち入りには大学の許可が必要だ。


 気分的に、ほんの数日前にあんなことがあったばかりなのでここはパスしたい。

 それに、研究・訓練のためにかなり内部の情報が公開されてはいるので、あまり目新しさはないかもしれないしな。


 となれば、残りの二か所のどちらか。

 車で一時間ほどのところにある『折塚山迷宮ダンジョン』か、第二禁止区域内にある『放出工場跡迷宮ダンジョン』のどちらか。


 話題性が高いのは、『放出工場跡迷宮ダンジョン』になる。

 初手にぴったりなのはこちらだろう。

 一般人は、あの迷宮ダンジョンの入り口すら見ることができないからな。


「よし、まずは攻略計画を練っていこう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る