第3話 公認探索者に、俺はなる!(なった)

 藤一郎の訪問から三日。

 俺の元に『特定事項伝達型郵便』などという、ものものしい名前の郵便物が届いた。

 ずしりとくる、分厚い封筒。


 それは封書というにはあまりにも大きすぎた。

 大きく、分厚く、重く、大雑把すぎた。

 それはまさに鈍器だった。


 ……なんてモノローグがどこかから流れてきそうだったが、さくっと無視して封を開ける。

 差出人は『日本迷宮探索者協会』。

 中身は保険やらなんやらの案内、所轄の警察署に出す武装所持許可申請書など諸々。

 それらと一緒に、金属製のカードが一枚同封されていた。


 ──『〈日本国認定〉No.194569探索者資格証明:相沢 裕太』


 顔写真と共にそう刻印されたこれは、俺が今日から『国家公認探索者』になったことを示していた。


「……やった」


 そんな言葉が、思わず小さく口から漏れる。

 すり抜けていった夢を、拾い上げることができたことに安堵と喜びを感じた。

 もちろん、藤一郎への感謝も。

 あの兄貴分な幼馴染が、俺を新会社に誘ってくれなければこのような奇跡的な結果にはならなかったに違いない。


 感無量な空気に浸っていると、テーブルに置いていたスマートフォンが振動して鳴った。

 視線を向ければ、ディスプレイには『明智』の文字。

 もしかして、監視カメラや盗聴器の類が仕掛けられてるんじゃないかというタイミングの良さだ。


「はい、相沢です」

『我輩、我輩ですぞ!』


 明智の一人称はオレオレ詐欺に向かない。

 テンポが悪すぎる。


『探索者資格取得、おめでとうですぞ!』

「ありがとう。っていうか、藤一郎がねじ込んだんだろ? なんだか悪いな」

『ごり押しはしましたが、それは実績あってのことですぞ? 身内推しとはいえ、我輩の目に狂いはありませんからな』


 電話の向こうで豪快に笑う藤一郎。

 こういうところが藤一郎のいいところで……恐ろしいところなのだ。

 人の機微に聡い、なんてレベルではない。


 誑すにしても強請るにしても、藤一郎という男は奇妙に

 ほぼ必ず、自分の思い通りの結果になるように人を誘導する力があるのだ。

 この男が、もし本当に詐欺師なら……日本全土で恐ろしい被害が出ていただろう。


「夢が叶ったよ」

『なんの、まだまだ。裕太には立派な金づるになってもらわねばなりませんからな。初期投資というヤツですぞ』

「ああ。恩は返すよ」

『さて、ここから我輩は裕太のボス。……ということで、いくつか業務命令を下しますぞ』


 そう、現在の俺は藤一郎の会社である『ゲートウォール社』にインターン中の大学生ということになっている。

 そして、今日からは迷宮ダンジョン探索企業『ピルグリム』の社員でもある。


『まず、引っ越し準備をしてくだされ』

「ん? なんでだ?」

『こちらで社宅を準備したからですぞ』

「え?」


 俺が驚いている様を、電話の向こうで笑う藤一郎。

 まるで、俺の反応を楽しんでいるかのようだ。

 いや、楽しんでいるんだろうな、これは。


『コンプライアンスとセキュリティの関係から、安全性の高いオフィス兼社宅を準備させてもらいましたぞ。まずはそこに引っ越すのが業務命令という訳ですな』

「……了解。それじゃあ準備ができたら連絡するよ」

『なるはやでよろしくですぞ! ここからはスピード勝負ですからな』


 その言葉に、少しばかりハッとさせられる。

 藤一郎の会社に政府の認可が下りたということは、他企業にしても同じということだ。

 となれば、いかに素早く事業──『迷宮ダンジョン配信』を開始するかが、利益に直結することにもなる。


「今日中に片づける」

『仕事の早い男はモテますぞ! では、連絡をお待ちしておりますぞ!』


 通話を切って早々に、俺は部屋の中の見分を始める。

 もともと私物は少ない方だし、次に引っ越すときには処分しようと思っていた物も多い。


「よし、始めよう」


 ◆


 藤一郎との約束通り、夕方までに荷造りを終えた俺は引っ越しの手配を終えて一息つく。

 大学に入ってから二年間暮らしていた部屋は、あっという間に何もなくなってしまった。

 不用品は引っ越し業者がサービスで処分してくれることになったし、残る『必要なもの』は単身者パックのカートを半分ほどしか埋めなかったので、実にスムーズだったと言える。

 つまるところ、この場所は俺が眠るだけの場所であったという事だろう。


「出発します!」


 引っ越し業者の男性が元気よく声掛けしてくれたので、それに頷いて従う。

 二駅先の新居へ、荷物と一緒に運んでもらえるとのことでなかなか楽ちんだ。

 トラックに乗り込んで、窓に映る景色を眺める。


 もう少し感慨とか湧いてくるのだろうと思っていたが、そんな事はなく……ただ、流れる景色が禊のように苦い記憶を置き去りにしてくれた。

 探索者としての新たなる生活が始まるのだと思うと、心も踊る。


 そんな心境のまま、しばらく。

 周囲の景色が見慣れないものへと変わってしばしすると、トラックが静かに止まった。


「こちらですね。オートロックを開けていただいても……っと、お待ちのようですね」


 窓の外を見れば、藤一郎がなんだかいい笑顔で仁王立ちしていた。

 社長がこんなところでうろうろしていていいのだろうか。


「うむ、うむ。来ましたな!」

「ああ、どうしてここに?」

「これも業務の一環ですぞ。さぁ、まずは荷物を運び入れましょう」


 藤一郎の声に、てきぱきと動く引っ越し業者が俺の少ない荷物を運び入れて……すぐに戻ってきた。

 まぁ、頑張れば大きめのトランクに全部入るレベルだったしな。


「ご利用ありがとうございました! こちらにサインを」

「ご苦労様です」


 サインを受け取って去っていく引っ越し業者をぼんやりと眺めていた俺の肩を、藤一郎が叩く。


「では、参りましょう。裕太の部屋は701号室ですぞ」


 エレベーターに乗り込みつつ、生体認証付きのボタンをぽちりと押す藤一郎に、俺は首を傾げる。


「……? 最上階?」

「左様。七階ワンフロアが裕太の──ののオフィス兼自宅という訳ですな」

「は?」


 唖然とする俺を置いてけぼりにして、エレベーターの扉が静かに開いた。



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