第2話 明智藤一郎という男。

 ──翌日。


 俺はチャイム音で目を覚ました。

 めったやたらと連打されるそれは、俺が部屋にいると確信してのことだろう。

 こういう真似をするヤツは一人しかいない。


「いま開けるから」


 昨日、泣きまくったせいで声がガラガラだ。

 おそらく瞼もぱんぱんに腫れまくっているだろうが、扉の向こうにいる男はそんなことにかまうようなヤツではない。


「はい、おはようございます」

「……」

「おはようございます、ですぞ!」

「おはよう、藤一郎」


 この強引さ、普段はさほど嫌いではないが……いまの俺のコンディションとは些か相性が悪い。

 はっきり言って、迷惑だ。


「やあ、裕太! ご機嫌いかがですかな?」

「よさそうに見える?」

「返事ができるだけのご機嫌があれば結構!」


 口調は丁寧ながら、許可もなしに部屋に踏み込んでくる怪しい男。

 この男こそ。明智あけち 藤一郎とういちろう

 俺の遠い親戚にして、自称〝兄貴分〟である。


「それで、何の用事?」

「今日は可愛い弟分に、『いい話』を持ってきましたぞ!」


 この胡散臭さ。

 完全に詐欺師のそれではあるが、これでやり手の若社長だというので世の中はわからない。

 まぁ、いい話が本当にいい話かどうかは聞いてみないとわからないが。

 以前は怪しい薬品の治験をさせようとしてたし。


「裕太はいくつか『探索者ダイバー』の特入資格持っていましたな?」

「あ、ああ」


 特入資格──『特殊進入許可資格』は、探索者資格とは別に任意で取得する迷宮ダンジョン進入資格だ。

 国や国際迷宮連合に特殊指定された迷宮ダンジョンに入るには、パーティに最低一人は対応する資格持ちが必要と定められており、世界のトップ『探索者ダイバー』の多くは、これらをフル取得している場合が多い。


「だいたい半分、かな。国内の特入迷宮ダンジョンは、だいたいどこでも対応できると思う……けど」


 ここまで言って、俺はうつむく。

 特入資格だけがあっても、ダメなのだ。

 俺の『学生探索者資格』は、現在大学によって停止されている。

 つまり、もはや俺は『学生探索者ダイバー』ですらないのだ。


「ふむ? 何か事情がありそうですな? 我輩に話してみなされ」


 藤一郎が俺の前に正座の姿勢で座る。

 それを見て、少しばかり気持ちが軽くなった。

 藤一郎がこうして正座するのは、きちんと話を聞いてやるというコイツなりの気遣いだ。

 だから、俺も正面に座って口を開く。


「実は――」

「ふむ」


 昨日あったことを、一つ一つ話していく。

 藤一郎は時に頷き、時に小さく唸りながら、最後まで俺の話を聞いて……最後に笑った。

 面白い話は何もないはずなんだけどな?


「つまり、裕太には半年の空き時間があるという訳ですな?」

「どうかな。こうなったら、大学は辞めることになるかもしれない」


 自嘲気味に笑う俺に、藤一郎がニコニコとしながら肩を叩いた。


「もしそうなったら、我輩の会社で働けばよいのです。いつでも歓迎ですぞ!」

「それもいい気がしてきた……」

「ふむ。では、この雇用契約書に判を」


 あまりにも仕事が早過ぎる、と苦笑いしつつ渡された契約書を見ると……その内容は、少しばかり変わっていた。


「これぞ天の導きですぞ。裕太にぴったりですな?」

「いやいや。待てよ、藤一郎。これは……」

「この度、我輩は新会社『ピルグリム』を設立して迷宮ダンジョン配信事業を展開することになったのですぞ!」

「ですぞ、じゃないよ」


 この男は、こう見えて行き当たりばったりなことをする人間ではない。

 事業内容的に、どう考えても俺を取り込むことが前提だ。


「『迷宮ダンジョン先進国日本』は諸外国に対して些か遅れておる分野がありましてな? それが、迷宮ダンジョン配信ですぞ」

「それは知ってるけどさ」


 迷宮ダンジョン配信は、いまや世界的な人気コンテンツだ。

 攻略やキャンプ、新しいギアやツールの紹介、そしてスリルある冒険。

 リアリティショーとドキュメンタリー、そしてアドベンチャーを内包する娯楽の一つなのだ。


 とある理由から、迷宮ダンジョンにはあらゆる機械類を持ち込むことはできず、以前は伝聞やスケッチ、そして原始的な銀板撮影でしか迷宮の様子を伝えることはできなかったのだが……迷宮ダンジョンから発掘された『あるもの』がその現状を変化させた。


 ──『浮遊型自動撮影魔法道具アーティファクト』。


 通称【ゴプロ君】と呼称されるこれが、生産可能な魔法道具アーティファクトとして、市場に流通し始めたのだ。

 それにより、迷宮内の様子を高画質な動画として記録して、迷宮外に持ち出すことが可能になった。


 しかし、日本では法律が未整備であることや、国有資源である迷宮ダンジョンの内部映像を外部に公開する是非についての議論がいまだに続いており、国内での配信は未だ認可されていない。

 ……はずなのだが、何故か藤一郎はそれを事業展開するという。


「一週間前、配信事業についての仮認可が下りることになりましてな」

「マジか」

「マジですぞ。それで専従の別会社をグループ企業として設立することにしたのです」


 あまりの敏腕さに、溜息しか出ない。

 明智藤一郎というヤツは、いつもこうやって俺を驚かせるのだ。


「ということで、是非とも裕太には手伝ってほしく。優秀で信頼できる『探索者ダイバー』の確保は必須ですからな」

「だから、探索者資格がないんだってば」

「取得すればよろしい」


 藤一郎がまるでなんの問題もないような口ぶりで俺を見る。


「は?」

「『ピルグリム』は迷宮ダンジョン探索事業を展開する会社ですぞ? 実務経験が二年ある準探索者であれば、国家公認探索者資格を申請可能という訳ですな」

「新会社なんだろ?」

「親会社は我輩の『ゲートウォール社』であれば、多少の無理は通しますぞ」


 言うが早いかスマートフォンを取り出した藤一郎が、何処かに電話を掛ける。


「はいはい、我輩ですぞ。昨日言っていた書類、どうですかな?」

『──……──』

「結構、ではそのままごり押しで頼みますぞ」


 にこりとした顔で、通話を切る藤一郎。

 何をしたかわからないが、こいつが何かしようって時は抵抗したって無駄だ。


「相沢裕太は大学入学と同時に『ゲートウォール社』にてインターンをしており、ギアやツールの企画設計に参加。同時に特入資格を十一種取得し、二年間の学生『探索者ダイバー』としての実務経験を有する──推薦者は明智藤一郎および内閣総理大臣……ってところですな」


 悪い笑みを浮かべながら、藤一郎が笑う。


「な、内閣総理大臣!?」

「うむうむ、ちょっとした顔見知りでしてな。なに、心配することはありませんぞ」

「え、ちょっと待って?」

「ええ、待ちましょうぞ。それでは、また来週に」


 ポンポンと俺の肩を叩いて、笑顔の藤一郎が部屋を出て行く。

 俺はただただ唖然として、それを見送るしかなかった。

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