追放配信.com

右薙 光介@ラノベ作家

第1話 その追放は突然に。

「今日限りでお前をこの御手杵ゼミから追放する!」


 講義も終わったとある日の午後。ゼミの統括リーダーである丸樹先輩に呼び出された俺は、突然そんな事を言われた。

 あまりに急がすぎてついていけない俺は、少しばかり間抜けな返事を返す。


「え?」

「だから、お前は『御手杵ゼミウチ』から追放だって言ってんの」


 さすがにこれはないと思ったので目の前のデスクで鷹揚にこちらを見る丸樹さんに確認する。


「どういう事でしょうか?」

「そのままの意味だよ、相沢。まさか、身に覚えがないとでもいうつもりか?」


 真面目くさった顔をして、俺を指さす丸樹先輩。

 俺はと言うと、本当に意味がわからなくて「はぁ」みたいな返事をしてしまった。

 一体、何の身に覚えが俺にあるというのだろうか?


「口座金の横領にセクハラ、メンバーへの嫌がらせ。どれも証拠が挙がっている」

「え?」


 丸樹先輩が言っていることの意味がわからなくて、本日二度目の「え?」が出てしまった。

 ゼミの口座を握ってるのは教授とリーダーである丸樹先輩だし、セクハラがひどいのも丸樹先輩。

 メンバーへの嫌がらせだって、覚えがない。


「もう教授の了解ももらってるし、学生課にも通達してある。証拠と一緒にな!」

「そんなバカな! 俺が何したって言うんです?」

「いま言っただろうが。お前、ちょっとばかり調子に乗り過ぎたよな?」


 デスクに両手を組んで隠しているが、丸樹先輩の口角があがっている。

 その瞬間、ハメられたのだとわかった。

 少しばかり狡猾が過ぎる人だとは思っていたが、リーダーシップも取れる人だってそれなりに評価はしていたのに。

 


「いくら何でも無茶苦茶です! 俺、頑張ってきましたよね!?」

「お前の頑張りとか関係ねーよ。オレがいらねーって判断して、証拠があった。ここにもうお前の居場所はねーよ」

「そんな……!」


 ニヤニヤしながら、丸樹先輩は追い払うような仕草で手を振る。


「さっさと消えろ。ああ、大学から呼び出しがあると思うから、きちんと反省してる風にしろよ? 停学じゃすまないかもしれないぜ?」

「何で俺が……何の恨みがあるって言うんです?」

「しらねーよ。自分で考えたらどうだ? ま、退学になったらご愁傷様。真っ当に生きろよ?」


 丸樹先輩がそう言った瞬間、スマホが震動した。

 取り出すと、ディスプレイには『西陶大学』の文字。


「仕事の早いこった。ほらさっさといけ」


 小さく丸樹先輩を睨みつけて、俺はサークル部屋を後にする。

 通話ボタンを押すと、すぐに女性の声がした。


『学生番号D2201の相沢あいざわ 裕太ゆうたさんでしょうか』

「はい」

『いくつか確認したいことがありますので、学生課にお越しください』

「わかりました」


 短い返事をして、俺はその足を学生課がある中央本棟に向ける。

 中央本棟はここからかなり遠いが、俺の身に起こったことに関して考えをまとめるために、この距離は少しありがたかった。


 ここ『西陶大学』は九つの学部と十七の学科を備える国立の総合大学だ。

 日本に大学は数あれども、この西陶大学にはほかにない特色がある。


 そう、学内に『迷宮ダンジョン』が存在するということだ。


 二十年前、世界各地に突如として出現したこの異常構造体を探索研究し、資源活用する人材──〝探索者ダイバー〟。

 その人材育成や各種研究を行うために国によって設立されたのが、この『西陶大学』なのである。

 この大学の『環境学部迷宮学科』に属する学生は、規定の単位を取得し必要な研修をこなせば、『国家公認探索者資格』を取得可能で、そのまま探索者になることだって可能。

 つまり……資格持ちの『迷宮探索者』になりたければ、この大学が最も近道という訳だ。


 だが、そんな俺の目標は、あっけなく砕け散った。


「あなたの予備資格を停止し、今年度いっぱいの停学処分を下すこととなりました」

「そんな! ちゃんと確認をしてください。俺は何もしちゃいませんよ!」


 いくら何でも横暴が過ぎる。

 そう考えて、学生課の受付に懇願するも、担当者の女性は首を振って応えた。


「学内で適正な調査と議論した結果です。不服の申し立てに関しましては、裁判でということになりますので、ご自身で弁護士等々を手配の後にお願いいたします」

「そんな──」

「これでも随分と温情をかけた結果ですよ? 横領は犯罪であり、本来ならば退学は当然の事、刑事訴訟の対象です。それを顧問の先生や丸樹君が大事にしたくない……と仰られたからこその結果です」


 こんなものが温情であるものか。

 大事になればボロが出るから内々で処理しようって肚だろう。

 さりとて、裁判ともなれば俺がやっていないという『証拠』を集めなくてはならない。

 顧問までグルだとすると、それらを俺が集めることはほぼ不可能だろう。

 そんな状態で裁判を起こせば、俺が横領したなどという嘘が事実となって公になる可能性もある。


「……わかりました」

「理解されたなら結構。予備資格の停止については無期限となっておりますので、卒業用件および資格取得要件を満たせません。他学部への転出届は来年度が始まる二か月前までに提出をお願いします」


 その言葉を聞いて、目の前が真っ暗になった。

 『探索者ダイバー』になるのは、俺の夢だったから。

 そのためだけに頑張って、それを目指して『西陶大学』へ入学を決めた。

 こんな訳の分からないことで、それが何もかもダメになるなんて。


「……」


 黙ったまま、俺は学生課を後にする。

 『探索者ダイバー』になれないなら、この場所にいても無駄だ。

 そして、俺も無価値になってしまった。


「……帰ろう」


 そう独り言ちて、俺は大学を後にした。


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