後ろ手にドアを閉めるとそこは部屋の間取りも判然としない薄い暗がりだった。

 また淀んだカビ臭い空気が立ち込めていて俺は思わず息を詰める。

 俺は袖で口元を覆い、それから闇に目を細めて辺りを見回す。

 けれど人の気配はない。

 俺はできるだけ落ち着いた低い声を放った。


「おい、敷島。いるんだろ。俺だ。話がしたい」


 そのとき刹那、前触れもなく胸の辺りにドンという衝撃を感じた。

 何が起こったのか分からなかった。

 その打突感を感じた場所がカッと熱くなり、なぜかヘナヘナと膝が崩れた。


「な、なんだよ、これ……」


 倒れ込み、頬が床に横伏せなった。

 するとその目の前が唐突に白く光った。

 目の前に柔らかな絨毯のような埃が広がっていて、少し先にゴキブリの死骸が転がっているのが見えた。スマホのライトが放つ光だとなんとなく分かった。

 次いで忍び笑いが頭上から降ってくる。

 うつ伏せた体をなんとか捻り、上体を天井へと向けると瞬間、降り注ぐ光源の眩さに目が眩んだ。


「反省してくださいね、河原主任」


 耳に届いたのは間違いなく敷島の声だった。

 そこには昂った悦びの気配が存分に混じっている。


「ど、どういうことだ……」


 その短いセリフを発するだけで息が上がった。

 さっき衝撃を感じた部分の灼熱が次第に痛みに変わっていく。

 そこに拍動が感じられる。

 震える左手をそっと当ててみるとベッタリと生温かいものが触れた。

 顔や手足の熱が奪われていくのが分かった。

 まるで全身の熱がそこからほとばしっているように思えた。


「知りませんでした? 私って意外と気が強いんですよ」


 何か問い返そうと思ったけれど、俺の口は力なく開閉を繰り返すだけだ。

 代わりに喉がヒューヒューと木枯らしのような音を立て始めた。


「おとなしく謹慎してもらっていれば、それで手を打っても良かったんですけどね」


 敷島は楽しそうに言葉を続ける。


「気をつけた方がいいです。あのコインパーキング、支店から丸見えなんですから。あ、でもそんな情報、もう必要ないか」


 あははと短く笑った声が俺の顔に近づいた。


「やり過ぎたんですよ、主任。今のご時世、許されないことが多いんですから」


 遠退いていく意識の中で鼓膜がなんとかその言葉を拾った。

 そして薄暗く狭まっていく視界にほんの一瞬だけ敷島の丸い顔が映った。

 とてもとても幸せそうな微笑みがそこにあった。

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