「あ、そうそう息子がWi-Fiのことを聞いておいてくれって」

「もちろん完備されています。あらかじめ申告しておけば入居したその日から使えますよ」

「へえ、そうなの。でも私としてはあんまり携帯電話ばかりいじって欲しくないのよね」

「分かります。でも最近の若者にとっては一番の生活必需品ですからね」

「あら、あなただって最近の若者じゃない」

「いえいえ、最近は五歳離れればもう世代が違いますから」


 そう言って再び笑い合う二人。

 随分と打ち解けて来たようだ。

 けれど俺の存在を忘れてもらっては困る。

 俺は大声でそう怒鳴り散らしたくなった。



 少し離れたところに車を止めた俺はその木造アパートを囲うブロック塀に隠れるようにしながら敷地内へと入り込んだ。

 敷地内は荒れ放題でびっしりと雑草が生えていた。

 目を遣るとアパートの階段の手摺りや段板には鉄錆が浮いている。

 壁も所々剥がれ落ち、スレートの屋根に取り付けられた雨樋も斜めに傾いでいる箇所がある。どう見ても居住者がいるようには見えない。

 敷島はこんな廃墟然とした物件にどんな用があるというのか。

 不思議に思ったけれど、そのときの俺にとってそれは彼女に言い分を聞かせる以上に重要なファクターではなかった。

 一階の端部屋のドアが少しだけ開いているのが見えた。

 彼女はあの部屋にいるに違いない。

 見回してみたが周辺に人の姿はなかった。

 もちろんそんな場所に監視カメラもない。

 俺は駆けるような足取りでそのドアに向かい、室内へと身を滑り込ませた。

 


「この辺りに日用品や食料品を買ったりできる場所はあるの」

「ええ、コンビニとスーパーがすぐ近くにあります。それと自転車で五分程度のところにホームセンターもありますよ。生活するにはとても便利な場所だと思います」


 マダムの顔には敷島に対する信頼の笑みが浮かんでいるように感じられた。

 そうだよ。

 内見の案内はそういう風にやるもんなんだよ。


 俺が教えてやったんだよ、ふざけんなよ。


 俺はついに大声でそう叫んだ。

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